第3話 国家反逆罪
皇太子であるレムレスから求婚を受けた翌日、ルベリアは裁判のために大聖堂へと引き立てられることになった。
「聖女様、申し訳ございませんがご容赦ください」
ルベリアの身柄を拘束するよう命じられた聖騎士はルベリアの手錠を後ろ手に付け替え、上半身に更なる魔封じの鎖を施した。このまま大勢の目がある大聖堂へ連行されると思うと、ルベリアは途端に心が凍り付くような不快感に襲われた。
「いえ、構いません」
胸中を見せたくないルベリアは平静を装って答えた。鎖を引かれて歩かされると更に不快感は押し寄せたが、口の中で神への祈りを捧げることで屈辱に必死で耐えた。
大聖堂には多くの聴衆が押し寄せていた。「あの聖女様が裁かれるらしい」という噂はあっという間に広がり、大聖堂の外にも多くの民衆が押し寄せていた。
「来たぞ、聖女様だ!」
「なんという姿に……!」
「一体聖女様が何をしたというの!!」
朝日のようと日頃から崇められている聖女ルベリアのみすぼらしい姿に、民衆は驚いているようだった。
(大丈夫、私は潔白よ)
少しでも民衆の不安を打ち消すよう、ルベリアはなるべく胸を張って大聖堂の身廊を歩いた。
(民にこれ以上の不安を与えてはダメ、少しでも私が潔白であることを示さないと)
主祭壇にはセイサムが裁判長としてルベリアを裁くために座っていた。
「これより、ルベリア・ルナールの裁判を開廷する」
セイサムの前まで歩まされたルベリアは被告人席として用意された椅子に座らされ、更にその上から鎖で拘束された。
「被告人、聖女ルベリア・ルナールは数か月にわかりロメール国教会を欺き、聖女という立場を逸脱したとして国家反逆罪に問われている」
聴衆から驚きの声が聞こえた。その反応に呼応するようにセイサムは続ける。
「被告人は数か月前に凶兆の証である竜を発見し、止めを刺すどころか拾い上げ、あろうことか育てて国内に放ったものと思われる」
聴衆のざわめきは悲鳴に変わった。
「聖女様が竜を育てただって!?」
「信じられない!!」
「何かの間違いに決まってる!!」
素直な聴衆の反応に、ルベリアは肩身が狭くなる思いだった。セイサムは裁判長席からルベリアを見下ろした。
「被告人、ルベリア・ルナール。以上の事実に相違はないか?」
ルベリアはなるべくしっかりとした声で自分の意見を話そうと心に決めた。
「はい、申し立ての通り私は竜を癒やし放しました」
すると大聖堂に更なる悲鳴が沸き起こった。構わずルベリアは続ける。
「しかし、彼の竜は大変弱っていて命が尽きるところでした。ロメール国教会の是は『全ての者に慈悲と友愛を』です。それは凶兆と言えど、覆ることはありません」
その声は聴衆のどよめきにかき消され、大聖堂内には響かなかった。
「静粛に!」
セイサムの大声が響き渡り、聴衆はしんとなった。
「聖女が凶兆を育てるなど、ロメール国教会創立以来の最悪な不祥事だ。被告人は自分の行いが民を不安に陥れることを理解していたか?」
「もちろん、私は竜が凶兆の証と言うことは知っています。しかし、全ての竜が等しく悪事を働くとは思えません。それは我々人間にも悪事を働く者もいれば、善良なる者がいるのと変わりありません」
ルベリアの言葉に再度聴衆がざわめき始めた。
「竜が人間と一緒だって?」
「一体聖女様は何を考えているんだ?」
セイサムは聴衆を落ち着かせ、裁判を進行させる。
「ここで、被告人が何を思って竜なんかを助けたのか証人に話を聞きたい。証人を入廷させよ」
聖騎士に従って入廷してきたのは、ティアを拾い上げたところに遭遇したルベリアの侍女であった。
「証人、この女が竜を拾った日のことを詳しく証言せよ」
侍女は証言台で震えてルベリアを見つめた。彼女は何ひとつ関与していないのに、まるで罪人のように怯えていることがルベリアは気の毒で仕方がなかった。
「はい……あの日、確かに聖女様は竜を拾いました。私は小さくてよくわかりませんでしたが、聖女様は竜と仰いました。そして竜に神の祝福をお授けになる、とも仰いました」
一段と大きなどよめきが起こった。
「証人! 何故そのような重大な事項を国教会に報告しなかったのだ!?」
セイサムの質問に侍女は怯えながら答える。
「申し訳ございません! 聖女様から、騒ぎにならないようこのことは内密にとお達しがございまして……申し訳ございません!」
証人席の侍女は震えながら涙を流し、被告人席のルベリアを見つめる。
「聖女様、申し訳ございません……申し訳ございません……」
ルベリアは侍女を責める気は全くなかった。彼女の発言に偽りはなく、そしてこのようなことに罪のない彼女を巻き込んでしまったことに対してルベリアは罪悪感に囚われていた。退廷させられる侍女を見送り、ルベリアは嘆息した。
「さて、証言により被告人は竜と知っていて幼体を育てたらしいということ、そしてそのことを内密にするよう指示をしたことが明らかになった。つまり、世間を騒がせることをしている自覚はあったということだな」
セイサムは証言を軽くまとめると、ルベリアに向き直った。
「最後に、被告人から何か言っておきたいことはあるか?」
ルベリアはこの時を待っていたと声を大きく声を張り上げる。
「皆さん、聞いてください。確かに竜は凶兆の証として私たちは蔑み、嫌ってきました。しかし、私が拾った竜はひどく傷つき命が尽きる寸前でした。私は聖女です。例え凶兆と言えども、私は傷ついたものを癒やす使命があります」
セイサムは不審な面持ちでルベリアに問いかける。
「その結果、民に不安を与えても構わないと申すか?」
「いえ、ですから内密に治癒を施したまでで」
「自分が何をしたのかわかっているのか!?」
「私はただ、神の御心に従ったまでです!」
「凶兆を生かすことを神が本当に望まれているというのか!?」
セイサムと議論をするうちに、ルベリアは聴衆の視線が痛く突き刺さっていることを感じていた。
「一体聖女様は何を仰っているのだ?」
「竜が放たれることがどれほど危険なのかわかっているのか?」
「まさか竜の毒気にやられているのでは」
ひそひそと聞こえる聴衆の声が、更にルベリアを追い詰める。
「何故、なぜ竜を悪者にするのですか? 可哀想な竜を助けたことが、それほどの罪に当たりますか?」
ルベリアは被告人席で歯がみする。伝えたいことを伝えようとしても、「竜は凶兆である」という前提が覆らない限り、ルベリアの本当に伝えようとしていることは人々に響かないことがよくわかった。それどころか、竜を擁護すればするほどルベリアへの心証が悪くなっていった。
「もうよい。被告人、聖女ルベリア・ルナールへの判決を言い渡す」
大聖堂に静寂が訪れた。セイサムは静まりかえった大聖堂に響く声で判決を述べた。
「本件を鑑みて、被告が過ちを反省をして更生することはあり得ないと国教会は判断する。過ちを再び犯さない保証がない者を本国へ置いておくことは民を再び不安に陥れることと想定する。よってルベリア・ルナールの聖女及びロメール国民としての資格を剥奪し、追放処分とする」
ルベリアの頭は真っ白になり、それとは反対に大聖堂には混乱の声が沸き起こった。
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