《第3章 聖女の祭壇》

第1話 執行当日

 刑の執行当日の早朝、地下牢へやってきたのは聖騎士ではなく、顔を隠した死刑執行人たちであった。死刑執行人によって鎖に繋がれて引き立てられたルベリアは、地上へ出て目を見開いた。


「一体これはどういうことなの……?」


 目の前には黒山の人だかりができていた。裁判で判決を聞いていた者の他にレムレスが「聖女が処刑される」という宣伝を率先して行っていたため、哀れな聖女を一目見ようとたくさんの民衆が押しかけていた。その光景に物怖じしたルベリアを執行人は鎖を引いて強くせき立てた。


「あれが聖女様なの!?」

「信じられない、あの聖女様が!?」


 驚きの声をあげる民衆の中をルベリアは罪人の服を着て歩かされた。


(違う、私は、私は、ただティアを、ティアを……)


 街の中央広場には死刑を執行する際の祭壇があった。通常であればそこに絞首台があったが、生贄刑のルベリアを吊す台は置かれていなかった。その代わり、セイサムを初めとした国教会の司祭たちと聖騎士たちが待ち構えていた。


「ルベリア・ルナール。第59代聖女としてロメール国教会に尽くしたとされるが、その実態は国家を危険に陥れる狡猾な魔女である」


 国民の前に引き出されたルベリアに、セイサムが淡々と罪状を読み上げる。


「この者は竜を匿い、治療を施してロメール国に災いをもたらすことを試みた」

「違います、私は……むぐっ!」


 ルベリアが反論する前に、執行人によって口に布が詰められその上から更に布が巻き付けられた。声を出す自由を奪われ、ルベリアはセイサムを睨み付けることしかできなくなった。


「お静かに願います、舌を噛んでここで死なれては刑の意味がありませんから」


 セイサムは声を封じられたルベリアをしばらく眺めてから、罪状の続きを読み上げる。


「凶兆の証を滅ぼすどころか積極的に国家の破滅を願い、また被告は務めである聖女としてあるまじき行為に及んだとしか言いようのない愚かしい言動を繰り返した。これはロメール国教会として神への侮辱と判断する」


 セイサムの声は民衆の間に響き、その度に民衆から嘆きの声があがった。


「国家反逆罪、そしてロメール国教会への反逆。言い逃れの出来ない愚かしい女への判決は生贄刑、大好きな竜の糧になることこそ相応しいとロメール国教会は判断する」


 罪状を全て読み上げたセイサムは再度ルベリアを眺め、それから大声で宣言する。


「そして、この女の仕出かしたことを広く世に広め、このような愚かしいことが二度と起こらぬよう国教会では協議の末、生贄の祭壇へ向かう前にこの街の大通りを全て巡ることを決めた」


 ルベリアの眼前に引き出されてきたのは囚人の護送用の馬車ではなく、荷馬車であった。荷台の中央には囚人を拘束するための太い棒が設置され、これからのルベリアの運命を物語っていた。


「残念なことに、ロメール国教会の輝かしい聖女は永遠に失われた。これは晒し刑であり、我々のための聖女を殺した哀れな女への処罰である」


 晒し刑が実際に行われると聞いて、民衆はどよめいた。罪人を引き回して見世物にした後、その罪人は広場で公開処刑されることが多かった。それだけ晒し刑は罪の重い者に対する罰だとされていた。


「なんていうことだ!」

「本当に聖女様が晒し者なんて!」


 ルベリアは民衆の悲鳴を聞きながら、先日のレムレスの言葉を思い出していた。


(どこまでも私を屈服させたいようね……)


 執行人の手により、ルベリアは靴を脱がされて荷台の上へ引き立てられた。一度魔封じの手錠がはずされたが、棒に腕を回され再度後ろ手で合掌させられる形で手錠をかけられた。そして高く手錠を引き上げられ、つま先が僅かに荷台の床に触れるか触れないかというところまでルベリアは背伸びをさせられる形となった。


「ぐっ!」


 無理な姿勢を強いられ、ルベリアは呻いた。そこへ更に上半身を覆うように魔封じの鎖でルベリアは棒に縛り付けられた。半ば宙に浮くような形で拘束され、これでルベリアは全く逃れることができなくなった。


「この女は魔女故、うろんな術を使うかもしれない。そこで特別措置を講じる」


 司祭長の命令で、荷台に固定されたルベリアに更に幾重にも魔封じの鎖が掛けられた。魔封じは単体では力を抑える程度のものでしかなかったが、何重にもかけられると対象の魔力を奪うものになる。


(く、力が……入らない……)


 自身の魔力と体力を鎖にじわじわと削られながら、ルベリアは荷台の上でがんじがらめに拘束された。首から下を全て覆うように容赦なく締められた鎖はその魔封じの効果に加えてルベリアの肌に強く食い込み、更に苦痛を与えた。


「う、うう……」


 身じろぎをすることも封じられ、ルベリアは荷台に完全に戒められた。これでルベリアの身の自由はわずかに動く首と瞼のみとなった。


『この者、竜を庇い国を滅ぼさんとする魔女なり』


 首からそう書かれた札が掛けられ、執行人たちは荷台から降りた。民衆の視線が、ルベリアに一気に集中する。まるで火に掛けられているようだとそれだけでルベリアは苦しくなった。


「それではこれより、魔女ルベリア・ルナールの晒し刑を実施する」


 セイサムの合図で、荷馬車はゆっくりと走り始めた。午前中いっぱい、ルベリアは国中を引き立てられる。


(神よ、どうか哀れな魂をお導きください……!)


 ルベリアの脳裏には神への祈りの外に、オレンジ色の竜の姿が浮かんでいた。ティアのことを考えれば、ルベリアは何でも耐えられる気がした。

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