第2話 再入国

 聖法衣を奪還するために、ルベリアとティアはロメール国の国境までやってきていた。


「何だか人が多いね」

「もうすぐ戴冠式があるのよ。それで大勢の人がやってきているのね」


 レムレスの戴冠式まで後3日となっていた。そのせいで国内はお祭り騒ぎとなっていて、その恩恵に預かろうという商人や物見遊山の観光客で国境付近はごった返していた。


「だけど、これは好都合よ。私たちも簡単に国内に入れるわ」

「でも、関所で何て言えばいいの?」

「簡単よ、戴冠式を見に来ましたとか言えばいいのよ」

「あとは?」

「あなたは黙っていて頂戴ね」


 ルベリアはティアを伴って、国境の関所に連なる人の列に並んだ。この辺りには国内の人間はまだ少ないため、ルベリアの顔を直接知っている者はほぼいないと思われた。それでも、ルベリアはいつ自分が聖女であるかと誰かから指摘されるのを恐れていた。


「次、進みなさい」


 いよいよルベリアたちの入国審査の番が来た。関所の兵士に誘導されて、ルベリアは緊張した面持ちで前に進み出た。事前に渡された用紙には適当な名前と国名、そして2人は姉妹である旨を書いておいた。


「入国の目的は?」

「戴冠式を行うというので、見学に来ました」

「滞在期間は?」

「4日間です」


 関所の兵士はルベリアとティアをじっと見る。ルベリアは正体がばれないかとひやひやした。しかし入国の手続きで忙しい兵士は女2人に不審な点を見つける気もなかったのか、特に何も言わずに用紙に何かを記入し始めた。


「はい、滞在期間が終わったら速やかに退去するように」


 手渡されたのは入国許可証であった。ルベリアは心の中で胸を撫で下ろしたが、この前まで聖女様と崇められていたのは一体何だったのかと寂しい気持ちになった。


***


 無事にロメール国に侵入できたティアは、第一の関門を突破した嬉しさで舞い上がった。


「やったー! ついにロメールだ!」

「あまりはしゃがないのよ」


 ルベリアは周囲を見渡す。喜び勇んでいるティアが目立たないかと不安だったが、目的地についてはしゃぐ少女にしか周囲には見えないようだった。


「それにしても変な感じ、人間はこうやってちゃんと誰が入って出ていったか記録してるんだね」

「そうね、どんな人がどのくらいやってくるのかを知るのは大事なことよ。怪しい者を見つけるというより、国内へどのくらい人がやってきたのかを知りたいのね」


 関所を抜けると、ロメール国内では戴冠式のためにあちこちで催しが行われていた。多くの人でごった返しているため、ルベリアとティアが紛れるには都合がよかった。


「レムレス殿下、戴冠式で重大発表!?」

「レムレス殿下のお相手は如何に!?」

「ロメール国教会新聖女候補は!?」


 あちこちから聞こえてくるゴシップにはどこにもルベリアの名前はなかった。この前まで毎日大聖堂で祈りを捧げていたことを思い出すと、ルベリアは本当に人々の中から消去されたのだという寂しさが強くなった。


「すごいね、戴冠式の予定だって」


 ティアが落ちているチラシを拾い上げる。ルベリアは横目でティアの拾ったチラシを見る。


「えーと、何なに? 前日は国教会密堂で新皇帝は神事。戴冠式は大聖堂でやるんだって」

「それは知っているわ。そもそも、戴冠の儀を行うのは私だったのよ」

「あ……それもそうか。聖女がいないと話にならないもんね」


 戴冠式の大まかな流れは、ルベリアも事前によく打ち合わせをしていた。戴冠式前夜はロメール国教会で新皇帝の就任を神に報告する神事が一晩中執り行われ、翌日の戴冠式で聖女が冠を授ける役目になっていたはずだった。


「おそらく聖女職は司祭長辺りが代理に立っているはずよ。新しい聖女に関してはどうなのかしらね……」


 ルベリアはセイサムの顔を思い出す。彼が手のひらを返したようにルベリアに冷たく当たったことが、未だに信じられなかった。ティアは更にチラシに書いてある文言を読み進める。


「なんかね、お妃候補は国外の人にするみたいだよ……」


 そこでティアの言葉が止まった。ルベリアがチラシを覗き込むと、「新皇帝の妃候補はラーファガの皇女か」と書かれていた。


「ラーファガ、って……」


 ティアの身体が大きく震え始めた。ルベリアは咄嗟にティアを抱きしめていた。そのまま人通りのない場所まで連れていき、ティアを座らせる。


「大丈夫よ、大丈夫。もうあなたは大丈夫なの。もう大丈夫よ」


 ルベリアはティアを撫でながら、落ち着くように魔力をそのまま注ぎ込む。ティアはしばらく頭を抱えて震えていたが、ルベリアの魔力を感じてようやく顔をあげた。


「もう大丈夫」


 ルベリアはティアの声を聞いて安堵した。


「リーベも多分、コキから聞いているんだろう? 北竜とラーファガのこと……」


 ルベリアは何も言わず、ただ頷いた。新皇帝のレムレスがラーファガと強い繋がりを持とうとしていることが明確になった今、ロメールでも竜を捕らえようとしている予測がひとつ現実的になった。


「それで、もしかしたらこの国もラーファガみたいに、竜を捕まえに来るかもしれないってことでしょう?」

「ええ。戦うにしても逃げるにしても、西竜の里に人間が来る前に準備をしなければいけないけど、大竜様は御病気でそれどころではないわ。だから、聖法衣が必要なのよ」


 ルベリアは自分に言い聞かせるようにティアに言って聞かせる。


「ルベリア、ボクは」


 ティアは何か言いかけて、そのまま下を向いてしまった。


「……行こう。今は聖法衣を取り戻すのが先だよね。西竜を北竜みたいにしないために」


 そう言うとティアは立ち上がる。その瞳に暗い感情が宿っていることをルベリアは心配した。


「そうね」


 聖法衣を取り戻したら、真っ先にティアの心を癒やしたいとルベリアは強く思った。

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