《第2章 冤罪の聖女》

第1話 囚われの聖女

 ルベリアは国教会院の地下にある牢に繋がれることになった。聖騎士たちは連行したルベリアを鉄格子の内側に入れ、地下牢に繋がる鉄製の扉を閉めた。手続きが完了次第、大聖堂で緊急の裁判が開かれる。裁判はおそらく明日以降になると告げられたが、窓のない地下牢にいてはルベリアが時の流れを知ることは難しそうだった。。


「寒い……」


 通路にひとつだけある小さなランプ以外の灯りはなく、冷たい床と壁に囲まれてルベリアは身を縮める。ここに来るまでに聖法衣と自身の服を取り上げられ、今は罪人として白い布に穴を開けただけの粗末な服を着せられていた。狭い牢の中には用を足すための器しかなく、ルベリアは途方に暮れていた。


「この手錠さえなければ……」


 ルベリアは魔封じの手錠を恨めしく見つめた。素質と訓練によって回復魔法やその他の奇跡を起こすことは誰にでもできた。魔封じの手錠は全ての魔力の使用と回復を遮断する効果があり、これは魔法を悪用する者と対抗するために開発されたものだった。魔力は休めば自然と回復していくが、魔封じの手錠を施されていてはどうにもならなかった。


 ルベリアは連続してティアに回復魔法を授けていたことで、日々魔力を消耗していた。更に最後にティアに施した加護の魔法により魔力はもちろん、体力も激しく消耗していた。しかし疲れ切った身体で冷たい床に横になる気にもなれず、ルベリアは牢の真ん中に座り込んでひたすら神に祈りを捧げた。


(神よ、どうか皆が幸せになれる道へお導きください……)


 ルベリアは自身の身の上より、今は飛び出していったティアのほうが心配であった。出来るだけの加護を与えたつもりであったが、それでも小さなティアに何かあったらどうしようと気が気でならなかった。


(ああティア、あなたは無事に仲間の元へ辿り着けたかしら……)


 ルベリアはティアのことを考えた。オレンジ色の体色は小さな太陽のようで、いつもルベリアの心を照らしていた。


 聖女の仕事は楽しい者ばかりではなかった。主に死に対する仕事はいつもルベリアに痛みを与えた。不慮の事故で恋人を亡くした者や子供が流れてしまった者、幼くして両親を亡くした子供などルベリアの想像の及ばない悲しみを持つ者たちへの面会は時に辛いとすら感じていた。過去に先代の聖女と病院の慰問へ行った際に、ルベリアは彼女に質問をしていた。


『神の御前に行くことを皆知っているのに、何故またお話をなさるのですか?』


 それは死に瀕した人々を勇気づける慰問であった。実のところはこれから死ぬ人々をルベリアが見たくないだけであったが、先代は慰問先に着く前に幼いルベリアを諭した。


『私たちが神の御前に旅立たれる人々に力をもらいに行くのです。彼らのような強い方々に会うことこそ、神の御心に触れる修行なのです』


 その時、ルベリアは先代の言葉の意味がまだよくわからなかった。しかし、その後様々な機会で死に瀕する人々や死に直面して悲しみに暮れる人々を見て、少しずつ先代の言葉の意味を噛み締めていった。


(悲しみの中にいる人、傷ついた人ほど強い者はないわ。彼らの苦難を喜びに変えて祝福を与えることが私たち聖女の仕事。そうお婆様は仰りたかったのよね)


 もし先代の聖女が傷ついたティアを目前にしたら、やはり同じようなことをしていたとルベリアは確信している。例え凶兆としても命あるものを無下にすることは神の教えに反していて、今の自分への待遇は何かの間違いであるとルベリアは信じていた。


 裁判に関する余計なことを考えぬよう必死で祈り続けていると、重い鉄の扉が開く音がした。


「くれぐれもお気を付けて」

「何を気をつけるって言うんだ、相手はただの女だ」


 ランプを手に近づいてくる者の気配にルベリアは鉄格子の向こうを見つめた。


「これはこれは聖女様、こんなところで一体何をされているのですか?」

「レムレス殿下……このような場所に一体なんの御用ですか?」


 ルベリアはやってきた男――ロメール国の皇太子であるレムレス・ロメールの顔を凝視した。


「今朝方、君が国教会によって拘束されているという話を聞いてね。居ても立ってもいられなくなって駆けつけたのだよ」


 レムレスはランプの灯りで、鉄格子の中のルベリアを照らし出す。ルベリアは罪人の姿をレムレスの前に晒したくなかった。


「セイサムから話は聞いているが、おそらくこれは何かの間違いだ。美しく気高い君が忌まわしい竜などを介抱するなどあり得ない」


 レムレスは竜について一般論を言ったのだとルベリアは理解していたが、ティアを悪く言われて自分まで侮辱されている気分になった。


「お言葉ですがレムレス殿下。凶兆の証と言えども、竜も神の前に存在する命です。神の御前では全てが平等です。全ての者に慈愛と友愛をという国教会の教えをお忘れですか?」


 ルベリアに諭され、レムレスは鼻白んだようだった。


「まあその話は後でゆっくりしよう。それよりも、君に大切なことを伝えに来た」


 レムレスは声を潜めた。


「どうか僕の妃になってくれないか」


 突然のレムレスからの求婚に、ルベリアは頭が真っ白になった。


「……何故私のような者を妃にと考えるのですか?」

「それはもちろん、僕が君を愛しているからだ」


 レムレスはルベリアを真っ直ぐに見つめて告白した。ルベリアと同じ白金色の髪に氷のような薄青の瞳、そして皇太子という地位も含めて国中の女性の憧れであるレムレスから思いがけない言葉をかけられルベリアも心臓が高鳴った。

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