第10話 猫娘vs狼男

 ヒーロー候補は直ぐに見つかった。

 いや正確には既に見つかっていた。俺たちが訓練している間に、フェイが下調べをしていたのだ。

 俺は透明化して浮遊しながら窓越しに残業している女性を見ていた。


「彼女の名前は金森命華さんです。父親は死去し、母親が入退院を繰り返しているため生活が困窮しており、さらにストーカー被害にもあってますね」

「ストーカー?」


 ちょうど彼女のオフィスに脂ぎったおっさんが入ってきた。

 風に乗って声が聞こえてくる。


「彼がストーカーの色沼出男。数年前に浮気が発覚して離婚し、今は命華さんご執心のようですね。彼女がお金に困っているのを知ってから、ストーカーして弱みを探ってます」

「ろくでもないな。でもある意味俺達もストーカーだよな」


 妖精は何も聞こえなかったかのように俺の発言を無視すると、彼女の母親について説明し始めた。


「そして命華さんの母親はもう生命力が尽きかけています。今直ぐ助ける必要があるでしょうね」

「助ける、ね……。俺が魔法で治すのは簡単だが、人の寿命を伸ばすのは良いことなのか?」


 どうしようもない理不尽から救うのはまだ分かるが、自然の摂理で死亡しようとしている人まで助ける必要があるだろうか?

 それは人のあり方を歪める。この世界にはこの世界のルールがあり、勇者の助けなど必要としていない。いや必要としてはいけない。

 それはやがて社会に歪みを作り、本来あるはずだった発展を妨げるだろう。


「でも勇者様はどうしたいんですか?」

「それは助けられるなら助けたいけど、切りが無いだろ」


 一体この世界に何人同じような境遇の人がいるんだ?

 その度に俺が出向いて治すのか?それとも一部の人だけ治して後は目を瞑り、罪悪感を押し殺すのか?

 この世界の医学は素晴らしい。今はまだ助けられない人がいてもやがて助けられるようになる未来が来る。

 俺はそれを待てば良い。勝手に期待されて勝手に失望されるのはもうごめんだ。


「そんな勇者様に朗報です。なんと命華さんの属性は木です。生命力を操るのが得意な属性ですね」

「な、なんだってー!」


 木属性は火、水、風、地、光、闇の大属性から外れるマイナーな属性、小属性だ。

 賢者の塔の魔術師達はこれらの小属性は大属性適正の複合化で出現すると言っていたが詳しくは知らない。


「勇者様も彼女が魔法を覚えて母親を治すくらいは反対しませんよね?」

「それはそうだな。ただしフェイが彼女を利用してこの世界の人々を救いたいと思っているなら俺は反対するぞ」


 フェイは笑顔を作って「そんなことはしませんよ」と言った。

 俺はこの妖精の善性を疑ったことはないが、長年の付き合いからその腹黒さも知っているので怪しみつつも、フェイの計画に乗ることにした。



 そして深夜。

 母親の入院手続き終わり、金森が自宅に戻って寝た後、俺たちはその寝室にいた。完全にストーカーである。

 なぁ、なんでこんなことしているんだっけ?


(それはもちろんヒーロー勧誘計画のためです。彼女が魔物に襲われても自衛できるように精霊を呼び起こす必要があります)


 そうだったな。じゃあさっさと終わらせよう。

 俺は眠っている金森の頭に手をかざし、魔力を送り込んだ。

 なんだか少しうなされているような感じがするが、まぁ大丈夫だろう。

 これで魔物に襲われても一撃で死ぬことはない。

 で、次は?


(次はマヨちゃんに魔物を発見したことを伝えましょう)



 翌日、学校の放課後に俺は公園までマヨを呼び出し、山まで転移した。


「平日なのに呼び出すなんて珍しいね」

「ああ、急ですまない。しかし真夜と同じヒーロー候補が魔物に狙われている」


 真夜は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに好戦的な笑みを浮かべた。


「ついにこの日が来たんだね。修行の成果を見せてやる!」

「ああ、今の真夜ならきっと勝てるはずだ」


 なにせずっと修行漬けだったからな。

 俺もついつい力が入って、修行内容も当初の2倍くらいハードになっている。

 流石に下級の魔物くらいには楽に勝てるはずだ。


「それで確認だが、前回宿題にした魔法は覚えたかい?」

「うん、見ていて」


 真夜が精神を集中すると黒い魔力が滲み出てきた。

 魔力が彼女の全身を包み真っ黒なシルエットになる。

 そして急速に魔力が霧散すると、そこには服装がジャージ姿から黒いゴシックドレスに変わった真夜がいた。

 さらに顔の上半分には黒猫のマスクを着けている。


 これは魔装だ。簡単に言えば装備や衣服を魔法の鎧に変化させ防御力を上げる魔法だ。

 防具のデザインは術者のイメージで変化する。


「どう?似合うでしょう」

「ああ、うん。とても似合っているよ」


 正直、真夜のゴシックドレスは戦闘に適しているデザインだとは思わないが、本人が気に入っているならそれで良いだろう。

 異世界にも奇抜なデザインの人はたくさんいた。例えばクマの皮を被った男とかハイレグアーマーの女とか。

 まぁ魔装は結局魔力の全身鎧なのでデザインに関係なく体中を防御できるのだ。


 そして今回重視したのは秘匿性だ。身バレすると面倒なので、マスクをつけるように指示していた。

 真夜の黒猫マスクは……顔が下半分出ているが許容範囲だろう。


 俺はテンションが上っている真夜に作戦の概要を説明して夜を待った。



 そして夜。俺たちは魔物が動き出すのを待っていた。

 まぁ魔物を動かすのは俺なのだが。

 俺は浮遊して窓から様子を伺い、真夜は金森の会社の入り口で待機している。

 現在会社には金森と色沼が残っているようだ。

 色沼が金森と接触すればそのタイミングで、接触しないなら帰りにでも色沼を魔物化して襲わせよう。


(動きましたね)


 金森の側で透明化している妖精が注意を促す。色沼が金森と接触したようだ。

 金森達は口論をして掴み合いになった。そして金森が色沼を突き飛ばし、中年男はデスクに頭をぶつけて気絶した。

 これはちょうど良いな。


 <時間停止>


 俺は窓から会社に侵入し、気絶している色沼の魔力属性を鑑定した。

 地属性か。地属性は堅実な者が多いが、強欲で粘着気質な者も多い。

 俺は空間魔法で呪いの指輪を取り出し、色沼の指に嵌めた。

 さらに当事者が逃げ出さないようにドアを魔法で施錠する。

 これから真夜が部屋の中に入る必要があるが、彼女は影を渡って移動できるので問題ないだろう。


 再び窓から外に出て時間停止を解除する。

 俺は真夜に念話を送った。

 真夜、魔物が正体をあらわした。至急、二階のターゲットの部屋に突入してくれ。


(分かった)


 部屋の中で金森が現場を去ろうとしてガチャガチャとドアノブを回している。魔法で施錠しているから開くことはない。

 しかし遅いな、真夜は何をしているんだ?


(師匠!部屋の中が明るすぎて影から侵入できない!)


 真夜の焦った声が頭に響く。

 あっ、忘れていた。


 <風の刃>


 俺は急いで会社に伸びる電線を風の魔法で切断した。

 あまり破壊行為はしたくないが、修復の魔法で直せるので許容範囲だ。


 視線を戻すと、真夜が影を渡って部屋の中に侵入している。

 しかしまずい。魔物、ウェアウルフに変化した色沼が金森に襲いかかった。

 おっ、金森の精霊か。突然彼女を中心に木が出現してワーウルフの攻撃を防いだ。


 真夜は戸惑っているウェアウルフをモーニングスターで横から殴った。

 ウェアウルフが吹き飛んでデスクに衝突して倒れる。

 デスクと一緒にパソコンなども床に落ちたが、後から修復すれば大丈夫だろう。たぶん。

 真夜はちらりと金森を確認した後、武器を狼男に向けてポーズを取って言った。


「闇の狩人、シャノワール参上!」


 いや誰だよ。


(フランス語で黒猫ですね)


 妖精から冷静な解説が来た。

 まぁそれは置いておいて、狼男が立ち上がったようだ。

 流石に一撃では仕留め切れないか。


 真夜はニャーと叫び、牽制の恐怖の魔法を放った。黒い波動が飛んでいく。

 しかし狼男は脅威の跳躍力でそれをかわし、体を捻って天井で一瞬四つん這いになると、天を蹴って真夜に上から襲いかかった。

 なかなか素早いな。この前の天井に頭をぶつけていたハーピーよりもかなり手強そうだ。


 だけど真夜も以前よりレベルアップしている。

 真夜は魔法で強化された身体能力で横に飛んで攻撃をかわし、すぐさま踏み込んでモーニングスターと黒い爪で反撃した。

 近接戦となり狼男の爪と真夜の攻撃が何度か交差する。茶と黒の魔力が霧散した。


 しかしこうなると真夜は強い。

 真夜は闇の力で狼男の魔力を吸いながら戦っている。

 やがて魔力量に差がつき、真夜の一撃で狼男が再び吹き飛んだ。

 良いぞ。その調子だ。


 狼男は再び立ち上がった。真夜を警戒しているのか直ぐには近寄らない。しかし狼男の体は薄く発光している。

 真夜が何度か恐怖の魔法を放つが、ウェアウルフは素早く跳躍してかわした。


「あはは、どうしたのワンちゃん?鬼ごっこがしたいの?」


 一向に攻めてこない狼男に対して、真夜が嗜虐的な笑みを浮かべた。

 黒猫女は狼男の反応を楽しむかのように魔法を撃っている。

 異世界にもいたが真夜は戦いになると性格が変わるタイプのようだ。

 精霊が好戦的だとこうなる人が多い。


 う~む、一応アドバイスしておくか。

 真夜、ウェアウルフは強い再生能力を持っている。今逃げているのは魔力を回復するためだぞ。


(えっ、それを早く言ってよ!)


 真夜は遠距離攻撃をやめて慌てて距離を詰めた。

 しかしウェアウルフは機敏な身のこなしで真夜の攻撃をかわすと、マタドールのようにすれ違いざまに攻撃をして距離を取る。

 俊敏さは狼男の方が上のようで、真夜は途端に苦戦し始めた。


 二ヶ月訓練したとはいえ、流石に逃げ回る相手に攻撃を当てるのは難しいか。

 助太刀に行こうかと考えていると、狼男が盛大に転んだ。

 室内で透明化している妖精の目を通して見ると、どうやら突然床から出現した木の根に躓いたようだ。

 金森が魔法を使ったのだろう。


 すかさず飛びかかった真夜が狼男の頭を棘鉄球で砕いた。

 しかし頭を失っても即死はしない。狼男は直ぐに立ち上がり後ろに跳躍して距離を取った。

 魔力が残っている限り体は肉体は再生する。とはいえ頭を再生するために失った魔力は大きく、その魔力は真夜に吸収されていた。

 形勢逆転だ。


「ナイスアシスト!」


 真夜も木の根に気づいたのか、金森にサムズアップを送った。

 それからの展開は一方的だった、狼男は床から現れては消える根のせいで思うように動けず、真夜にタコ殴りにされた。

 金森も魔法の扱いに慣れたのか、根を使うのが上手くなっている。

 動きの鈍った狼男を根で雁字搦めにした。


「よし、処刑タイムだ!あなたは何発耐えられるかな?」


 真夜は動けないウェアウルフの頭を容赦なく潰した。

 既に魔力をかなり失っていたためか、一撃で狼男の精霊は消滅し、元の中年男に戻った。


「え~、一発で終わり?つまんないな。もうちょっと楽しませてよ」


 猟奇的な発言をする真夜に金森が若干引いているので、そろそろ俺も参加するとしようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る