第3話 ボクのお嫁さん

 ルベリアの怪我は日に日に良くなっていった。竜衣によって魔力の回復が目覚ましく、ルベリアは自身の魔力も用いて怪我の治癒に専念した。時にコキやティアが回復魔法をかけてくれたことも相まって、数日の間に鎖の跡はすっかり消えてしまった。そして数週間ほどで全身を覆うようなひどい焼印も、僅かな跡を残すばかりとなった。


「すっかりお世話になってしまったわね」

「いえ、これもルベリア殿の元からの魔力が高い故のことです」


 ルベリアはようやく立ち上がって歩き回れるようになった。少女の姿のティアがルベリアの手を引き、里の中を案内することになった。


「竜って本当にいたのね……」

「それはボクらも一緒だよ。もう何百年も前から竜と人間は付き合いを断っているんだ」


 アルコーの里では西竜が40頭あまり暮らしていた。竜たちはルベリアと少女の姿をしているティアを物珍しそうに眺めていた。


「でもみんな、そんなに大きくないのね」


 ルベリアは祭壇にやってきたコキの大きさを思い出していた。ルベリアをすっぽり咥えるほど大きな顎を持っていたコキだったが、里の中では人間の長身の男性くらいの大きさになっていた。


「竜の大きさはね、魔力の器の大きさで決まるんだ。大人になれば大きくなるし、子供だったり年をとって弱ったりすると小さいんだ」


 ティアはルベリアに竜の大きさについて説明する。


「大人になると大きい竜はすごく大きくなる。でもあんまり大きくても不便だから、みんなほどほどの大きさで過ごすんだ。さっきみたいに自分の力を示すときとか、そういう時だけ本来の大きさになるんだ」


 ルベリアは里の竜を何頭か見た。大人の竜は皆人間よりも一回り大きいくらいで、よく前肢を使うために二足歩行をしていた。ティアによると、小さい竜は子供や力の弱った老竜らしかった。


「そう言えば、他の竜とティアの色は違うのね」


 ティアとコキ以外の竜を目の当たりにして、ルベリアはティアに尋ねた。


「そうだね。ここは西竜の土地だから、みんな西竜なんだ。ボクは北竜だから、色が違うのは当然さ」

「住んでいる場所によって色が違うの?」

「そうさ。青の西竜に白の東竜、黒の南竜に赤の北竜。ボクは赤の北竜なんだ」


 ティアは鮮やかなオレンジ色の髪をルベリアに見せる。西竜はコキのように鮮やかな湖のような青の竜もいれば、夏の空のような爽やかな青の竜に、夜空を思わせる濃紺の竜もいた。翼の色も基本は緑色だったが、それぞれ違った色味をしていた。


「北の竜は炎の色。真っ赤な竜もいれば優しい赤の竜もいる。ボクは太陽みたいってよく言われていた」

「そうね、本当にお日様みたいな素敵な色よ」


 ティアの髪に触れ、ルベリアは暖かな心持ちがした。


「それでティア、あなたは何故この西の国まで来たのかしら?」


 ティアはそれまで眩しいばかりに輝いていた笑顔を潜めた。


「……さあ、何でだろう。よくわかんないや」


 ティアは再び笑顔を作ると、ルベリアに笑って見せた。


「もうじき暗くなるよ。続きはまた明日ってことで、一度帰ろうよリーベ」

「うん、そうね」


 まだそれほど日は低くなっていなかったが、急なティアの変化にルベリアはそれ以上の追求はできなかった。ティアはよく笑い、明るく元気な少女であった。しかし、その裏に恐ろしいほどの暗闇が広がっていることをルベリアは確信していた。


(ティア、一体あなたに何があったの?)


 ルベリアの心の中には、翼と尾を切り取られて体色もわからないほどずたずたに引き裂かれていたティアの姿があった。


***


 それからしばらくして、すっかりルベリアの調子が戻るとティアはますますルベリアに懐くようになった。


「ねえリーベ、またぎゅーってして!」


 ティアはよくルベリアに抱きついてきた。


「いいわよ」

「はぁ、幸せ。リーベはあったかいし、いい匂いがする」


 ルベリアはティアを抱き寄せる。

 

「あのねえ、ボク、リーベが大好きなんだ」

「ふふ、私もよ」


 オレンジ色の髪を撫でながらルベリアは答える。見た目よりも幼いティアの行動に、ルベリアはティアの年齢を図りかねていた。


(あれだけすごく小さかったのだもの。子供で迷子になってということなのかしら……?)


 まるで幼い子供が母親に甘えるようにティアはルベリアに縋り付いていた。そんなティアがルベリアは愛おしかった。しばらく頭を撫でていると、ティアがルベリアをじっと見た。


「うーん、何だろう、ちょっと違うんだなー……?」


 ティアはルベリアから離れると、難しい顔をした。


「違うって、何が?」

「その、好きって意味。うーん、リーベの言う好きとボクの好きはちょっと違う、何て言えばいいのかな……?」


 ティアが考え込んでしまったので、ルベリアは思うままに言った。


「好きとは、慈愛のことではないの?」

「そんなんじゃないよ」


 神の教えである慈愛を「そんなの」と言われ、ルベリアは少しむっとした。


「何て言うのか……そうだ! お嫁さんだ!」


 ティアは昇ってきたばかりの太陽のように顔を輝かせる。


「ねえリーベ、ボクのお嫁さんになってよ!!」


 急に愛の告白をされて、ルベリアは困惑した。


「ええ、でも、私、あなたのことをよく知らないし……」


 ルベリアは曖昧に返事をしながら、この状況をどうすればいいのか考えた。まず愛があるない以前に、ティアは竜であった。竜と人との婚姻は聞いたことがない。そしてティアは少女である。女同士の恋愛に関して、話は聞いたことがあったがルベリアは実感が湧かなかった。更にルベリアは聖女であった。聖女として過ごしてきたルベリアは誰かひとりを愛するように考えたことが一度もなかった。


「でも、ボクはずっとリーベを見ていたよ」


 ティアはルベリアを真っ直ぐに見つめる。


「もう死ぬだけのボクを拾って、自分の時間や魔力を削ってボクの面倒をみてくれて、ボクのことをずっと優しく抱いてくれた。リーベはそんな優しい人なんだよ」


 真剣に迫られて、ルベリアは少し居心地が悪くなった。


「で、でも私は聖女だからあなたを助けたのだと、思うの……」

「そんなことない! リーベは、とても優しい。勇気がある。思いやりとすごい魔力がある。そして何よりね」


 ティアはルベリアの頬に手を伸ばす。


「リーベはあったかいんだ。リーベもお日様みたいだよ」

 

『まるで聖女様は朝日のようなお方だ』


 そう言われて育ってきたのを思い出して、ルベリアの胸の奥がずきんと痛んだ。


「そんな、私は、そんな立派な人じゃないのに……ただ言われたことを、言われたままやってきただけなのに……」


 ぽろぽろと涙を流し始めたルベリアにティアは慌てた。ティアは慌ててルベリアを慰め、ルベリアが泣き止むまでにしばらくかかった。そのため、「お嫁さんになってよ」という問いにルベリアは答えないままになっていた。

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