第4話 凶兆の証

 ルベリアがティアを拾ってから数か月が経っていた。ティアは大きな猫ほどの大きさになり、ついに部屋の中で飛び回ることができなくなっていた。名残は尽きなかったが、ルベリアは潮時と覚悟を決め、ティアを仲間の元へ返す決断をした。


「ティア、きっと利口なあなたならわかるでしょう。あなたはここでは暮らしていけない。どこか遠くの、仲間の元へ帰ることがあなたの幸せなのよ」


 ルベリアは人目につかないよう用心し、夜中にティアを聖法衣で覆って国教会院の屋上へ出た。昼は見晴らしがよく市街の様子がよく見えるが、今は家々の灯りもなく黒々とした風景が広がっていた。


「さあ、ここでお別れ。もう悪い人に掴まってはダメよ」


 ティアは名残遅そうにルベリアを見つめ、寂しそうにくうと喉を鳴らした。


「最後に、私の力をあなたに授けます。これで無事に仲間の元に戻ってちょうだい」


 ルベリアはティアの首に巻いたスカーフに手を添え、祈りを込めた。


「神よ、どうかこの者を良き道へお導きください。暗闇を照らす光とならんことを」


 ルベリアの魔力が大きくスカーフへ注がれた。それはルベリアにとって考えられる限りの最大の加護を込めたものだった。何か良くないことがあっても、しばらくはスカーフに込めた力によりティアは守られるはずだった。


「さあ、お行きなさい」


 ティアはルベリアから離れがたかったのか、最後までルベリアに寄り添っていた。


「はやく行きなさい。私、あなたに泣いているところを見られたくないの」


 声を詰まらせるルベリアにティアは観念し、その頬に一度だけ口をつけると一歩下がった。


「大丈夫、あなたなら飛んでいけるわ」


 ルベリアは思わずティアの方へ手を伸ばしたくなった。しかし、それをぐっと堪えてティアが旅立つところを見守ろうと強く覚悟を決めた。


 その時、屋上に何者かが立ち入ってくる音がした。


「誰か来るわ、はやく行って!」


 ルベリアはティアを急かした。ティアは急いで翼を広げると、空に飛び上がった。


「さよなら、ティア」


 ティアは国教会院の屋上から姿を消した。そこへ入れ替わりにセイサムが現れた。


「あら、司祭長様。こんな時間に一体何の騒ぎですか?」


 セイサムは国教会の護衛を務める聖騎士を数名従えていた。ルベリアは普段と違う様子のセイサムを前に、とにかく平静を装った。


「聖女様こそ、こんな時間に一体何をなされているのですか?」

「私は、星を眺めていたのです。ここなら誰にも邪魔をされずに考え事もできますので」

「聖法衣をお持ちになってですか?」

「少し寒いので上着として持ってきたのです」

「それでは何故お脱ぎになっているのですか?」


 先ほどまでティアを包んでいたとは言えず、ルベリアはついに言い返すことができなくなった。

 

「いい加減とぼけないでいただきたい、聖女様」


 セイサムはルベリアに詰め寄った。


「貴女が先日より凶兆を密かに育てているという話を耳に入れましたが、本当ですか?」


 核心を突かれたルベリアは言い逃れが出来ないことを悟り、潔く全てを認めることにした。


「ええ、その話は本当です。しかし私は神の御心に」

「それでは、その凶兆は今どこにいる!?」


 セイサムはルベリアの言葉を遮り、更に追求する。


「今し方、仲間の元へ返しました」

「返した、だと!?」


 聖騎士たちにも動揺が見えた。一般的に凶兆である竜を育てて見逃すなど考えも及ばない行為であった。


「なんて愚かしい真似をしたんだ! 竜を育てて逃がした、だと!?」


 セイサムはルベリアを激しく叱責する。


「民に被害が出たらどうする!? この国そのものが滅亡するようなことになったら、貴様は責任がとれるのか!? 聖女と言えども許せん。連行しろ」


 セイサムの言葉で聖騎士たちが動いた。


「しかし、私は」

「言い訳は後で聞こう。裁判でじっくりと」


 ルベリアの後ろに聖騎士が回り、ルベリアを拘束すると聖法衣を取り上げた。


「何をするのですか!」


 叫ぶルベリアに聖騎士は罪人の証である魔封じの手錠を掛けた。突然の狼藉にルベリアは動揺した。


「傷ついたものを救うことの何が罪にあたると言うのですか!」


 ルベリアはセイサムに訴えるが、彼は顔色ひとつ変えずに答える。


「民に不安の種を広めた、それだけで聖女という立場の冒涜に値する」

「しかし、しかし私は……!」


 聖騎士に手錠を引かれ、ルベリアは言葉を紡ぐことができなくなった。


「申し訳ございません聖女様、ご同行願えますか?」


 敬愛するべき聖女を罪人として連行しなくてはならない聖騎士の顔を見て、ルベリアは観念した。


「……いいわ、裁判で私が潔白であることを民に理解してもらえればそれで済む話よ」


 ルベリアはティアを思った。何度考えても、命尽きようとしているティアをあの場に放置したり止めを刺すということはルベリアには思いも付かないことであった。

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