第7話 勇者の旅立ち

 俺は王宮の謁見の間で跪いていた。

 壇上には王と王女が座っており、俺を中心に海を割るように大勢の貴族達が横に控えている。


「勇者よ。よくぞ厳しい訓練を乗り越えた。さあ立ち上がって皆にその勇姿を見せるのだ」


 俺は緊張しながら立ち上がった。みんなの視線が刺さる。

 えーと、なるべくキョロキョロしないようにだったか。

 数ヶ月に渡る訓練の中にはマナー講習も含まれていた。


「我が国より偉大なる勇者が誕生した。敵は魔王ルグドラーム。勇者よ、天翼の女神の盟約に従い、必ずや魔王を討ち果たすのだ」

「はっ、必ずや」


 王が手で合図を出すと3人の男女が現れた。

 彼らは俺の前で整列した。


「王宮騎士団長が長男、レイナード・フォルティウスでございます」

「教会より聖女の称号を預かりました、ミリアと申します」

「あー、冒険者のロウファだ。えーと、斥候を担当す、します」


 3人の男女が各々挨拶した。

 それぞれ戦士、僧侶、盗賊といった風貌だ。

 3人は挨拶を終えると俺の後ろに控えた。


「この3人は我が国の精鋭である。勇者よ、そなたの使命を助ける力となるだろう」


 王が手を挙げると、楽器を持った音楽隊が前に出てきた。


「では行くが良い。我らは皆、そなたが魔王を討ち果たす日を心待ちにしておるぞ」


 王が手を下ろそうとすると「お待ち下さい」と声が響いた。

 王女が立ち上がっていた。なぜだろう、顔がぼんやりとして判別できない。


「私もユウキ様の帰還を心待ちにしています。きっと、無事にお戻りください」

「はっはっは、そうであったな。勇者よ。我が娘もそなたを待っておる。さあ行くが良い。そなたの手で王国の未来を切り開くのだ!」


 謁見の間にファンファーレが響き、貴族達の拍手を背中に俺たちは旅立った。



 景色が移る。

 俺たちは巨大なキマイラと戦っていた。

 なぜ戦っているのだろう?そうか、ここは魔大陸に続く海底洞窟の要所で、この合成獣が門番なんだ。


 キマイラの尻尾、蠍の針が盗賊のロウファを貫通して持ち上げている。

 魔力が切れて毒が回ったロウファの体は倍ほどに膨れ上がっていた。


 獅子の顔がまるで人間のように嫌らしく嗤う。

 俺は剣を横に構えると、激高して叫びながら突撃した。


 なんだ、体が重いな、剣が全然当たらない。俺はこんなにノロマだったか?

 キマイラの右肩に生えている竜の顎から赤い炎が溢れる。


「ユウキ!」


 騎士のレイナードが俺を庇って前に出た。

 やめろ、何をしているんだ。俺の前に出るな。

 竜の口から灼熱の炎の嵐が吹き荒れ、俺たちは吹き飛ばされた。


 壁にぶつかった衝撃で一瞬意識が飛びかけるが、俺はなんとか立ち上がった。

 周りを見ると、聖女ミリアが炭化した何かに必死で魔法を使っている。


「どうして?魔力を補充できない。精霊の声が聞こえない!?」


 バチバチと異音がする。キマイラの左肩に生えているヤギの顔から雷の魔力が噴出していた。

 魔力は十数本の矢となって浮遊し、ミリアに向かって一斉に飛来した。


 ミリア!

 俺は時間を止めようとした……できない。ああそうか。

 雷の矢が何本もミリアを貫き、ミリアは痙攣して煙を出しながら倒れた。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!」


 俺は獣のような声を出しながらキマイラに突撃した。

 獅子の顔が笑っている。そして鋭い牙の生えた口がニ倍ほどの大きさになって……



「どうなったんだ?」


 俺は教会の儀式の間にいた。

 俺が最初に地球から召喚された場所だ。

 心配そうに俺の顔を見ている司祭が言った。


「勇者様。あなたは女神の祝福により復活したのです」


 祝福?復活?何を言っているんだ?

 混乱しているとバタバタと足音を鳴らしながら王の一団がやってきた。


「おお、勇者よ。無事であったか。まずは何よりだ」

「王様。レイは…いやレイナードは、ミリアは、ロウファはどこにいるんですか?」


 王は言葉に詰まると難しい顔をして司祭の方を見た。

 司祭は俺の目を見てゆっくりと言った。


「勇者様。女神の祝福があるのは貴方様だけです。ミリア達は天の国へと旅立ったのでしょう」

「そんな……」


 呆然とする俺に対して、王は気遣わしげに俺の肩に手を置いて言った。


「勇者よ、まずは休むが良い。レイナード達は我が国の英雄であった。遺族達にも必ず国として報いよう」


 いつの間にか俺はベッドで休んでいた。しかし全然眠れない。

 誰かがドアをノックした。もう夜なのに誰だろう。


 開けるとそこには王女がいた。

 王女はとても笑顔が素敵な人で……駄目だ。何故か顔を思い出せない。


「王女様、こんな時間にどうしたのですか」

「ユウキ様、どうしてもこれを渡したくて」


 王女から魔石が数珠のようになったブレスレットを渡された。

 王女の水の魔力を感じる。


「お祖母様から教わったお守りです。紐の部分には私の髪の毛も使っているのでちょっと気持ち悪いかもしれないですけど……」

「いえ!そんなことはないです。大事にします」


 王女はたぶん微笑み、そして悲しそうな顔をした。


「お辛いでしょう」

「いや、まぁ、はい……すいません、こんな勇者で。情けない」


 俺は仲間への罪悪感と勇者としての不甲斐なさで顔をあげることができなかった。

 俺にもっと力があれば……

 王女は俺の両手を取って優しく包み込んだ。


「情けなくなんてありません。私は厳しい特訓でも決して諦めなかったユウキ様を知っています。私はあなたの勝利を信じて、あなたが帰って来るその日をお待ちしております」

「王女様……」


 ありがとう王女様。でもあなたに俺を待つことはできない。

 これから俺は20年間戦うんだ。あなたはその間に国を安定させるために隣国の王子の元へと嫁ぐことになる。


 そして俺はこれから何度も何度も何度も何度も何度も……



「勇者様」


 妖精が俺の顔を心配そうに見ていた。

 ここは、そうだ、マンションの自室だ。

 どうやらまた異世界の夢を見てしまったらしい。


「勇者様。私はずっと一緒にいますよ」

「ああ、ありがとう」


 フェイは俺の額を撫でると、俺の頭を抱えるように張り付いた。

 これが彼女流の慰め方である。

 でも若干呼吸がしにくいので離れて欲しい。ひねくれている勇者で申し訳ないが。

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