第4話 大病の大竜
西竜の里長代理であるコキから、ルベリアは竜と人間の関係の歴史とそれに基づく現在の状況から推測できるティアの話を聞いた。人間が竜を害するかもしれないこと、そしてティアが想像以上に傷ついていることをルベリアは知り、居ても立ってもいられなくなった。
「私に出来ることなら、何なりとお申し付けください」
「それでは、里長に会って頂きたく存じます。是非貴女の知恵を拝借したいのです」
コキの案内で、ルベリアは里長に会うことになった。
「ねえ、話は終わったの?」
部屋の外にはティアが待ち構えていた。
「そこにいたのはわかっていますよ。全く仕方ない子ですね」
「えへへ」
ティアは真っ直ぐルベリアの元へやってきた。ルベリアはコキから北竜の話を聞き、ティアの笑顔を正面から見ることが出来なかった。
「ティア。今から私は里長様のところへ行かなければならないの」
「里長様……大竜様のこと?」
コキはルベリアにしがみついているティアの頭を撫でる。
「ちょうどいい機会ね、あなたも挨拶しにいらっしゃい」
ティアは妙に優しくなった2人に何かを感じたのか、無言で頷いた。コキに連れられて行く途中、ルベリアはティアに尋ねる。
「里長様のことを大竜様って呼んでいたの?」
「うん、里長って里では一番力が強くて大きな竜なんだ。だからみんな大竜様って呼ぶよ。竜のみんなの憧れだよ」
少女の姿のティアは両手を一杯空に広げて見せた。
「ボクはコキには世話になってるけど、この里の大竜様にはまだ会ったことがないんだ」
「そうなの……?」
コキに連れられて歩きながら、ルベリアは首を傾げる。重傷で伏せっていた人間のルベリアならまだしも、竜全体の明暗を担っているかもしれないティアも里長にあったことがないというのは意外であった。
「この里の大竜は私の弟です。訳があって、皆さんの前になかなか顔を出せないのです」
「訳、ですか……」
ルベリアはコキの様子から、里長である大竜に何かよくないことが起きているのだろうと察した。緊張した面持ちで里長の家まで来ると、コキはルベリアとティアにこの里の大竜を紹介する。
「こちらが西竜アルコーの里長、大竜のルタです」
ルベリアは息を飲んだ。目の前の竜はコキと同じ青い体色に緑の翼であったが、その大きさはルベリアの背丈と変わらないくらいであった。そして、それは他の竜のようにほどほどの大きさになっているのではなく、かつてのティアと同じく弱って小さくなっているのだとわかった。
「本当に大竜様、なの……?」
ティアも驚いたようだった。ルベリアは里長や大竜と聞いたからには立派な竜を想像していたのだが、目の前の竜は見るからに酷く弱っていた。客人の手前ということで竜の姿で座ってはいたが、本来は起き上がることも困難であるようにルベリアは感じた。
「ルベリア殿、里長として長く顔を合わせることができなくてすまない。コキから大体の話は聞いている、我々も何と言ってよいか……」
ルタは追放されて処刑されたルベリアを気遣っているようだった。
「私のことは大丈夫です。コキさんをはじめ、この里の方々に助けられまして今があります。何とお礼を言ってよいのかわかりません……それよりも、お具合はどうですか?」
ルベリアは大竜が得体の知れない病にかかっていることを理解した。
「ああ、数年前から身体が動かなくなって、日に日に魔力が抜けていく。今では周囲の助けがないと身の回りのことも難しくなってきた。この大事なときに、こんな身体が恨めしい」
ルタの様子を見て、ティアはルベリアの後ろに隠れた。
「病ならお任せください、追放されましたが私は聖女です。一通りの病の治療は習得しています」
「竜の病でもか?」
ルタは顔を上げ、ルベリアを見つめる。
「全ての命ある者なら、病の仕組みは大抵同じです。たしか、人間にも魔力が抜け続ける病がございました」
「その者はどうなるのか?」
「やはり次第に弱り、身体の自由が利かなくなります」
「最期にはどうなるのだ?」
「それは……」
ルベリアはかつて先代と一緒に死にゆく者のところへ見舞いに行ったことを思い出した。病院にはルタと同じ症状の者がいて、先代はその者の手をそっと握っていた。
『神の御前には皆が平等です。あなたに慈悲と友愛、そして幸いが訪れますように』
その祈りが何を意味するのか、ルベリアにもわかっていた。
「わかっている。竜は魔力がなくなると目に見えて身体が小さくなる。最近はまた魔力の放出が激しい。あと半年、持てばいいだろう」
聖女であれど、死にゆく病に対する方法がないと知るとルタは肩を落とした。
「ひとつ、方法がないこともありません」
ルベリアはきっぱりと言い放った。がっかりしていたルタとコキは目を見張った。
「復活の魔法を使うことです。幸いここは竜の皆さんが大勢いらっしゃいます。元になる魔力を私に注いでくだされば、使用することも可能かと思われます」
復活の魔法は因果を最大に制御するため、莫大な魔力が必要になった。更にその魔力を注ぎ込むために数日を要する大がかりなものであった。ルベリアも一度先代と一緒に復活の魔法を使ったことがあったが、何人も司祭を集めて1人に魔力を注入し続ける辛いものであった。
その時の対象者は不幸な事故に見舞われた子供で、まだ息があったために先代が急遽復活の魔法の使用を決定し、数日の壮絶な祈祷の後に子供が無事目を覚ましたときはルベリアも安堵したのを覚えている。
「復活の魔法自体は私も使用することができます。ただ、それでも不安なことがありまして……」
ルベリアは提案した手前、そこから先を告げることを迷った。
「聖法衣、ですか……」
コキの言葉にルベリアは頷いた。
「はい。復活の魔法に用いる複雑な魔力の制御をするとなると、聖法衣の力を借りないことには私でも難しいでしょう」
全員が暗い顔になった。ルベリアはぬか喜びをさせてしまったと己の浅はかさを悔やんだ。
「じゃあ、取りに行こうよ」
声を上げたのはティアだった。
「あの聖法衣はリーベのものだ。ボクはあの聖法衣に助けられた。大竜様もそれで助けられるなら、ボクが乗り込んで取り返してくる」
その場にいる全員が少女のティアを見つめる。ティアの目はまっすぐルタを捕らえていた。
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