《第5章 人間と竜》
第1話 生贄刑の正体
聖女として追放されて処刑されたルベリアは怪我の治療のため、西竜の里に滞在していた。処刑されてから数か月が経ち、ルベリアの体調はすっかり元通りになっていた。
「ルベリア殿、調子はどうですか?」
静養しているルベリアの下を里長代理のコキが人間の姿で訪れた。相変わらずティアは少女の姿でルベリアにしがみついている。ティアも落ち着いて魔力を回復できているのか、竜の姿もようやく馬ほどに成長していた。しかしティアはわざと小さくなり、いつもルベリアに抱きつくようにしていた。
「おかげさまで、すっかり元通りになりました。何とお礼を申せばいいのかわかりません」
ルベリアが答えると、ティアはますますルベリアと密着した。
「ティア、下がっていなさい。ルベリア殿に大事な話があります」
コキに促され、ティアはルベリアから離れると渋々外へ出て行った。ルベリアはティアが大人しく自身から離れたことに驚いていた。
「さて、何から話をしましょうか……まずはルベリア殿がどのくらい我々のことを知っているか、そして今竜と人間がどのような関係にあるか、最後にあの子、ティアのことかしら」
ルベリアの隣に腰を下ろし、コキはこれからする話が「大事な話」であることをルベリアに告げる。ルベリアは以前より話したいことがあるとコキが言っていたことを思い出した。
「私は、竜は凶兆であり忌避するものとだけ教えられてきました。しかし、竜を見る機会は全くありませんでしたので、ティアが初めて見る竜です。それはおそらく、私の国の民も皆そうだと思います」
竜は凶兆とルベリアは教えられてきたが、ルベリアの知る限りでは実際に竜を見たという者はいなかった。
「それでは、何故竜が凶兆だと言われるようになったかはご存じですか?」
「竜は人を食らい、人心を惑わす術を使うから、と……」
コキはルベリアの話を聞いて、思わず吹き出した。
「それはひとつ正しくて、ひとつ誤りがあります。まず竜は人を食らいません」
それはルベリアも竜の里へ連れてこられてよくわかった。竜は基本的に食事を必要としない生き物で、魔力を蓄えることで生存しているということはティアから聞いていた。魔力は自然のエネルギーから摂取することが多く、日光や風、水の流れを竜は魔力に変換してした。ルベリアも昼間は竜が盛んに日に当たっている光景をよく見ていた。
「でも、それでは生贄刑は一体何なんですか?」
ルベリアは今までのことを振り返り、この生贄刑が特に腑に落ちなかった。食事を必要としない竜が処刑と称してわざわざ人を食べることの理由が全くわからなかったが、過去に確かに生贄刑を実施していた文献は公的なものとして国教会に残っている。その整合性にルベリアは首を捻るばかりだった。
「それは、その後ろの『人心を惑わす術を使う』というのに関係します。しかし、人心を惑わすというのも正確な表現ではないかもしれません」
コキはルベリアの疑問に答えるように丁寧に話を続ける。
「我々は魔力を蓄え、そして物事の因果をねじ曲げることができます。これが魔法というのはご存じですね」
ルベリアは頷いた。魔法とはコキの言うとおり、因果を意のままにコントロールすることであった。目の前に火がなくても火をつけたい、強風を起こしたい、手を触れずに物を移動させたい。そういう欲求を叶える代償として魔力と呼ばれるエネルギーを差し出すことで魔法は発動するようになっていた。
「その因果の矛先を目の前の事象にぶつければ、そのまま物事が変化するだけで終わります。しかし、我々はその矛先を遠くの場所や過去や未来へもぶつけることが出来ます。特に我々は時を超えるものを『呪』と呼んできました」
それを聞いて、ルベリアは改めて竜の魔力の強さを実感した。人間が操れる魔法はコキの言うとおり、目の前の事象限定であった。遠くの場所へ魔法をかけることや、まして時を超えるなどルベリアの想像を超えていた。
「それは、国教会の言う『奇跡』のようなものですか?」
唯一、聖女は聖法衣の力を借りて『奇跡』を起こせた。それは通常の魔法とは別に、清き望みを具現化したものとされた。例えば山火事で死に絶えた大地に緑を復活させたり、信心深い国教徒の祈りで不治の病を癒やすというものであった。
「考え方は近いと思います。そして、そのような力は人間にとって大変重宝して、そして同時にひどく恐れられたものです」
コキはいよいよ生贄刑の本質に迫っていく。
「元々の生贄刑は、身分の高い女性に行われたものでした。当初は我々が祭壇に呼び出され、その女性に呪をかけるというものでした」
「呪をかける、というのは?」
「因果の矛先を変える、と言っても我々に出来ることは目の前の相手に過去の出来事を見せつけたり未来に起こる出来事を伝えたりするくらいです」
「未来のことがわかるのですか!?」
ルベリアは驚きをもって、改めてコキを眺める。
「ええ。しかし、未来のことを知ることはあまりいいことではありません。未来を変えることはできないのです、変えようとすれば更に因果がねじれ、もっとよくないことが起こります。ですから、未来など最初から見ない方がいいのです。それに、呪にはたくさんの魔力が必要なのでそこまで労力をかけたくもないですしね。我々もせいぜい明日の天気を予知するくらいしかこの力は使いません」
それでも、ルベリアは未来を予知できる竜という存在が羨ましくなった。
「つまり、最初は刑罰として呪を用い、その女性の罪深い行いを延々と見せつけるというものから始まったのです。例えば不倫を犯した妻に延々と不倫相手の悲惨な末路を見せ続けるとか、そのようなものです。その頃は我々も報酬として人間から魔力をもらっていました。あの頃は竜と人間がまだ共存していた時代でしたからね、懐かしいものです」
「竜と人間が共存!?」
今度こそルベリアは驚きの声を漏らした。それはどの文献にも載っていない、ルベリアが初めて聞く話であった。
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