第2話 晒し刑

 生贄刑に加えて晒し刑が追加されたルベリアを運ぶ荷馬車は、民衆の視線を浴びながら市街を進んでいった。


「く、うう!」


 揺れる荷馬車の上で、魔封じの鎖が更にルベリアに食い込んだ。痛みに悲鳴をあげそうになるが、その自由すらルベリアは奪われていた。ルベリアは口の中の布を噛み締め、必死に痛みに耐えた。


(くじけちゃダメ、だって私は、聖女なんだから……)


 何度もルベリアは心の中で神に祈った。魔封じの鎖の影響で今にも倒れそうなほど消耗していたが、せめて前だけでも見つめなければとルベリアは気力で眼前を見続ける。


(神よ、どうか、私の御霊を慰めてください……)


 荷馬車はゆっくりと大通りを通り、その両脇に群がる民衆の中を進んだ。


「聖女を騙っていた魔女め!」

「許せねえ!」


 ルベリアの耳に届いたのは、大勢の人々の憎悪の声だった。それはルベリアの想像以上に恐ろしいものであった。


「竜を生かすなんて、考えられない!」

「うちの子に何かあったらどうするの!!」


(そんな、ティアは悪いことなんか絶対しないのに……どうして皆、ティアを殺そうとするの?)


 ルベリアの中にも竜は凶兆であるという印象はあった。しかし、傷ついたティアを見てしまった以上それがどうしても誤りであるとしか思えなかった。


(ティアも民も、どうすれば幸せに暮らせるのかしら……)


「聖女サマなんてどうせいい暮らししていたんだろう」

「随分お高くとまっていたじゃない、いい気味よ」


 竜を生かしたという事項を抜いて、ルベリアが聖女であることそのものを憎悪していた声も聞こえてきた。


「どうせ心の中では私たちを見下しているに決まってるよ」

「神に祈ってりゃいいんだから、いいご身分だったよな」


(ああ、民と隔てられて暮らしていた私には民の本当の声が聞こえていなかったのね……)


 ルベリアも質素な暮らしを心がけていると思っていた。それでも国教会の象徴として大切に育てられてきた。明日をもしれぬ暮らしをしている民としては聖女というだけで面白くない感情を抱かれてもおかしくないと、聖女として至らなかったことをルベリアは激しく後悔した。


「へっ、さすがの聖女サマでもこうなればただの女だな」

「どうせ殺すなら一発ヤらせてくれてもいいのに」


 下衆な言葉も浴びせられ、ルベリアは己の身を切り裂かれたような気分になった。その度に、実際に切り裂かれていたようなティアの身体を思い出した。


(でも、ティアは、ティアは……きっと、もっとずっと苦しかったはず。あの子の痛みに寄り添っていたようで、きっと私はまだまだあの子の苦しみを理解できていなかったのね……)


 ルベリアは民衆の言葉に殴られ続けながら、必死でティアのことを考えた。


(ティア、今は一体どこにいるの? 寒くはないかしら、痛いことはないかしら、仲間のところまで無事に辿り着けたかしら?)


 ルベリアの脳裏にティアの鮮やかなオレンジ色の体色が思い出された。これから死にに行くというのに、不思議と自分のことはあまり思い出さなかった。聖女としての日々よりも、か弱く命の煌めきを放っていたティアのことばかり考えてしまう。


(ティアには精一杯の加護を与えたから、きっと無事でいるはず。私の分まで、あの子には精一杯生きてもらわないと)


「なんてお労しい姿に……」

「まだ18歳でいらっしゃるのに……」


 心ない声の中から、既にルベリアを悼む声も聞こえてきた。その声が余計これから死ぬ運命であることを思い起こさせ、ルベリアの中の恐怖心が増幅する。


(いけない、私、ロメール国教会のルベリアよ! こんなことで、逃げたいなんて思ってはいけない。死すべき運命から逃げ出さないことこそ、今の私が精一杯できる民への奉仕。私の命で、民の不安が消せるなら私は死すら厭わない!)


 それでも、これから死ぬという事実がルベリアの感情を支配していく。


(ティア、あなたが無事なら私はこの命が尽きても構わないの、きっと。ねえティア、そうでしょう? あなたが無事なら……)


 ごとごとと揺れる荷馬車の上で、ルベリアはティアを想い、そして苦痛と屈辱に耐え続けた。その目からはとうとうと涙が流れ落ちていたが、彼女は涙を拭うことも叶わなかった。


***


 午前中いっぱいの晒し刑を終え、日が昇りきってからルベリアを戒めた荷馬車は街を出ると山道を登り始めた。民衆からの視線と言葉がなくなり、ルベリアの気分は少し軽くなった。


「う、うう!」


 しかし、舗装されていない山道で荷馬車が激しく揺れる度にルベリアを縛り付ける魔封じの鎖が幾度となく肌に食い込みルベリアを苛んだ。早朝から長時間不自由な体勢で拘束されているルベリアは、聖女としての誇りを全て忘れて許しを乞いたくなった。


(全身の感覚がなくなっていく……いつまでこの責めは続くのかしら……)


 ルベリアは屈辱と痛みで気が遠くなりそうになっていたが、口の中の布を必死で噛み締めて意識を保っていた。


 荷馬車はようやく山道を登りきると、しばらく寂しい道を進み始めた。いよいよ眼前に死が迫ってきたことでルベリアの身は固くなり、全身が氷のように冷たくなるようだった。


(大丈夫、きっと大丈夫。神様のご加護があるわ、だから大丈夫……)


 薄暗い山道を運ばれながら、ルベリアは次第に近づく死への恐怖と必死に戦っていた。

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