第2話 凶兆の真相

 ルベリアはコキから「竜と人間が共存していた」という話を聞き、凶兆と教えられてきた竜と人間が手を取り合って暮らしていたという想像ができなかった。


「驚かれましたか? おそらく人間の歴史からは都合の悪いことは消されているのでしょう」


 コキはルベリアの様子を見ながら、当時の話をしていく。


「時の権力者はたくさんの魔力と引き換えに、我々に呪を依頼しました。未来視などろくなものではないですが、断る理由もなかった我々はしばしば人間に未来視や過去の因果を変える呪を与えました。そのせいで人間たちが争おうと、我々の関知するところではありませんでした。竜は基本的に目の前のあるがままを受け入れるものです」


 ルベリアは竜という生物に触れ、人間と考え方が大きく違うことは認識していた。ルベリアは最初里の中で唯一の人間ということで変わった扱いを受けるのではと身構えた。しかし竜たちはルベリアが人間であると珍しがったのは本当に最初だけで、特にルベリアを特別扱いすることはなかった。それはルベリアを受け入れたというよりも、ルベリアに興味を示さなかったというほうが正確な扱いであった。


「しかし、竜の力を用いることは人間にとって都合の良い結果ばかりを生み出すわけではありませんでした。そのうち大きな争いが起こり、多くの人間が死にました。当時は人間に加担した竜もいましたが、彼らも人間により滅ぼされました」


 コキの語る話は、ルベリアは全く聞いたことのないものだった。


「争いの後、人間も竜もこのままの関係ではよくないことを理解しました。その結果、我々は別々に生きていくことを選びました。竜は竜の里から基本出ないこと、人間は竜を呼び出さないことを互いに徹底するようになりました。おそらく、その事実だけが忘れられて人間の間では凶兆、と呼び習わされているのでしょう」

「それでは、凶兆というのは人間が勝手に言い始めたことなんですね」

「そうですね。理由をつけるとするなら、我々を呼び出す口実を与えないよう当時のことを反省した人間が子孫を竜から遠ざけるために敢えて悪く我々のことを言った、ということかしらね」


 ルベリアは実際にティアに触れ、竜は凶兆であるという言い伝えが間違っていると感じていた。その通りであることがコキによって語られ、ルベリアの中に安堵が広がった。


「生贄刑に話を戻しましょう。最初は呪を与えるだけの刑罰に、いつしか追放が加わりました。呪をかけて、我々にどこか別の場所へ連れて行くことが求められました。それがいつしか人々には『竜に食われた』と捉えられるようになったのでしょう。私が子供の頃、確かに生贄刑と称して人間の世界を追放された女性たちがいたのを覚えています。何故女性に限定したのか、私たちには図りかねますがおそらく女性の命を自分たちで奪うことは男性以上に躊躇われたのでしょうね」


 コキは当時の話を見てきたように話し始めた。


「ちょっと待ってください。あの、詳しくなくて申し訳ないのですが、竜の寿命はどの程度なのでしょうか?」


 ルベリアは、目の前の竜の語る話が今の時代から遠く昔の出来事であることに疑問を持った。少なくともロメール国教会において、最後の生贄刑の記録は数百年前となっていた。


「本当に竜についての伝承は人間の中で絶えているのですね。そうですね、大体あなたたちの十倍くらいの年月を生きると思ってもらえるといいでしょう」

「十倍、ですか……」

「一応人間の姿になる際は、人間ではこのくらいの年齢でしょうという目安の姿になります」


 ルベリアは改めてコキを見る。コキは里長代理ということでしっかりと落ち着いた、人間で言うと4、50代くらいの女性の姿をしていた。


「では、竜と人間が共存していたというのは……」


 ルベリアはコキの実年齢が少し気になった。


「私がほんの子供の頃の話です。あなた方にとっては途方もない時間でしょうが、私にとっては懐かしい昔話くらいの時間の差があります」


 コキはひとつ咳払いをする。竜であっても、女性の年齢を探るのはあまりよいことではなさそうだった。


(それでは、ティアはいったい何歳なのかしら?)


 ルベリアは一瞬眩しいばかりに笑顔を輝かせる少女を思い出す。人間の見た目にすると12、3歳ほどの外見をしたティアは、コキの言うとおりだとすれば120から130歳ほどであると言う。赤子のようだと思っていたが、自分よりも遥かに年上だと思うとルベリアは「お嫁さん」発言に対して更にどうすればいいのかわからなくなった。


「話を戻しましょうか。生贄刑の話でしたね。人間たちは召喚魔法と言いますが、要は強い魔力の柱を立ててこちらに来いと呼び出すことです。私も父が魔力の高まりを感じて、『間もなく人間の女性を連れてくる』とたまに連れてきていたのを覚えています」

「生贄になった女性たちは、その後一体どうしたのですか?」


 ルベリアは竜が人間を食べない以上、その後追放された女性がどうしていたのか気になった。


「人間たちに追放の印である供物の焼印を腕の上のほうにひとつ押されて、私たちが一度里へ連れてきました。そして頃合いを見計らって、別の人間の街へ送ります。後は彼女たち次第で生きていってもらいます。住み慣れた街を離れ、死んだ者として生きていくことの辛さを考えると私たちも哀れだと思いますね」

「それじゃあ私の焼印は!? あんなにたくさん施す必要があったのですか!?」


 ルベリアは当時の文献の再現であるとばかり思っていたが、実際に全身に焼印を施された女性がいなかったことを聞いて腹の底から怒りが沸き上がってきた。


「あれはやりすぎです」


 コキもルベリアの焼印に疑問を持っていた。


「私も子供の頃、何度か生贄刑の人間の女性を見たことがありましたが貴女のようなやり方は見たことがありません。貴女の背に押された大きなものは、おそらく家畜用のものでしょう。生贄刑の更に前には、人間が神に家畜を差し出すということも頻繁にあったようですので」


 それはルベリアも聞いたことがあった。神に供物として家畜を捧げ、その場で屠殺をするという儀式はロメール国教会の建国より遥か昔の話とされた。


「それじゃあ、私の刑は一体何だったの!?」


 ようやくルベリアは、何故自身が追放と処刑を言い渡されたのかに疑問が及んだ。


「お話のとおり、貴女の身に降りかかったことはかなり不自然なものでした。そしてティアと名乗ったあの子の様子も尋常ではないことはおわかりでしょう。それらを踏まえて、これから私たちはいろいろ決断をしないといけないのです」

「決断ですか?」


 ルベリアはコキの次の言葉を待った。


「はい。ひとことで言えば、我々が人間と戦うか逃れるかのどちらかを選ぶと言うことです」


 コキの言葉は、竜と人間の歴史を語る昔話に戻ったようであった。その歴史が繰り返されるのかと思うと、ルベリアの中に冷たい感情が広がるのを感じた。

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