第4話 セイサム司祭長

 真夜中の司祭長室で、ルベリアとティアはセイサムを捕まえていた。セイサムはティアによって床に組み伏せられ、首に手をかけられている。


「聖法衣はどこにありますか?」


 セイサムはルベリアの生還に驚いていたが、すぐに敵意を顕わにした。


「そんなもの、ここにはない」

「そんなものとは何ですか、あれは国教会の象徴ですよ」

「明日の戴冠式で陛下がお召しになるのだ、今は陛下と共に神事に当たっている」


 それを聞いて、ルベリアは目の前が真っ暗になったように感じた。


「何ですって……!?」

「そうさ、貴様は用済みだ。新教皇が誕生すれば、聖女なぞお飾りで誰でも務めることができる。この国を分断する歪な国教会という権力の解体に熱心なのだよ、新教皇様は」


 ショックを受けるルベリアに、ティアが尋ねる。


「リーベ、一体どういうこと?」

「後で説明するわ……それよりも、神事はどうしたのですか?」


 ルベリアは神事に参加しているはずのセイサムが司祭長室にいることを問い糾す。


「あんなもの、ただ密堂に籠もるだけではないか。未来の司祭長の座をちらつかせればいくらでも別の者がやりたがるのでな。俺である必要もないだろう?」


 言葉を失うルベリアの気持ちをくみ取ったティアが、セイサムを締める腕に力を入れる。


「それで仕事をさぼってここで居眠りしてたんだね……最低!」


 セイサムはルベリアの存在に驚いていてティアの存在を忘れていたが、およそ少女とは思えない力でねじ伏せられていることに改めて気がつき戦慄する。


「なんだこの娘は、化け物か!?」

「化け物とは心外だね、オジサン。オジサンの大嫌いな凶兆だよ」

「何だと……ぐぅぅ!」


 セイサムの首を締め上げるティアをルベリアは窘め、改めてセイサムを見下ろす。


「見損ないました。最初から私を突き落とすつもりだったのですね」


 セイサムは短髪のルベリアを見上げる。


「そんなことをするものか。お前に利用価値があるなら、俺は全力でお前を生かすようにした。あの青二才が生贄だの晒し刑だのにしろというから、俺は仕方なく従ったまでだ。大人しく妃になっておけばよかったものを」


 その返答にルベリアは顔を歪める。


「それで、貴方は私のことをどうお考えなのですか!?」


 一切を繕う必要のなくなったセイサムは、ルベリアに本音を漏らす。


「俺は甘い汁が吸えればそれでいい! 媚びを売ってゴマを擦ってここまで登り詰めたんだ! 更に登れるとなれば私はどこまでも登っていくぞ! それが聖女か教皇か、それだけの違いだ。新教皇は俺に聖女に次ぐ国教会のポジションを用意すると約束した。新聖女はラファーガから来たわけのわからん女に名前だけ着せて、後は全部俺の仕事だ……ぎゃっ!」


 ラファーガの名前を出されたティアはセイサムを更に締め上げる。


「しかし、聖法衣なしに奇跡も起こせない聖女を民は求めるのですか?」


 セイサムの顔が暖炉のように赤くなったところで、ルベリアは気になることを尋ねる。


「はぁはぁ……これからの聖女職は、ただ適当な女を宛がうだけだ。女が祈っていれば、国民は満足する。見ただろう? あれだけ聖女様聖女様と崇めていた女が罪人だとわかった瞬間に冷たく当たる民衆を。馬鹿な奴らを操るにはかわいい女がいればいいんだ、わかったか」


 セイサムはルベリアをどこまでも貶めるような物言いをする。


「貴方という方は……」


 ルベリアは父のように慕っていたセイサムが野心しか持ってない浅ましい男だと知り、自身も浅はかであったことを悔やんだ。


「勝手に思い違いをしていた貴様がガキだったのだよ、この世界はのし上がりと成り上がりと蹴落としにかけては他の世界より厳しいぞ。何より信仰は魔力や剣術、学士などのように目に見えた結果はもたらさないからな。信仰とはつまり従順さと金の世界なのだよ、聖女サマ」


 セイサムの言葉にルベリアは心がどんどんと冷えていくように感じた。赤々と輝く暖炉の火がそれと反対に部屋を暖めていた。


「リーベ、こいつ火にかけちゃおう」


 ティアの腕に力が入り、セイサムは顔を青くする。


「ダメよティア。こんな男でも、情けをかける必要があるわ」

「そうだ、聖女様ならこんな下劣な男でも慈悲をもって接するだろう?」


 ルベリアはセイサムからどこまでも侮られていたことを知り、心を決めた。


「貴方の行い、神への冒涜は万死に値しますが……私は慈悲を持ってこの男の罪を浄化したいと考えます……ティア、暖炉から炭をひとつ拾えるかしら?」


 途端にティアの顔が輝き、反対にセイサムの顔が歪んだ。


「任せてよ! どこがいい?? 顔? 腹? それともあそこ?」


 ティアは嬉しそうにセイサムを押さえつけたまま暖炉に直接手を入れると、素手で炭を拾い上げた。セイサムは悲鳴を出すことも忘れ、目の前に差し出された赤くくすぶる炭を見つめる。


「そうね、この男は人と呼ぶにはおぞましい存在ね。二度と人と交われないように顔にしましょうか」

「な、なんてことを!!」


 かつてのルベリアを知っていればまず出てくることのない言葉に、セイサムは戦慄する。


「へへ、じゃあ遠慮無く」


 ティアは嬉しそうに真っ赤な炭をセイサムの前に持っていく。


「お、お願いします、許してください! 助けて! 聖女様! この化け物を何とかしろ! わかってるのかこのガキ!」

「そうだわ、少し待ってもらえるかしら」


 ルベリアはティアを制する。その様子にセイサムは安堵する。


「このまま私たちのことを話されると不都合ね。今からあなたに沈黙の魔法を授けます」

「おい、何をするんだわかってるのか貴様、ただの女の分際で聖法衣なしに魔法だと……」


 ルベリアがセイサムに沈黙の魔法を施すと、セイサムの口から一切声が出なくなった。


「昔は修行の際によくかけられたものですよね。2日間、神と己について対話しなさい」


 口をぱくぱくと開くセイサムの前に、ティアは改めて炭を見せつける。


「オトナなんだから覚悟を決めな、自分もやったことだろう?」


 ティアは真っ赤な炭を司祭長の顔の上半分に押し当てた。絶叫こそないが、セイサムは目と顔を焼かれる熱さに激しく暴れた。念入りに顔の上半分に炭を押され、セイサムの顔はひどく焼けただれた。


「ここは国教会院よ、すぐに回復魔法をかければ火傷の跡も瞳も元に戻るでしょう。すぐに治療ができれば、ですけれども」


 力のある司祭たちは皆神事に駆り出されているはずだった。声が出せないセイサムは自力で助けを求めなければならないが、目を焼かれているために移動も困難になっていた。


「それに、私はもう聖女ではありません。聖女を殺したのは貴方ですよ、セイサム司祭長」


 苦痛にのたうち回るセイサムをルベリアは見下ろす。そしてティアと共に司祭長室を後にした。


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