第4話 弁護人
凶兆である竜を癒やしたことで、聖女であるルベリアに追放処分という重い罰が下った。
「聖女様を追放なんて!」
「でも、あの女は竜を庇ったんだ!」
「しかし、あまりにも可哀想よ!!」
大聖堂の混乱を破ったのは、正面の扉が開く音だった。
「その裁判、ちょっと待ってくれないかな」
開いた扉から大聖堂の中に入ってきたのは、皇太子レムレス・ロメールであった。
「いくら何でもこの国に尽くしている聖女様を追い出すなんて、そんな薄情なことはできないじゃないか。仮にもロメール国の代表として、国教会の独断でこのような馬鹿げた判決を下すことには断固抗議したいね」
身廊をゆっくりと歩きながら、レムレスは聴衆に向かって語る。
「しかし殿下、判決は下りました。今更これ以上何の裁きがあるというのですか?」
セイサムは裁判長席から困惑した声をあげる。
「そもそも、我が国はロメール国教会の前身であるロメール教会の教えに賛同するロメールの民が中心となって建国された。つまり我らの声はロメールの声、神の声は民の声なのだよ」
レムレスはロメール国教会の歴史を語り出した。
「その中で聖女とはロメール教会内で最も力のある女性として、そして最も徳の高い者として神の声を届け民を導いてきた。教会が正式に国教会になるときに象徴の位についてもらったのが初代の聖女で、それは現在も続いている」
レムレスの通る声が大聖堂内に響き渡る。聴衆はレムレスの声に耳を傾けていた。
「同時に国を治める責任者として教皇が設置されたが、教皇はわずか12代で廃されてしまった。その後は国を治める者は皇帝、国教会の象徴は聖女として役割を分担してきたわけだ」
身廊を歩いてきたレムレスは、裁判長席のセイサムに詰め寄った。
「つまり、聖女様を追い出すということはロメール国教会の在り方そのものを変えてしまうということだ。それに、今この女を追い出して国教会はどうにかなるのかい?」
レムレスは国教会の在り方に話を変える。
「代わりの聖女は? まだ聖女も交代したばかりで次代聖女の選定にすら至っていないじゃないか。それに戴冠式で祝福を授ける役目がいなくなると困るんだよ。もう日程は決まっているんだ、そんな竜の世話をしたくらいで彼女が抜けたら困るのは国教会でないのか?」
レムレスはルベリアを追放することのデメリットを並べ立てる。
「ここはどうだい、穏当に謹慎あたりで追放処分は撤回するということで」
裁判長席に寄りかかるように立つレムレスに、セイサムは困惑した様子で告げる。
「しかし殿下。この女は竜を生かしたばかりか怪我を治癒し、国内に放ったと申しています」
「そんなもの、聖騎士団がやっつけるよ。先日の一報を聞いてから、見つけ次第殺すよう捜索隊を結成してある。竜が我が国に存在するなんて、不吉で身震いがしそうだ」
ルベリアは聖騎士たちによって殺されるティアを想像し、いてもたってもいられなくなった。
「なんてことをするのですか! これ以上罪のないものを傷つけるなんて!」
「被告人、許可のない発言は控えてもらおうか」
セイサムがルベリアを制するが、レムレスが先に被告人席に向かって歩き出した。
「まあいい、すっかり惨めな姿になってしまって。僕の知っている聖女様とは大違いだ」
「貴方に、私の何がわかるというのですか!?」
すっかり頭に血が上ったルベリアは思わずレムレスに怒鳴り返してしまった。
「わかるさ。第59代ロメール国教会聖女、ルベリア・ルナール。代々聖女を輩出している由緒正しいルナール家の生まれにして、3歳で次代聖女に任命。それから先代聖女に習い、15歳で先代の聖女が没したことで即位。以降民のために祈り続けてる、我が国の誉れ。ロメール国教会の光そのものだ」
ルベリアは読み上げられるようにレムレスから経歴を語られ、まるで丸裸にされたような気分になり怒りの持って行き場をなくしてしまった。
「ルベリア、この前の話は考えてくれたかい?」
「殿下、この前の話とは?」
セイサムが尋ねると、レムレスは被告人席のルベリアに近づいた。
「もうじき戴冠式だからね。この辺で僕の妃をしっかり決めておこうかと思ったところだ」
レムレスはルベリアの前に跪くと、大聖堂いっぱいに聞こえるよう声を張り上げる。
「ルベリア・ルナール。改めて君に皇妃になってもらいたい旨を告白する」
途端に大聖堂中に悲鳴が沸き起こった。
「心優しい君のことだ。いけないとわかっていても竜を放っておけなかったのだろう。その優しさを今度は竜ではなく、僕と民に向かって発揮してくれないか?」
ルベリアは逡巡した。もしここでレムレスの求婚を受け入れてしまえば、ティアとの思い出がなかったことにされてしまうような気がした。しかし、レムレスの要求を拒むことはこの場にいる者全てを敵に回すことも意味していた。
「どうだ? 追放処分か謹慎からの皇妃か、好きな方を選べ」
レムレスがそっとルベリアに囁いた。その声色にルベリアは寒気を覚えた。それは愛する者に対する労りではなく、弱い立場の者に対する脅迫そのものであった。それに気がついたルベリアは、考える間もなく叫んでいた。
「その申し出、はっきりお断りさせていただきます!」
「何だって!?」
「私は神に仕えるために生まれた身。私の身体を自由に出来るのは神のみです。それは皇太子と言えども覆らない定めでございます!」
後に引けなくなったルベリアは聖女として断る意をまくし立てる。しかし公衆の面前で女性に振られることになったレムレスは怒りを顕わにした。
「何が聖女だ! ふざけるなこの魔女め!」
大聖堂が水を打ったように静まりかえり、聴衆はレムレスの次の言葉を待った。長い沈黙の後、レムレスはセイサムに向き直った。
「裁判長。仮ではあるがロメール国家当主として、この魔女に生贄刑を求刑する」
ルベリアは目を見開いてレムレスを見た。レムレスはルベリアを見ていなかった。
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