第3話 太陽の竜
ティアの目が再生してから、ルベリアはすっかりティアの世話が楽しくて仕方なかった。
「それにしても、あなたは静かね。竜って鳴かないのかしら」
すっかり全身の鱗は再生したティアだったが、一向に声を発することがなかった。そしてしっかりと足で立ち上がれるようになっていたが、まだ歩くまで回復はしていないようだった。それに翼と尾は千切れたままで、再生には時間がかかりそうだった。
「それと、少し大きくなったんじゃない? 何も食べていないのに?」
ルベリアはティアに回復魔法しか施していなかった。食物を口にしていないティアだったが、手のひらに乗るくらいの生まれたての子猫のような状態から今は兎ほどの大きさになっていた。
「竜の子の成長ははやいのかしら……お部屋に入らなくなったらどうしましょうね?」
ティアは勝手に思い悩むルベリアを見て、小首を傾げた。その様子がルベリアにはどうしても愛おしくて仕方なかった。それからルベリアはティアの回復を毎日の楽しみにするようになった。少しずつ翼と尾が再生し、更にティアの身体は見る間に大きくなるようだった。
「ふふふ、もう少しで私を追い越してしまうかもね」
目が開いてから一か月ほどでティアは数歩歩くことができるようになった。立ち上がってよろめきながら歩く姿にルベリアは興奮し、何度も何度もティアを抱きしめて頬ずりをした。ティアもルベリアに抱きしめられると嬉しそうに目を細めた。それを見ると、余計ルベリアはティアが愛おしくなり、抱きしめる腕に力が入った。
***
聖法衣を着ているとはいえ、連日ティアに回復魔法を与え続けているルベリアの魔力と体力は落ちていた。
「聖女様、最近お疲れのようですが何かございましたか?」
日中ルベリアがつい居眠りをしそうになったところを、司祭長のセイサム・フロタールに窘められた。
「最近夜間に読書をしておりまして……ついつい読み耽ってしまうものだから、寝不足かしらね?」
「読書も良いのですが、お体に触らぬようご注意ください」
セイサムは若くして聖女に即位したルベリアを娘のように常々心配していた。
「それとは別に、最近なにか良いことでもおありですか?」
「良いこと、ですか?」
ルベリアはティアのことを思い浮かべたが、急いでセイサムへの口実を考えた。
「この前読んだ本がとても面白かったのです。司祭長様も、今度お読みになってはいかがですか?」
「そうですか、楽しむ読書など久しくしておりませんな。聖女様のお勧めでしたら、今度是非にでも」
セイサムはルベリアから離れたが、ルベリアはセイサムへの口実について思い悩んでしまった。
「どうしましょう。眠れないほど面白い本なんて、簡単に見つかるかしら……」
そしてあまり考えたくはなかったが、ルベリアはこのままではいけないと思い始めた。セイサムもルベリアのことをどこか不審に思っているようであった。何よりいつまでもティアを隠しておけるわけがない。しかし、国教会にティアの存在が知られれば今度こそ本当に殺されてしまうかもしれない。
「……どうしてなのかしらね。楽しい時はいつか終わるなんてわかっているはずなのに」
頭の中にはティアの太陽のように鮮やかなオレンジの体色が眩しく輝いていた。それを永久に失うのだと思うと、ルベリアの胸が引き裂かれたように痛んだ。
「まだよ、まだあの子は飛べないじゃない。そう、安定して飛べるようになるまでよ」
その日が来ることが待ち遠しく、そしてひどく怖いことのようにルベリアは感じていた。
***
そして、ついにその日がやってきた。ルベリアが日々の勤めを終えて居室へ戻ると、部屋にティアが見当たらなかった。一瞬ドキリとしたが、頭上を見るとティアが翼を広げて飛んで見せていた。
「ティア、あなた飛べるようになったのね!」
ティアは嬉しそうにルベリアの腕の中に飛び込んできた。そして誇らしげに、瞳と同じ紫色の翼を震わせてみせた。尾もほとんど再生し、見た目だけならティアの傷はほぼ完治したように見えた。
「それなら、お祝いをしないと」
ルベリアはティアをベッドに座らせると、懐からスカーフを取り出した。
「あなたの瞳の色とお揃いのスカーフを見つけておいたの。どうかしら?」
ルベリアは紫色のスカーフをティアの首に結びつけた。そして、小さく呟いた。
「飛べるようになったら、いずれ仲間の元へ帰らないとね」
それを聞いて、ティアはルベリアをじっと見た。
「ごめんなさいティア。私、あなたのことが大好きよ。でも私はロメール国教会の聖女なの。あなたと一緒には暮らせないの。ごめんなさい、本当にごめんなさい」
ルベリアはティアを抱き上げ、強く頬ずりをした。
「ごめんなさい、あなたを私のわがままで生かしてしまったこと、あなたは恨んでいるかしら? こんなに別れが辛いなら、あなたになんて出会わなければよかったと思う私が憎らしいかしら?」
ルベリアはティアに思いの丈をぶつける。
「私、初めてだったの。聖女としてではなく、ひとりのルベリアとして何かと向き合うのは。最初は聖女の義務だと思ったけど、もう今は聖女の地位よりも本当はあなたのほうが大事なの」
ティアはルベリアの腕の中で項垂れた。
「だから、私はあなたの幸せをずっと願います。聖女として、民に祝福を授ける者として私はあなたのことを思い続ける。このスカーフはその証よ」
ルベリアはティアの瞳を見つめた。ティアはルベリアに呼応するように、くうと小さく喉を鳴らした。
「ティア! あなた、声が出せるの!?」
ルベリアは再度ティアの瞳を覗き込む。ティアはくう、くうと2度喉を鳴らした。
「ああよかった。ティア、これなら仲間の元へ帰っても安心ね」
ティアはルベリアを見つめた。しかしその瞳はどこか寂しげであった。
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