第3話 生贄の儀式

 ルベリアを戒めた荷馬車は開けた場所へ着き、ようやく止まった。目の前には竜への生贄のための祭壇があった。生贄の儀式を行うために先にやってきていた司祭たちがしばらく使われていなかった祭壇を清め、竜の召喚の儀式の準備を進めていた。


「着いたぞ」


 執行人が荷台に上がり、ルベリアの戒めを解き始めた。全身を覆う魔封じの鎖と口枷が、まずルベリアからはずされた。ルベリアはその場に倒れ込みたかったが、手錠と上半身の鎖はそのままで磔台からは降ろされなかった。


「聖女様、このようなことになってしまって……」


 ルベリアの元へ普段から顔を合わせている司祭がやってきた。彼の目は真っ赤に腫れ上がり、ルベリアの運命をずっと嘆いているようだった。


「聖女ではない、この女は魔女だ」


 そこへ刑の執行を見届けるために、荷馬車の後ろからずっとルベリアを見ていたレムレスが馬車から降りてきた。レムレスは肩で息をしているルベリアの顎を掴み、顔を上げさせた。


「いいザマだ。少しは己の罪を悔いたか?」


 レムレスにだけは弱音を吐きたくないルベリアは、レムレスを睨み付けた。


「今なら命だけは助けてやることもできる。どうだ、全ての罪を認めて国民の前で懺悔をすれば聖女の剥奪くらいで許してやるぞ」


 ルベリアは実際に祭壇を目の当たりにして、一瞬命乞いをすることを考えた。


「そうだな、あれだけ大々的に聖女の処刑を宣伝してしまったからな。このまま無事に返すわけにもいかないだろう。城の地下牢で少々不自由な暮らしをするかもしれないが、静かに神への祈りを捧げるにはちょうどいいだろう」


 しかし、ルベリアはレムレスがただ聖女を地下牢に閉じ込めるだけで満足するとはどうしても思えなかった。これまでの振る舞いから考えれば、もっとろくでもない条件を押しつけてくるに違いないとルベリアは考えた。


「私は……潔白です。罪のない女性を処刑する貴方に神はお怒りになるでしょう」


 これから殺されることは怖かったが、この男に屈服した後の屈辱は計り知れないものだとルベリアは悟った。全身の虚脱感と痛みに堪え、精一杯の強がりをルベリアは並べる。


「まだ聖女ごっこを続けているのか? これから死ぬんだぞ?」

「死ぬから何だと言うのですか! 貴方のものになるくらいなら、死んだ方がマシです!!」


 弱り切っているはずのルベリアの強い拒絶に、レムレスは顔をしかめた。 


「民衆の声を聞いて少しは利口になったかと思ったら、相変わらずの頑固な女だ」


 レムレスはおぞましいものを見る目でルベリアを蔑む。


「はやくこの女を祭壇に縛り上げろ」


 レムレスの命により、執行人の手によりルベリアは手錠以外の拘束を解かれて荷台から降ろされた。魔封じの鎖の影響で立てないほど消耗していたルベリアはその場に座り込んだが、執行人たちによって引きずられるように祭壇の前へ連行された。


「これより、竜の生贄の儀式を執り行う」


 祭壇には先に到着していたセイサムが、竜の召喚の儀式の準備と並行してルベリアを生贄に捧げる儀式を始めた。


「彼の者、ルベリア・ルナールを生贄とここに定める。故に彼の者を今から供物とする」


 セイサムの合図でルベリアの豊かな髪を執行人が乱暴に掴んだ。髪を引っ張られたルベリアが悲鳴を上げるより前に、肩の上から大きく鋏が入れられた。続いて粗末な衣服を執行人が鋏で切り裂き始めた。


「い、いや……」


 冷たい鋏の感触にぞくぞくとおぞましさを感じつつ、一連の狼藉に抵抗する体力も気力もないルベリアはあっという間にばっさりと髪を切られ、素肌を太陽の下に晒すことになった。悲嘆と羞恥に浸る間もなく、ルベリアは目の前に置かれたものを見て真っ青になった。


「彼の者は人にあらず。二度と人と交わることのないよう、供物の印を施す」

「だ、だめえええ!!」


 ルベリアの前に置かれたのは、火鉢に入った大きな焼きごてであった。ルベリアは祭壇にうつ伏せに押さえつけられた。執行人が焼きごてを持ち上げ、ルベリアに迫る気配がした。


「いや、いや!!」


 ルベリアは肌を焼かれる恐怖で混乱した。身をすくめ、何とか執行人から逃れようとしたが屈強な執行人は2人がかりでしっかりとルベリアを押さえ込む。


「背と尻、あと胸と腹と腿だ。教会の地下で長く埃を被っていたが、久しぶりの出番だ」


 執行人たちは、抵抗するルベリアを強く押さえつける。


「どうした、怖いか? 供物のくせに、偉そうに。やれ」


 セイサムの合図で、執行人がその鎖の跡が生々しく残る白い肌に遠慮無く焼きごてを押しつける。


「きゃああああああああ!」


 背中の焼印が一番大きかった。『供物』と書かれた3種類の大きさの焼印はそれからルベリアの細い腰と両腿にそれぞれ押しつけられた。悲鳴を上げることしかできなくなったルベリアは、されるがままに仰向けにされる。


「あ、い、いや……ああああああ!」


 そして両の乳房と腹の真ん中にも焼印が施された。合計で7つの大きな焼印を押されたルベリアの身体からは肉の焦げる悪臭が立ちこめた。赤黒く傷つけられたルベリアの身体はひどく醜くなり、肉を焼かれた痛みに悲鳴をあげる彼女に過去の聖女としての面影はどこにもなかった。


「ああ、ひどい、なんて、なんてことを……」


 はらはらと涙を流すルベリアはこの時点で人間ではなく、竜に食われるだけの食料に成り下がった。執行人たちは黙々とルベリアを竜の供物にする準備を始めた。


「ぐぅっ!」


 ルベリアに今度は縄がかけられる。今度は動きを戒めるものではなく、祭壇の中央に吊すために巻き付けられたものだった。


「いや、あ、ああああああ!」


 火傷の跡に乱暴に縄を巻かれ、ルベリアは絶叫した。執行人の顔は覆面で覆われ、その表情は全く見えなかった。


(ああ、今から私、殺されるんだ……)


 ルベリアの全身をいよいよ死への恐怖が覆った。それと同時に、衣服を奪われ焼印を入れられて人間の世界から追放された自分がひどく情けなくなった。


(なんて短い人生だったんでしょう……)


 ルベリアは荷物のように縄でまとめ上げられた。両脚は暴れないように足首と膝と太股に厳重に縄が巻き付けられた。更に動きを封じるように二の腕にも縄がかけられ、ルベリアは激痛に呻き声をあげた。後ろ手に拘束されていた腕は更に縄がかけられ、魔封じの手錠の間には長い鎖が回された。


「ああ、ああ、ああ……」


 弱々しく呻くことしかできないルベリアは祭壇の中央へ引き立てられた。手錠に回された鎖を引かれ、立ち上がることのできないルベリアは祭壇の上を物のように引きずられた。火傷の跡を荒々しく引きずり回され、痛みに耐えながらルベリアは心底自分の無力を嘆いた。

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