第3話 竜を巡る陰謀

 ルベリアは西竜の里長代理であるコキから人間と竜の様々な話を聞き、自身が追放と処刑を言い渡された背景に再度戦乱の危機があることを知って戦慄した。


「人間と竜が戦うって、一体どういうことなんですか!?」


 ルベリアにとって、それは衝撃的な話であった。コキは順を追ってルベリアに今起こっていると思われる事態を話し始めた。


「人間の時間で言えば、大体7、80年ほど前になりますかね。竜の間で北竜の里がひとつ壊滅したという噂が広まりました。そしてそれと時を同じくして、同じ北に領土を構える人間の国が豊かになり、あちこちに戦を仕掛けるようになりました。このことから、私たちの間であるひとつの恐ろしい噂が流れたのです……人間が北竜を捕らえて、魔力の源として使役している、と」


 ルベリアはコキの言葉に息を飲んだ。


 北の国といえばロメール国と最近関わりを持つようになったラファーガ国が思い浮かんだ。確かにラファーガ国は数十年前より他国から抜きん出た魔法具を開発していた。それで領土を広げたり、他国へ魔法具を売ったりなどしてかなり勢力を拡大していた。その裏に竜の存在があるとルベリアは思いもよらなかった。


「しかし、我々もあまりその噂を信じたくはありませんでした。何より竜が人間に使役されるなどあってはならぬこと。竜は協力関係は結びますが、基本何者にも肩入れはしない生き物です。里の壊滅もただ場所を変えただけなのでは、人間の国に関してもただの偶然なのでは、と私なんかは思っていました」


 竜は本来楽観的な生き物である。コキも例外に漏れず、噂を聞いても確証が無い限り信じようとはしなかった。


「しかし、その噂の証拠として現れたのがあの子です」


 あの子、と言われてルベリアは手のひらの上で傷ついていた竜を思い出した。


「ティア、ね」


 先ほどの北竜の里が壊滅した話と、北竜であるティアが不自然にロメール国にいたことが少しずつ結びついてきた。


「あの子は最初、竜本来の魔力を標に私たちの里へやってきました。私たちはひどく弱り切った北竜がやってきたことだけでも驚いていたのですが、あの子は自分のことよりも貴女のことを助けるよう頼み込んできました。とにかく言っていることが支離滅裂だったものですから、我々もかなり困惑したものです」


 コキは初めてティアに遭遇したときのことを話し始めた。


「そうこうしているうちに、久方ぶりに生贄刑の呼び出しがかかりました。貴女に違いないから一緒に行くとあの子が強く言うものですから、一緒に来てもらいました。後は貴女の知るとおりです。私は貴女の様子を見て、人間たちが本気で貴女の命を奪おうとしているのだと察しました。そのために失礼を承知で、わざと貴女が死んだように見せかけました。何しろ突然のことだったので……大変申し訳ないことをしました」


 コキは何度もルベリアに頭を下げた。恐ろしかったことは間違いないが、ルベリアは命の恩人であるコキに悪い感情は一切持っていなかった。


「そうだったんですね……礼を言わなければならないのは私のほうです。お気になさらないでください」


 ルベリアもコキに頭を下げる。


「いえ、頭をお上げください。貴女はあの子の、人間に始末されようとしていた竜そのものの恩人です。同族の目から見ても、あの子の魔力が通常よりひどく弱っているのを感じます。もしよろしければ、貴女があの子を癒やした時のことを教えてもらえないでしょうか?」


 コキもティアの詳しいことについては把握しきれていなかった。


「わかりました」


 ルベリアはティアを拾ったときのことを詳細にコキに聞かせた。コキは時折目に涙を浮かべ、ルベリアもそれにつられて時折声に涙が混じった。


「つまり、あの子は何の動物かよくわからないほど傷つけられていたということですね?」

「ええ。私は大きさからして最初は猫の子かと思ったくらいです」


 ルベリアは手のひらを広げ、ティアを拾ったときの大きさをコキに示した。コキは手のひらを広げてしばらく考え込み、ようやく口を開いた。


「あまり不確かなことは申し上げたくないので、確実にわかることだけお伝えします。まず、貴女の国に竜を平気で傷つける者が存在することがひとつです。そして、あの子が貴女の国にいたということがもうひとつです」

「何故ティアが私の国にいてはならないのですか?」


 ルベリアには今ひとつコキの話が見えなかった。


「先ほどもお話したように、人間が北竜を捕らえて使役しているのではという噂はありました。しかし誰もどのように竜を捕らえて魔力を使っているのは知りませんでした。でも、貴女があの子を拾った様子から推測することができます」


 コキは顔を曇らせ、ルベリアに告げる。


「竜の身体というのは基本的に魔力の塊なのです。身体を削ればそれは純粋な魔力になります……そして削られた身体は魔力がある限り、また再生します」


 それを聞いて、ルベリアは真っ青になった。


「それじゃあ……」


 ルベリアの脳裏に、少女の姿で無邪気に笑うティアが浮かんだ。


「どうにもあの子が話したがらないはずです。おそらく魔封じの鎖で縛られて、少しずつ身体を削られていたのでしょう。身体が再生したら削られ、再生したら削られ……そうやって少しずつ魔力を削がれて、あの子は手のひらに乗るほど小さくなったのです」


 コキの話が正確であれば、ティアは何十年も捕らえられて身体を削られ続けたのだということであった。


「そんな、そんな惨いことを、何故……」


 ルベリアは耐えきれず、顔を手で覆った。


「そしておそらく、あの子は貴女の国に売られたのです。魔力の源として、そして竜を使って魔力を増やす方法の例として。そう考えれば、貴女が生贄刑に処された理由も自ずとわかるはずです」


 ルベリアははっとした。もしロメール国でそのようなことを行うことになれば、ルベリアがティアを拾っていなくても「いたずらに罪のない竜を傷つけるばかりか、他国と争うために魔力を蓄えることは神の教えに反する」と言うことは確実であった。


「私が、邪魔になったから……? もしや他国に攻め入りたいから……?」


 ルベリアは恐ろしい陰謀の可能性を感じ、深い穴に吸い込まれていくような感覚に陥った。思えば、ルベリアの刑に関しては全てが迅速であった。まるでルベリアが失脚することが確定していたようなセイサムの振る舞いを思い出し、怒りより先に恐怖が訪れた。


「その通りです。そして他国へ侵攻する前に、私たちの里へ来るでしょう。北竜の里を滅ぼしたように我々を捕らえて縛り、魔力を削り取るかもしれません。我々が出来ることは、人間が攻めてくる日に備えて戦いの準備をすること。それか、人間が来る前に里を捨てて別の場所へ逃げることです」


 コキはティアから『北竜の里は不意打ちを受けた』という話を聞き、いよいよ里の将来について動き出さなければならないと思っていた。


「ルベリア殿、できることなら貴女にも力を貸してほしいことがあります。ご協力願えませんか?」


 西竜の里長代理は深々と元聖女に頭を下げた。聖法衣を取り上げられたルベリアは「普通の人間よりも魔法に少し長けた者」でしかなかった。そのルベリアに魔力の塊であるはずの竜がどんな頼みごとがあるのか、ルベリアには思いつかなかった。

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