第3話 深夜の国教会院
聖法衣を取り返しにロメール国へ戻ったルベリアとティアは、明日戴冠式が行われる市街へ戻ってきた。日が落ちる頃から始まった戴冠式の前夜祭に街は大賑わいで、はぐれそうなティアの手をルベリアは引いていた。
「すごく賑わっているね」
人混みになれていないティアの手は必死でルベリアに繋がろうとしていた。
「気をつけて。迷子にならないようにね」
ルベリアはしっかりとティアの手を握る。流石に市街では顔を見られるとまずいと思い、ルベリアは目深にフードを被っていた。
何とか人通りのない裏路地で2人は息をつくと、今後の方針を話し合った。
「それで、聖法衣はどうやって取り戻すの?」
「おそらく、レムレスは神事のために夜通し祈りを捧げているはずよ。聖法衣はきっとセイサムが管理しているに違いないわ。だから、司祭長室へ行って持ってくるだけよ」
ルベリアは聖法衣を管理しているがセイサムだと踏んでいた。正式に聖法衣を纏う権限は聖女にのみ与えられることで、おそらく現状で聖女代理の立場であるセイサムが聖法衣を神事に纏っているとは思えなかった。
「多分、神事に皆駆り出されて国教会院は人が少ないはず。間違いなくセイサムも寝ずの祈祷をしているはずよ」
「それなら簡単に取り戻せそうだね」
「後は急いで西竜の里に帰りましょう」
ティアは無人の部屋から聖法衣を持ち出すだけでよいとわかると、安堵したようだった。
「ちぇっ、ルベリアを守るために悪い奴をなぎ倒してやろうと思ったのに」
「そんなことしなくて済むならしないほうがいいわ」
「まあ、そうなんだけどさあ……」
軽口を叩きながら、ルベリアとティアは完全に夜が更けるのを待った。
***
深夜になり、市街は相変わらず賑やかであったが神事を行っている国教会院は厳粛な空気に包まれていた。
「久しぶりね。私がいない間に何だか変わっちゃったみたい」
ルベリアはかつての我が家であった国教会院を見上げる。入り口は聖騎士が守っていて、それ以外の場所から忍び込めそうになかった。
「ねえリーベ、どうやって入るの?」
「ふふ、私は聖法衣がないとはいえ、聖女よ」
ルベリアは国教会院の入り口を守っている聖騎士2人の前まで歩み出た。
「女、こんな時間に何をしている」
フードで顔を隠している不審なルベリアに聖騎士は声をかける。
「安らかに神のご加護があらんことを」
ルベリアは至近距離から聖騎士に眠りの魔法を授けた。ルベリアの強い魔法を受けた聖騎士たちはその場に崩れ落ち、昏倒した。
「竜衣のおかげでこのくらいの魔法ならまだ使えるわ」
「でもこの人たち、起きない?」
「そう簡単に起きないようにしたから大丈夫。おそらく朝まで気を失っているはずよ」
深夜の交代の時間直後であるので、次の交代が来るのは夜明けのはずであった。
「この間に聖法衣を持ち出せれば、私たちの勝ちよ」
ルベリアは国教会院の中へ入る。勝手知ったる我が家であったので、警備の目を掻い潜るのは簡単だった。しかし、物心ついた頃から育ってきたこの場所から追放されたと思うと胸が痛んだ。
「そういえば司祭長ってルベリアを捕まえに来た奴?」
「そうね、今思えば彼は最初から私を怪しんでいたわ」
ルベリアはティアを放すことを決めた夜を思い出していた。まるで謀ったようにセイサムは聖騎士を連れてやってきた。おそらくルベリアがティアを匿っていることを知っていたのだろうと、今なら理解できた。
「でも、どうしてもわからないの。何故彼が私をあのように追い詰めなければならなかったのか」
ルベリアはセイサムのことを考える。ティアの件があるまで、セイサムはルベリアに非常によくしていた。先代には自分の母のように、そしてルベリアにはまるで実の娘のように接していたため、ルベリアもセイサムを父のように慕っていた。
「そんなの、ルベリアが気に入らないからに決まってるよ」
「だから、その理由よ。私が知る限り、彼が教会に反発する理由が見当たらないの。彼が私を追い出す理由は一体何だったのかしら」
ルベリアはティアを連れて、真っ直ぐ司祭長室へやってきた。
「鍵がかかってない……好都合だわ」
そのまま扉を開けて、ルベリアとティアは驚いた。神事に参加しているはずのセイサムが司祭長室の暖炉の前でうたた寝をしていたからだった。
「なな、何だ貴様らは! 衛兵!」
突然の侵入者に驚いたセイサムが叫ぶより早く、ティアがセイサムに飛びかかった。セイサムの後ろにしがみつき、うつ伏せに組み伏せるとその首に腕を回す。
「オジサン、これ以上騒ぐとこの首折るよ」
「何だこのガキは! 衛兵はまだか! こいつらをつまみ出せ!」
セイサムも抵抗するが、不完全ではあるが竜本来の力を出しているティアには敵わなかった。
「お静かに願えますか、司祭長」
ルベリアは暴れるセイサムを見下ろし、そのフードをはずした。
「貴様は……ルベリア、生きていたのか!」
「ええ、神のご加護により罪を許されたのです。私はまだ、死ぬべきではないと」
目の前の男に殺されたと思うと、ルベリアの瞳が一層厳しくなった。
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