第5話 魔王誕生

 自殺しようしていた少女をヒーローに勧誘した後、俺は一人自宅のゴミ部屋の中で腕を組んでうんうん唸っていた。

 う~ん、どうしよう。ヒーローになってくれないかと言ったものの、具体的に何をどうするか全く考えていない。

 とりあえず彼女、真夜と言ったか?が魔法で無駄に人を傷つけないようにしないとな。


「フェイ、あの少女の様子を探っておいてくれるか」

「分かりました。何かあればお知らせします」


 幸い、俺には有能な精霊がいる。何か不味いことがあれば知らせてくれるだろう。

 よし、まぁなんとかなるだろう。俺は安心して次に攻略するRPGゲームを吟味した。

 俺は15年も異世界にいたから、やるべきゲームがたくさん積んであるのだ。



(勇者様……勇者様!)


 ゲームに夢中になっていると妖精の念話が聞こえた。

 俺はゲーム画面から時計に目を移した。もう次の日の夕方になっている。


(真夜さんがいじめっ子グループに呼び出されましたよ)


 いじめっ子グループ?ああ、そういえばいじめられていると言っていたな。

 妖精の視界を借りると、真夜が数人の中学生女子に囲まれていた。

 これはまずいな。ちょっとゲームをセーブするから待っていてくれ!


(何を呑気なこと言っているんですか!さっさと来てください)


 ちっ、しょうがない。

 俺は透明化の魔法を唱えると、妖精の魔力を追跡して学校まで魔法で飛んでいった。


 現場にたどり着くと、真夜が黒い波動を出しているところだった。窓がガタガタと揺れている。

 流石闇属性、魔力が禍々しいな。

 おそらく精神系の恐怖の魔法だろうが、術者のレベルが低いので大した効果はないようだ。

 熟練者であれば心臓を止めることもできるだろう。


「この程度の魔法なら介入する必要もないな」

「そうですね。でもあまり魔法を悪用しないように釘を差す必要があります」


 魔法の使い方とかもちゃんと教えないといけない。

 後はヒーロー?として彼女が正道を歩むように誘導しないとな。

 なんだか本当に面倒になってきた。


「しかし、あのいじめっ子は良い教材になるかもしれませんね」

「教材?」

「はい。ヒーローには敵が必要でしょう」


 敵か。確かに悪い敵にだけ魔法を使うように誘導すれば、魔法を悪用することも減りそうだ。

 人はただ強い力を持っているだけでは力に溺れてしまう。目標がなければならない。

 しかしどうやって敵にするのか?


「魔物化ですよ。呪いの装備を覚えていますか?」


 ああ、呪いの装備ね。

 魔力は精神と密接に関わっており恨みなどの負のエネルギーが強いと禍々しく変質する。

 その負の魔力を使って強力な魔導具を生み出せるのだが、代償として装備した者の精神に負担がかかる。

 特に装備者の力量が低い場合は精霊が暴走して宿主の肉体を乗っ取り魔物化する。


「そうです。訓練した者ならある程度呪いに抵抗できますが、一般人なら直ぐに呪われるでしょう」


 なるほど。理屈は分かったが、そんなことをして大丈夫だろうか?


「危なくなったら介入すれば良いでしょう。それに呪いを解けばいじめ問題の解決にもなります」


 いじめ問題の解決か。確かにそうだ。

 精霊は宿主の無意識を反映しており、精霊が倒されると精神の一部も死ぬ。

 まぁ死ぬといってもそこまで深刻なことではない。精霊は数年で自然復活し、精神力も元に戻るからだ。

 それに魔物化した場合は宿主の負の感情が暴走するので、怒りや嫉妬などが消えることになる。

 魔物化した精霊が倒されたら数年は心清らかになるだろう。


 <時間停止>


 俺は凍った世界の中を歩き、闇魔法を受けて気絶しているいじめっ子の頭に手を触れた。

 鑑定の魔法で魔力の質を読み取る。ふむ、風属性か。

 丁度良い。風属性なら魔物になっても室内では大した力を発揮できないだろう。


 俺はアイテムボックスに死蔵している呪い指輪を取り出した。

 これは低レベルな呪いの装備なので大した魔物は生まれないだろう。

 いじめっ子に指輪をつけた後、俺は念の為教室に認識阻害魔法と結界を張ってから現場を離れた。

 これで外に影響が出ることはないし、外からも状況は認識できない。

 再び時間が流れ出すといじめっ子の精霊が暴走した。


「魔物化しましたね。あれはハーピーでしょうか?」

「ああ、屋内では雑魚だな」


 ハーピーの主な攻撃方法は空高く飛んで急降下し、一撃離脱の強襲攻撃をすることだ。

 飛行能力が高く、鉤爪で人間を掴んで空高く飛び、上空から落下させて攻撃する。

 当然ながら室内で同じことはできない。陸に上がった魚のようなものだ。

 ハーピーは空を飛ぼうとして天井に頭をぶつけた。


「これなら助ける必要もないか」

「どうですかね?真夜さんもただの中学生ですよ」


 戦闘は泥仕合となってきた。

 ハーピーの攻撃は威力が低いし、真夜は素人丸出しで武器を振り回している。まるで子供の喧嘩だ。まぁ実際そうなのだが。

 しかし、やがて真夜が優勢になってきた。驚いたことに肉を切らせて骨を断つような戦法を取っている。


「中学生なのに覚悟決まり過ぎでは?」

「なかなか根性がありますね。彼女は勇者の素質がありますよ」


 ああ、そういえば俺も初めて戦闘したときはこんな感じだったな。

 中学3年でいきなり異世界に飛ばされて、王様から勇者だと言われ、いきなり魔物と戦わされた。

 当時は一戦一戦が死物狂いだった。いつからかただの作業となったが……


「あ、ハーピーが逃げます」


 真夜がハーピーに飛びかかって頭を潰し始めた。

 いじめっ子の魔力が枯渇して精霊が魔力を求めて外に飛び出す。それを真夜の精霊が捕食した。

 精霊がやられたのでいじめっ子は魔物から人間の姿に戻っている。

 ここまでだ。これ以上やるといじめっ子が死ぬ。

 俺は真夜に近づいて攻撃の手を止めた。


「もう勝負はついた。君の勝ちだ」


 真夜は一瞬呆けたような顔をした後に、ノロノロと立ち上がった。

 真夜はこちらに背を向けて窓の外を見ている。泣いているのか?


 真夜の頭には黒猫が乗っており、こちらの様子をじっと伺っている。

 目が合うと、黒猫は毛を逆立てて消えた。

 なんだ?警戒心が強いな。


 一方で俺の精霊フェイは密かにいじめっ子から指輪を回収して消えた。

 あ~証拠隠滅しておかないとな。結構暴れたせいか、床の一部が砕けているし。

 俺は修復の魔法を使って元の状態に戻した。

 現場についてはこれで良い。いじめっ子に関しては精霊に乗っ取られている間の記憶はないはずだ。


 作業が終わると真夜が心配そうな顔でこちらを見ていた。


「彼女、死んだの?」

「いや死んでいない。精霊がやられただけだ」


 そういうと真夜はホッとしたように息をついた。

 まぁいじめられていたとは言え、流石に人殺しなんてしたら大事だからな。

 真夜は美道の脚をおそるおそるつま先で蹴った。


「彼女、なんだったの?」

「精霊が暴走して魔物化したんだ」

「魔物?」


 待てよ、どう説明するべきだ?

 すかさず妖精から念話が届いた。


(ヒーローには敵役が必要です。魔王が暗躍していることにしましょう)


 なるほど。う~ん、その場合魔王というのは俺になるのでは?

 まぁいいか、魔王がいることにして、適当なところでそれっぽいのを倒させるか。


「魔王の仕業だ。魔王はヒーロー候補を狙って始末しようとしている」

「魔王!……なるほど、そういうことだったのね」


 真夜は何かに納得したように頷いている。

 思った以上にあっさり信じてしまったな。なんだか逆に不安になってきたぞ。

 というか、いじめっ子を倒したし、もうここでヒーローごっこを終えても良いのでは?


「魔王は真夜のように魔力の高い者を狙っている。今回戦って分かったと思うが、もし怖いのならここでやめても構わない。魔法は使えなくなるが、魔力を封印すれば狙われることはなくなる」

「大丈夫。私はヒーローになる。そして魔王を倒し、両親の敵を取る!」


 えっ、俺は君の親を殺してないけど?

 思わず真夜の顔を見ると、彼女は拳を握って覚悟を決めていた。

 ……そういえば、両親が事故でなくなったとか言っていたな。それも魔王のせいになった感じですか?


(なるほど。魔王が彼女を狙っていたという設定なら、今回のいじめも、その前の両親の不幸も魔王のせいになるかもですね)


 どうしよう。魔王が復活したのはここ最近のことにするか?

 考えていると真夜が強い目でこちらを見てきた。


「ユウキ……いや師匠。私に魔法の使い方を教えて欲しい。私はもっと強くならなければならないから」

「……ああ、そうだな。しかし今日はもう疲れただろう。ここは俺に任せてもう帰るといい。後で念話で連絡する」


 設定をもう少し練った後でな!

 はぁ、なんだか嘘が負債のように積み重なっている気がするが、まぁなんとかなるか。

 いざとなったら土下座して逃げるとしよう……。

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