第5話 決意
里長であるルタの病の治療のため、ロメール国に聖法衣を取りに行くとティアが言い出した。
「何を言っているの、あなたは再び人間の国に行くというのですか?」
コキが驚いてティアを見つめる。
「大竜様を助けたいリーベのためなら、ボクは何でもする」
「わかったわ、ティア。あなたの気持ちはよくわかった」
ルベリアは大竜を助けたいティアの気持ちをくみ取る。
「でも、聖法衣は私のものではないの。あれはロメール国教会のもので、私はそれを借りて着ていただけよ。私に取り戻す権利なんてあるわけないのよ」
ティアに説明するルベリアの声は次第に小さくなっていった。
「何言ってるんだ、リーベは聖法衣を着た自分の姿を見たことがないの?」
「私の姿……?」
ルベリアはティアの言いたいことがよくわからなかった。
「ボクはずっと聖法衣の中でリーベの話を聞いていた。先代から、その前の先代から代々受け継いだ大事な法衣だって。聖法衣を大事にする人のために、聖法衣はあるんだよ。リーベがボクのために聖法衣を使ったことは正しかったと思う。まるで神様みたいだった。ボクはリーベと、聖法衣に助けられたんだ」
ルベリアは改めて傷ついたティアを思い出す。身体も心もずたずたに切り裂かれていたティアがどんな思いで今ここにいるのかと思うと、涙が溢れそうであった。
「それに、ただでさえ人間が竜を捕らえようとしているかもしれない時に、聖法衣が人間の手にあるのはよくないよ。リーベを処刑しようとした連中の考えることだ、聖法衣を使って何をするかわからないよ」
ティアの言うことは尤もだった。聖女であるルベリアを処刑したのも、聖女という地位を廃するだけでなく聖法衣を取り上げるという目的が背後にあったことが推測できた。
「あとね、誰が何と言ってもあの聖法衣を使いこなせるのは今はリーベだけなんでしょう?」
ティアはルベリアを覗き込む。
「それは、そうだけど……」
ルベリアは言い淀んだ。聖法衣は纏うだけでも魔力は増強されるが、聖法衣の力を完全に引き出すにはそれなりの訓練が必要だった。そして、その訓練を行えるのも代々の聖女のみであった。
「じゃあ決まり。聖法衣もリーベに着てもらいたがってると思うよ」
「聖法衣が、私に……?」
ティアの言葉にルベリアは首を傾げる。
「うん。だってリーベはとても心優しいもの。服だって優しい人に着てもらいたいに決まっている」
ティアは笑っていた。ティアの笑顔を見ることがルベリアには辛かったが、大竜とルベリアの希望に応えたいという気持ちはよく伝わった。
「わかったわ、ティア。一緒に聖法衣を取り戻しに行きましょう」
「え、リーベも行くの!?」
ティアが上ずった声を出す。
「当たり前でしょう、あなた1人で国教会へどうやって入るというの?」
「でも、リーベが国教会へ行ったら危険だよ! あいつら、リーベを殺したんだよ! どうするんだよ、また命を狙われたら!」
ルベリアは心配するティアの顔をじっと覗き込む。
「私のことなら大丈夫。皆私が死んだと思っているし、聖法衣を着ていない私のことなんてきっと誰も見ていないわ。それに、聖法衣さえ手に入れば何とでもなる。私の力を最大限に引き出せれば、きっと無事に脱出もできるわ」
ティアの不安そうな顔に、ルベリアは追い打ちを掛ける。
「それに、私よりもあなたの命のほうが狙われているわ。私が処刑される前、聖騎士があなたの行方を追っていたというもの。絶対に人前で正体を現さない自信はある?」
ルベリアの懸念にティアは精一杯頷く。
「ある! ボクも随分魔力が戻ったんだ。一通りのことなら、今のルベリアよりきっとうまく出来るに違いない。聖法衣を着ていたら、負けるだろうけどね」
ティアの竜の姿は大人の馬ほどになっていた。それでもティア本来の魔力には届かない大きさだとティアは語っていた。
「異論はないか、コキ」
「そうね。不安は多いけれど、現状このままでもよくないことしか起こらないだろう。それなら少しでも現状を打破する可能性があるほうに賭けるのが効率がいい」
ルタとコキの話に、ティアがむっとする。
「あ、ボクたちのこと信用してないな!」
「別に信用していないわけではないですよ。ただ、私たちもいろいろ考えることがあるというだけです」
コキたちも、ルタの命に加えて里の将来について決断をしなければならない時に来ていた。コキが生贄の儀式で姿を見せた以上、西竜の里も人間によって捜索されていると考えるほうが自然であった。
「勿論、リーベはいいんだよね?」
ティアが再度ルベリアに確認する。
「はい。竜の皆さんには命を助けてもらった恩を返さないといけません。それに、やはり私は納得できないのです。何故私を追放してあそこまで貶める必要があったのか。聖法衣を取り戻して、それを知らなければいけないと思うのです」
ルベリアは今回の件で、セイサムとレムレスがティアを口実にして聖女を失脚させたのだということは確信できた。しかし、わざわざ過酷な生贄刑や晒し刑を追加したことに全く納得がいかなかった。
「そうだ、コキさん。ひとつお願いしたいことがあるのですが」
「一体何でしょう?」
ルベリアはコキにひとつの提案をした。コキはルベリアの提案に驚き、思わず問い直した。
「私は構いませんが……本当に貴女はそれでよろしいのですか?」
「ええ、再度ロメールに戻るなら必要なことです」
ルベリアは寂しそうに笑った。
***
「さあ、行きましょうか」
西竜の里で傷と魔力をすっかり癒やしたルベリアは、旅支度を調えていた。
「リーベ、本当にそれでよかったの?」
「ええ、これも似合うでしょう?」
ルベリアはコキに頼んで肩まであった髪を更に短く、男のような短髪に整えていた。更に竜衣で作った男物の旅装束を着込んだルベリアには、豊かで長い白金色の髪を揺らしていた聖女の面影はどこにもなかった。
「ボクは見た目にはこだわらないよ。でも、リーベが本当によかったのかどうか気になって」
「それなら、いいのよ。ロメールに入って少しでも私と見られたくないっていうのもあるし、それにね……」
ルベリアはティアに精一杯の笑顔を見せる。
「聖女ルベリア・ルナールは死んだのよ。私はもう、聖女じゃないから」
その笑みに苦しみが混じっていることをティアは知っていたが、ルベリアの心境を察して微笑み返した。
「短い髪も素敵だよ。こっちのほうが、リーベって感じがしてボクは好き」
ティアはルベリアの手をとった。少女の姿のティアの手は温かかった。
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