《第4章 竜の里》
第1話 竜の少女
冷たい地面の感触でルベリアは目を覚ました。
(ここは、どこ……私は、私は、竜に食べられて……?)
竜の口の中に入れられたところまで、ルベリアはしっかりと覚えていた。しかし、それより先の記憶が曖昧であった。
「あ……うぅっ!」
意識が戻るにつれて、苦痛が全身を覆い始めた。身体に大きく焼き付けられた7つの焼印はもちろん、晒し刑の際にきつく戒められた跡がところどころ血を滲ませて全身を覆っていた。更に数日にわたり魔封じの鎖の影響を受けていたことで魔力も体力も底を尽き、ルベリアは身動きも出来ないほどの痛みで再び気を失いそうになった。
それに加えて、ルベリアの心にも深い傷が残った。言いがかりのような冤罪で国を追放され、更に晒し刑で心ない言葉をたくさん浴び、人として扱われないよう焼印を施された屈辱は耐えがたいものであった。
(全てが夢なら、よかったのに……)
全身をむしばむ漠然とした苦痛の中、ルベリアが辺りを探ると甲高い少女の声が聞こえてきた。
「ルベリア、気がついた!?」
その声に聞き覚えはなく、ルベリアはまだ夢を見ているのかと思った。そしてそばに誰かがいることに驚愕した。
「だれ……?」
声に応えようと瞳を開けると、ルベリアの目の前に見たことのない少女が現れた。
少女は12歳くらいの年頃で長いオレンジ色の髪を垂らし、紫色の瞳でルベリアを覗き込んでいた。その肩には見覚えのある紫色のスカーフがあり、ルベリアは目を疑った。
「あなた、は……」
少女は傷ついたルベリアを抱き起こす。
「よかった、生きてる!」
ルベリアは少女の顔を覗き込み、思いつきを言葉にする。
「ティア、なの……?」
少女は満面の笑みで頷いた。それだけでルベリアは傷の痛みを忘れ、少女に手を伸ばす。
「ティア、よかった……無事だったのね、本当によかった……」
少女――ティアはルベリアの手を握る。
「ルベリア、まずはキミを安全なところに運ばなくちゃ。積もる話は後でね」
ティアと再会できた喜びでルベリアは胸が一杯になった。
「でも私、竜に食べられて……?」
「ごめんねルベリア。怖かったでしょ、でももう大丈夫だからね」
ルベリアは、ティアの後ろにもう1人女性が立っていることに気がついた。
「よかった、命に別状はなさそうですね」
女性はルベリアに1枚の白い服を差し出した。ルベリアは未だに裸であったことに気がつき、赤面する。未だに魔封じの手錠は手に絡みついたままであったのでルベリアはティアに服を肩からかけてもらう。それは軽かったが、とても温かい服だった。
「申し遅れました、私は西竜のアルコーの里、里長代理のコキというものです」
西竜のコキと名乗った女性は真っ青な髪の色に深い緑色の瞳をしていた。それは先ほどルベリアの前に姿を現した巨大な竜と同じ色であった。
「まずは貴女様を助けるためとはいえ、乱暴を働いたことをお詫び申し上げます。そして、同胞を救っていただいたことをまずは感謝致します」
コキはティアの頭に手を置く。
「この子から大体の話を聞きました。嬉しそうに何度も貴女の話をして、どうしても貴女のことを助けなければならないと言うのです」
ルベリアは何となく状況を理解することが出来た。このコキという竜が先ほど自分を食らう振りをして生贄の祭壇から助けてくれたらしい。
「でも、人間の姿に……?」
「本来竜は魔力の塊の生物なので、皆が変化の術を操れます。人間と話す際、私たちは大抵人間の姿に変わるものです」
「そうなんですか……?」
ルベリアは少女の姿をしているティアを見つめる。
「あ、本当にボクが竜なのかって気になってるの?」
ティアは言うが早いか、竜の姿に戻る。それはルベリアにとって馴染みの深い、オレンジ色の体色に紫色の翼と瞳を持った竜であった。
「ティア、あれから少し大きくなったんじゃない?」
「ふふふ、ルベリアの加護のおかげだよ!」
ルベリアと別れた際は猫ほどの大きさしかなかったが、ティアは数日の間に大きな犬ほどにまで成長していた。
「もうすぐルベリアを乗せて空だって飛べるんだから!」
竜の姿になっても、ティアの声は可愛らしい少女のままであった。
「さて……いつまでもここに留まるわけにも行きません。死んだことになっている貴女様を人間の街へ送り届けると、不要なトラブルを招くでしょう。できれば我々と来ていただきたいのですが、よろしいですか?」
ルベリアは頷く他なかった。そして人間の世界を追放されたことを再度実感し、火傷の傷が痛むようだった。
「大丈夫ルベリア? 無理しないでね!」
ティアが心配そうにルベリアを覗き込む。
「私は大丈夫よ。それより、これからどこへ行くの?」
「一度、私たちと西竜の里へ来てください。そこで貴女の傷を癒やして、それから後のことは考えましょう……少々お待ちください」
コキはルベリアの前から下がると、竜の姿に戻った。ルベリアは先ほどコキに咥えられた時のことを思い出し、
「今度はしっかり抱えて飛びますので安心してください、それじゃあ行きますよ」
コキはルベリアをしっかりと前肢で抱え込むと、翼をはためかせる。
「あ、私飛んでるんだ……」
コキが大地から飛び立つと、ルベリアは思わずそう漏らした。幼い頃は鳥のように空を飛べたらなど思ったこともあったが、実際に空を飛んでみると強い風で辺りの様子などよく見渡すことができなかった。
コキの後ろにはティアが寄り添うように飛んでいた。ティアを拾ったときのことを思い出し、ルベリアは何かが報われたような気分になっていった。
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