第5話 陽光の2人

 大聖堂の近くの茂みに隠れ、ルベリアとティアは互いに想いをぶつけあっていた。


「ひとつだけ、わかったことがあるの」

「なあに?」

「私たち、よく似ているわね」

「ええ? 竜と聖女のどこが似ているの?」


 ティアが首を傾げると、ルベリアは笑った。


「そっくりよ。ずっと閉じ込められて自分の考えを持たずに生きてきたの、私たち。だけど、お互いを知って、それで自分の考えって言うものに気がついた」


 その言葉にティアは頷く。


「そして、お互いを必要としている」


 ティアが差し出した手をルベリアは取る。


「そう、それに、あなたと一緒にいるととても落ち着くの」

「嬉しいな、ボクもだよリーベ」


 ティアはルベリアと指を絡ませる。


「リーベ、神様って本当にいるの?」

「私もよくわからなくなってきたの……でも、私の神様は今ここにいる」

「え、どこに?」

「ここよ」


 ルベリアはティアを抱き寄せる。そのままティアはルベリアに体重を預ける。


「ねえリーベ」

「なに?」

「神様って、あったかいね」

「そうね」


 2人は身体を寄せ合い、互いの体温を分け合う。


「リーベ、大好き」


 ティアがルベリアの腕の中で弛緩する。ルベリアは聖法衣でティアを抱いていたことを思い出し、ティアに回復魔法を施す。


「リーベ、ボクはもうどこも怪我をしていないよ」

「でも、まだあなたの魔力は完全に戻っていないのでしょう?」


 ルベリアはティアに魔力を注ぎ込む。心身ともに深く傷ついているティアの話を聞き、何かをしないではいられなかった。


「ああ、リーベ、そんなに魔力をもらったらキミが疲れちゃうよ」

「私のことは気にしないで。今はあなたに少しでも大きくなってもらいたい」


 ルベリアの温かな魔力に包まれ、ティアは更に弛緩していく。


「ダメだよ、そんなの……こんなの、すごくあったかくて、気持ちいい……」

「あなたは今まで数え切れないほど傷ついてきた。だから今は、少しでも安らいでほしいの」


 ティアはルベリアから受け取った魔力を、逆にルベリアに注ぎ込む。ティアの温かな魔力に抱かれ、ルベリアも心地よい温かさに包まれる。


「ティア、あなた……私もどこも悪くないわよ?」

「ううん、リーベはいつも人に魔力を分けてばっかりだったろう?」


 ティアはルベリアの頬に触れる。


「ボクはキミからたくさんのものをもらった。それはきっとボクだけじゃない、いろんな人が、キミから勇気や希望をもらってきたんだ」


 ティアの魔力が強くなる。すっかり力の抜けたルベリアはそのまま倒れ込んだ。


「ティア……」


 ルベリアを包み返すティアの魔力は更に高まった。茂みの中で2人は抱き合い、互いに魔力を注ぎ合う。


「だから今度はボクがキミを包む。キミを守る。できればボクが、ボクだけがキミを愛する。ずっとずっと大切にする」


 ルベリアもティアの声に呼応するように強く魔力を注ぎ込む。ティアはたまらず少女の姿から竜の姿に戻る。自分のイメージが固まらないティアは小さくなったり大きくなったりを繰り返し、何とか魔力を調整してルベリアと同じくらいの大きさになる。


「や、やめろよリーベ! 気持ちいいじゃないか……」

「ふふふ、私は竜のあなたも好きよ」


 ルベリアは竜のティアに頬ずりをする。ティアは蕩けそうな快感に耐えてルベリアに更に魔力を注ぎ込む。


「ボクはどんなキミでも大好きだよ」

「私も、あなたを愛しているわ」


 そのまま2人は言葉も交わさず、一心に魔力を注ぎ続けた。魔力はどちらのものかわからないほど混ざって溶け合い、そのまま2人へ吸収される。


「このまま、ひとつになれたらいいのにね」

「ボクとリーベが?」


 混ざった魔力の中で惚けたルベリアがティアに口を寄せる。


「お日様のあなたと私。陽向の光みたいに何でも包んでしまうあなたと一緒になれたら、私はこのまま溶けてなくなっても構わない」

「そんな、リーベが消えてなくなったら困るよ」


 ティアはルベリアを抱き寄せると、翼でしっかりとルベリアを包み込む。


「消えるのはボクのほうだ。リーベはみんなを照らし続けていてよ。例え光の粒になって目に見えなくなったって、ボクがずっとリーベを守るからね」


 ティアは聖法衣に包まれていた時のことを思い出していた。まるで母のように全てを慈しんでいたルベリアは、今はか弱い少女のようにティアに身体を預けている。聖法衣を失った彼女を守りたいと、ティアは切に感じていた。


「ああ、私たちひとつのお日様みたいね」

「うん、すごくあったかい」


 ルベリアはティアを抱いていた時のこと、それからティアに介抱されていた時のことを思い出していた。聖女として民の安寧を願うことに疑いを持たないで生きてきた日々も素晴らしいものではあったが、ただひとつのものを愛して愛される喜びはなかった。それを教えてくれた竜は、今はルベリアを全てのものから守るように翼を広げている。


「リーベ、大好きだよ」

「私もよ、ティア」


 満たされた2人の間に差しこむ月光が弱くなり、空が白んできた。ティアは少女の姿に戻ると、顔を上げた。


「もうすぐ夜が明けるわ。大聖堂に何としても潜り込まないと」


 ルベリアとティアは立ち上がった。その手は互いにしっかりと握られていた。


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