第5話 生贄刑
皇太子レムレスによってルベリアに求刑された生贄刑という聞き慣れない言葉に、聴衆の間から僅かにざわめきが起こった。
「生贄刑、だと?」
「一体それは何だ?」
レムレスは聴衆に向かって語りかける。
「生贄刑は、主に身分の高い若い女を対象に数百年前まで実際に行われていた刑罰だ。竜の腹の中で反省してもらうという非常に原始的だが、刑罰としてはこれほどないものになっている」
その説明に聴衆からは悲鳴があがった。
「聖女様を竜に食べさせるだと!?」
「そんな惨いことがあってたまるか!!」
聴衆の怒号を前に、レムレスは怯まず演説を続ける。
「まあまあ、落ち着いて聞いてほしい。この魔女が仕出かしたことを思い出してくれ、竜を生かしたのだぞ?」
レムレスは聴衆のひとりを指さした。
「例えば今日の夜にでも、この魔女が手懐けた竜があなたの家の家族を飲み込みにやってくるかもしれない。力を蓄えて、女をさらうかもしれない。仲間を連れて、この国を滅ぼしに来るかもしれない」
レムレスが煽り、聴衆の間に少しずつ不安が広がった。これにルベリアは黙っていられなかった。
「そんな、ティアはそんなことしないわ!」
「ティア、だと? 竜なんぞに名前をつけて可愛がっていたのか」
レムレスはルベリアを鼻で笑った。
「それでは聖女様に尋ねよう、そのご自慢の竜がそんなことをしない保証がどこにある?」
「それは……」
レムレスと聴衆を前に、ルベリアは言い淀んだ。
「逆に、数百年前だが生贄刑という資料で確実に竜が人を食らう記録が残されている」
レムレスは竜が人を食べるという事実を全面に持ち出した。
「凶兆として忌避したのも不吉と恐れたのも、それもこれも我々が竜に打ち勝つために試行錯誤を続けてきた結果だ。昨今は祖先の対策が功を奏して竜の被害はなくなった。そもそも何故竜が凶兆の証なのか、聖女様ならもちろんご存じですよね?」
レムレスは勝ち誇った顔でルベリアに返答を求めた。
「それは……竜は人を食らい、人心を惑わす術を使うから、です……」
ルベリアは歯がみして答えることになった。「竜が人を食らう」という記録があったという事実を今ここでルベリアが否定できない限り、状況が覆ることはなさそうだった。
「決まりだな。貴様の罪は凶兆を生かし、民を不安に陥れた。聖女としても国民としても万死に値する最低の行為だ」
「しかし、あの竜の子は傷ついていた! 誰かが不当に、あの子を傷つけたのよ!」
ルベリアは必死にティアの様子を伝えようとした。
「その人物は凶兆を滅しようとした英雄なのではないか?」
「いいえ、いたずらに命を粗末にする者など英雄ではありません!」
「それなら君は今、竜を助けようとした戯れに多くの民を不安に陥れていることになるがどうかね? 民を不安に落とすことが聖女の振る舞いなのか?」
聴衆からの視線が一斉にルベリアに突き刺さる。ルベリアは遂にレムレスに言い返すことができなくなった。ルベリアが被告席で唇を噛み締めていると、レムレスは再びセイサムに向き直った。
「裁判長、この者の罪は明白だ。私は彼女が捕らえられたと聞いて何かの間違いではと強く思った。しかし、話を聞いてみれば呆れたことに罪状を認めた上に自身の仕出かしたことへの後悔が全くない。これは先ほどの国教会の判断の通り、更生の余地のない、生かしておくことも許しがたい状況だ」
レムレスはセイサムだけでなく、聴衆全てに聞こえるようにルベリアを処刑しなければならない理由を説明する。
「今後この女に感化されて竜を可愛がろうなんていう国民が増えれば国は混乱に陥ることは間違いない。故に、竜に心を奪われた者の末路を国民に示す必要があるとロメール国家当主として私は判断する。公平な裁きをお願いしたい」
レムレスはセイサムに一礼をする。セイサムは間髪入れずに大聖堂に響く声で判決を。
「ロメール国教会は殿下の求刑通り、被告人、ルベリア・ルナールを生贄刑に処すことを決定する。執行は明日後の正午、生贄刑の資料に基づいて行われるものとする」
すぐにレムレスの求刑通りの判決を出したセイサムを、ルベリアは睨み付けた。
「なんだその顔は、神を冒涜する魔女め。この者をはやく牢へ連行しろ」
ルベリアは聖騎士により被告人席から立たされると、魔封じの鎖を引かれて大聖堂を歩かされた。
「あの聖女様が、本当にそんなことを……?」
「今まで私たちを騙していたのかしら?」
「竜が可哀想なんて、頭がどうかしてしまったのよ」
「聖女様に限ってそんなことがあるものか!」
「でも実際に死刑になったんだよ!」
聴衆の声がルベリアに突き刺さる。次々と聞こえてくる混乱と恐怖の真ん中に自分がいることにルベリアは耐えられなかった。その事実を否定したくても、発端である竜を拾ったのは間違いのないことであり、そのティアとの輝かしい日々をルベリアは否定したくなかった。
ルベリアに続いて、レムレスが飄々と大聖堂を後にした。残された聴衆はこれからの国教会の在り方が変わることに不安を持っているようだった。
「聖女の後任は戴冠式までに選定される。ロメール国教会は存続するので安心してほしい。それではこれにて閉廷とする」
聖女が消えた大聖堂にセイサムの声が響く。聴衆の不安はそれでも簡単に拭うことはできそうになかった。
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