第4話 素性不明の竜
ティアがルベリアに告白をして、ルベリアはティアを見る目が少し変わった。それまでは無邪気な少女だとばかり思っていたのだが、彼女の口から出た「お嫁さん」という言葉はルベリアの中で大きく膨らんでいた。
ルベリアはティアの素性を知らなければならないと思っていたが、ティアについての具体的なことを尋ねると、ティアはあからさまに話題を変えようとした。
(そもそも、私はティアのことを何も知らないのよね)
ティアが語ったことは自身が北の国で生まれたということだけで、それ以外は頑なに話そうとしなかった。ルベリアは愛の告白以前に、ティアの素性を知りたかった。そんな複雑な心中をティアは知ってか知らずか、告白後も変わらずルベリアに甘えてきた。
『心の傷は回復魔法では癒やせない。時間と慈愛が解決するのよ』
ルベリアは先代の言葉を思い出し、甘えるティアの身体を撫で続けた。
***
ルベリアが西竜の里にやってきて数か月が経った。その日もティアがルベリアの隣で眠っていると、その肩を揺さぶる者があった。
「そろそろ、少しお話いいかしら」
ティアが目を覚ますと、目の前に竜の姿のコキがいた。すっかり眠り込んでいたティアが竜の姿で返事をする。
「なんだよ、ボク眠いんだ」
「彼女が起きていると、都合の悪いこともあるでしょう?」
ティアはルベリアの寝顔を一度見て、それからコキに従って部屋を出た。コキはティアを里長の家まで連れてくると、改めてオレンジ色の竜と向き合った。ルベリアと共に魔力を回復しているティアは、子牛ほどの大きさになっていた。
「あなたには聞いておかなければならないことがたくさんあります。それはこの地を治める者として、すぐに決断をしなければならないことかもしれない」
ティアはコキの深刻そうな話にふてくされる。
「何が言いたいんだよ」
「北竜の里がひとつ壊滅した、という噂はやはり本当なのね」
ティアは下を向いた。コキはそれを肯定と捉えたようだった。
「それを境に、北に住む人間たちの勢力が増してきた。私は噂だけで判断するべきではないと思っていたずらに竜たちを不安に思わせるようなことを隠して来たけれど、あなたがここにこうしていることが何よりの証拠ね」
コキはティアを見つめる。北竜の里の壊滅の噂と北の地に住む人間の勢力の拡大。そして北竜であるティアが急に西竜の地へやってきたことはコキを初めとした竜の中で、あるひとつの不吉な仮説を浮かび上がらせていた。
「あんたに何がわかるんだ」
ティアは低く呟いた。
「わからないからこうやって尋ねているのではないですか」
それまでティアは頑なに過去の話をしようとしなかった。コキもティアから詳しい事情を尋ねたかったが、ひとまずルベリアの怪我の具合が良くなるまでそっとしておく判断をした。それはルベリアの怪我よりも、ティアの心にあるだろう深い傷を心配してのことだった。
「うるさい! ボクが、あいつらに、何をされたか、もう思い出したくもないんだ!」
ティアはコキに噛みつくようにまくし立てる。
「ボクはリーベがいればそれでいい!」
「でもあの子は人間よ。いずれどこか違う人間の街へ送り届けることになっているの」
「嫌だ、ボクはずっとリーベと一緒にいるんだ、リーベじゃないとダメなんだ!」
「聞き分けのないことを言わないで。あなたも北に帰るのよ」
コキはティアを心配していた。竜はよほどの事情がない限り、頻繁に住処を変えない。そのためコキたち西竜は知識として他の地方の竜を知っていても、実際にその姿を見ることはなかった。
そんな西竜の前に突然現れたティアは、竜である誰の目にも弱って見えた。生まれたての赤ん坊よりも小さい状態で必死に飛び続けてきたティアに何があったのか、コキは気になっていた。そしてそんなティアが人間の女に異様に執着するのも、コキには理解しがたかった。
「嫌だ、もう嫌だ! ボクの里は、だって、もう……」
ティアは肩を落とし、しばらく黙った後ようやく口を開いた。
「ああそうだ、あんたの言うとおりだ」
その声は無邪気に笑う普段のティアの声よりも低く、憎悪に満ちた悲しい声だった。
「ある日突然人間がたくさんやってきた。不意打ちで、みんなやられた。ボクも頑張って逃げたけど、ダメだった」
ティアから断片的に語られる話に、コキは噂が間違っていなかったことをを察した。
「その後はみんなバラバラさ。多分文字通りにね」
「それじゃあ、捕らえられた北竜たちは、まだ……」
コキはその後を告げることができなかった。
「そうさ。きっと、みんなまだ生きてる。そう簡単にあいつらが竜を殺すはずがないもの。でもあんたの言うとおり、この土地にもボクたちの里と同じことをしようとする奴らが出てきているのは確かだ。ボクを傷つけた連中の狙いは、それしか考えられない」
ティアの全身から憎悪が滲み出ていた。コキはひとつため息をつき、再度ティアに問いかけた。
「わかりました。それでは、改めてあなたの名前を聞いていいですか?」
「え、ティアだって」
「それはあの子がつけた名前でしょう? そうではなく、あなたの本当の竜としての名です」
ティアは自分の竜としての名前を言いたくないようだった。
「……どうしても言わないとダメ?」
「出来れば、私は竜としてのあなたをもっと知りたいです。今の傷ついたあなたではなく、昔の誇りを持っていた頃のあなたを」
そう言われて、ティアはコキを見上げる。それから一度竜である自分の姿を確認して、小さく呟いた。
「北竜の、パラレラの里の、キラ」
そう言うとティア――北竜のキラはその瞳から大きな涙を流した。
「ああ、久しぶりだよ。名前を聞かれるのなんて」
崩れ落ちるように蹲るキラをコキは抱き留める。
「今までよく頑張りましたね。もう大丈夫です、さぞ辛いことのほうが多かったでしょう」
「辛いなんてもんじゃない! 人間は、人間は、あいつら、ボクらの、ああ、もう嫌だ! だから考えたくないんだ! 必死で考えないようにしてるんだ!」
泣きじゃくるキラを翼で包みながら、コキはこれからのことを考えた。人間が北竜を捕らえて何をしてきたのかは人間界の情勢と照らし合わせ、キラの様子からある程度確信を持つことができた。
キラが落ち着くまで、長い時間がかかった。コキは震えるキラの顔を覗き込む。
「あなたはルベリアにそれを告げる勇気がありますか?」
「……わかんない。ボクはリーベが大好きだ。でも、人間は大嫌いだ」
コキはようやくキラがルベリアに執着する理由がわかった気がした。
「そうですね。それでは大体のことは私が話しておきましょう。でも、あなたのことは自分で話をすること。私は竜全体のこととして必要なことだけ話します。事と次第によっては、一刻も早く準備をしなくてはならないからです。それでいいですか?」
ティアもコキのするべきことは理解していた。
「わかったよ。頑張って、自分のことは自分で話す」
「そうね、後はあなたがそのふざけた格好を何とかできたらね」
「ふざけてないよ! かわいいんだよ!」
拗ねたようなことを言うティアに、コキはようやくティアが落ち着いたことを確認できた。
「そうね、とってもかわいいわ」
コキは笑ってみせる。ティアは不服そうな顔をして、ルベリアの元へ戻っていった。
「あの子はまだ、ルベリアのティアでいたいのね」
コキはこの一件をどうルベリアに告げるか真剣に考えを巡らせることになった。
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