第3話 絶望と殺意

 ルベリアは、ティアこと北竜のキラから人間に捕らえられていた経緯を聞き、自身の心も引き裂かれたような気分になった。


「ね、聞きたくもない話でしょう?」


 北竜のキラは声を詰まらせながらルベリアを見る。


「いいえ、よく話してくれたわ」


 ルベリアは少女の姿をしている北竜のキラの肩に手を置く。それまで眩しい笑顔の裏でその小さい身体に閉じ込めてきた感情を思うと、ルベリアの手にも力が入る。


「それで、あなたはラファーガからロメールにやってきたのね?」


 少女は頷く。それからロメールに来た経緯を話し始めた。


「ある日箱に閉じ込められて、ボクは長いことどこかに運ばれた。もう生きてるのか死んでいるのかよくわかってなかったし、これからどんなことが待っているのかなんてボクにはどうでもよかった。ただあんまり痛くないのがいいなって思ってた」


「それで、箱の蓋が開いたと思ったらいきなり掴みあげられて、箱の中にまた投げ込まれた。人間たちが何か騒いでいたけど、ボクにはよくわからなかった。ただ、歓迎されてないのはよくわかった。それでまた持ち上げられて、そいつは急にボクの翼を切り落としたんだ」


「また魔力を削がれるのかって、ボクはがっかりした。一瞬でも箱の外に出たら助かるかもしれないなんて思ったのが馬鹿みたいだった。でも、そいつは魔力をそぎ落としているんじゃなくて、ボクを滅多刺しにしてきた。翼はもちろん、両目も丁寧に潰された。痛みには慣れっこだったけど、今度は本当に殺されると思った」


「でも、殺されるならそれはそれでいいやって思った。やっと痛みとか苦しみから解放されるんだ、はやく殺してくれって願った。でも、そいつはボクに止めを刺さなかった」


「もう限界ってところまで傷つけられて、ボクは地面に捨てられた。身体は勝手に魔力で傷を少しずつ癒やそうとするんだけど、ボクの身体にほとんど魔力は残っていなかった。ない魔力が更に身体を小さくして、このまま魔力が尽きて死ぬんだと悟ったんだ」


「竜の最期はね、みんな消えるんだ。弱り切ったり、致命傷を受ければそこから消えるんだ。だから消えても思い出がなくならないようにって、鱗に特殊な魔法を掛けて死ぬ前にみんなに配るんだ。そうやって大事な人の鱗を竜はみんな持っているはずなんだ」


「でも、ボクは誰にも死ぬところを見てもらえないし、鱗だってあげられない。それが悔しくて惨めで、すごく辛かった。傷は痛いし、地面は冷たいし、誰にも助けてもらえないし、このまま死んでいくんだろうなって諦めてた。そのうち誰かに蹴飛ばされたんだと思う。もう痛みはあんまり感じなくて、地面に転がって、ただただ苦しかった」


「そんなときだ、キミに拾い上げられたのは」


 少女はルベリアを見上げる。


「ボクは最初キミに拾い上げられたときに、本当にもう殺されるんだと思った。ボクは人間にとって凶兆でおぞましい竜だから、竜の里に戻れないならもう生きていても仕方ないって思っていたし、それにこの苦しみが終わるなら早く終わってしまえばいいって思っていた。だから、キミが恐ろしくて恐ろしくて仕方なかった」


「死にたかった。殺してほしかった。苦しくて、辛くて、もう痛いのは嫌だった」


「それなのに、キミはボクを生かそうとした。まだボクはこの苦しみから逃れられないのかってボクは深く絶望したんだ。また人間たちに生きたまま切り刻まれる日々が始まると思って、ボクはずっとキミを呪っていたんだ。命の恩人のキミに向かってだよ?」


「もちろん魔力が残っていない死にかけのボクは何もできなかった。いつまた魔封じの鎖で縛られるのかってずっと怖かった。もしボクが動けるようになったら、キミを噛み殺して逃げてやるって本気で思っていた」


 ルベリアは傷ついてずっと震えていた竜の様子を思い出す。ルベリアは傷の痛みに耐えているのだと思っていた。しかし、途切れないように回復魔法を与え続ける度に返って怯えさせていたのだと思うと、ルベリアは己の聖女としての資質を問われている気分になった。


「信じられるかい? ボクが、キミを殺そうとしていたんだ。命の恩人のキミをだよ?」


 少女の瞳から涙がこぼれ落ちる。


「でも、キミはボクを本気で癒やしてくれた。初めてキミの優しい声がボクに届いたとき、ボクはなんて自分が醜いんだって強く思った。この人は本当にボクを助けようとしているのに、一体ボクは何を考えていたんだろうって」


「苦しくなったら、聖法衣の中で聞いたキミの声を思い出していた。神様はいつでもどんなものでも見守っている、神様の前では皆が平等だって。こんなボクでも、神様は見ていてくれるのかなって思うと、少し元気になった。キミの声がボクをここまで引っ張ってくれたんだ。そんな見た目も中身も汚いボクを見捨てないでくれたキミに、ボクは感謝してもしきれない」


「そしてキミの姿をはっきり見て、確信したんだ。ボクは一生をこの人に捧げないといけないって。キミだけのティアにならないといけないって」


 ルベリアは初めて竜と心が通じ合ったと思った日を思い出した。あの日、確かに絶望に沈んでいた竜を救い上げることができたのだと告げられ、ルベリアの心は激しく揺さぶられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る