第4話 猫娘vs鳥娘

 放課後、私は美道とその取り巻きに空き教室へと呼び出された。

 美道が壁ドンしながら顔を近づけて来る。


「あんた、あんなことしてただで済むと思っているの?」

「……なんのこと?」


 たぶん授業中に美道が倒れたことを言っているのだろうが、私は何が起きたのか分かっていない。

 私の答えが気に食わなかったのか、美道は私の顎を掴んだ。


「しらばっくれるんじゃないわよ。ほら見てこれ、赤くなってるじゃない!」


 美道が前髪をかき上げた。

 内出血しているのか額が少し赤黒くなっている。


「あんたが思いっきり消しゴムを投げ返してきたせいでこうなったのよ!」

「投げてくる方が悪いのでは……」


 どうやら精霊、黒猫が美道に消しゴムを投げ返したらしい。でもそれは美道が投げたのが悪いだろう。

 私が言い返すと、美道の顔が一瞬鬼のようになった。

 しかし直ぐに顔を緩め、サディスティックなニヤニヤ笑いに変わった。


「女の顔に傷をつけるとかさぁ、慰謝料が必要じゃない?ねえみんな?」


 取り巻きABCがその通りだと賛同した。慰謝料100万円とか言っている。

 ならば先にいじめの慰謝料1000万円くらいを私に渡すべきだろう。訴訟も辞さない。

 私は呆れ顔で美道達をジトリと睨んだ。


「何よその顔。金で済まそうって言っているのに断るわけ?ならハムラビ法典ね」


 ハムラビ法典?何を言っているのかと思っていると、美道は胸ポケットから何かを取り出し、指に挟んだ。

 それは鉄色の鋭そうな金属だった。もしかしてカミソリの刃?

 私は嫌な予感がして顔がひきつった。美道は刃を少し舐めて、邪悪な笑みを浮かべている。


「目には目を。あんたの額にも傷をつけてあげる」


 私は身の危険を感じて逃げようとした。しかし取り巻きたちが左右から腕を掴んでくる。

 振り解こうとするが多勢に無勢で勝てない。両肩を壁に押し付けられた。身動きが取れない。

 美道は私の顔にカミソリを軽く押し当てた。金属の冷たさを感じ、思わず体が震える。


「おっと、動いたら手元が狂っちゃうかも。整形手術失敗、なんちゃって」

「や、やめてよ」


 美道は私の顔の色々な場所に刃を軽く当てた。その度に私の体はビクリと動いた。

 私は恐怖で目を瞑って、哀れに許しを請う事しかできなかった。


「ふふふ、まぁ私もそこまで鬼じゃない。あんたの態度次第では許してあげる。まずは土下座しな」


 取り巻き達に頭を掴まれ床に押し付けられた。

 痛い。額が床に思い切りぶつかった。


「ほ~ら、逆らってすみませんでした。お金持ってくるので許してくださいって言いな!」


 後頭部を踏まれてさらに額が床に押し付けられた。

 眼鏡がずり落ちて涙で視界がぼやける。美道たちの嗤い声が聞こえた。

 なんで?どうして私ばっかりこんな目に合うの?私が何をしたっていうの?

 私は悔しくて奥歯を噛み締めた。


(情けないにゃ~。こんなのが宿主だと思うと鳴きたくなるにゃ~)


 頭の中に声が響く。あの不思議な声、精霊の声だ。

 そうだ!私には精霊がいるんだ。精霊さん、助けて!


(なんでわたしが助けないといけないの?めんどくさいにゃ)


 でも今日色々と助けてくれたのは精霊さんじゃないの?


(あれはわたしが寝ているのにうるさいからやっただけにゃ)


 そんな……そうだ、キャットフードあげるから!お願い!


(ふ、ふ~ん……まぁわたしはそんなに安い猫じゃないけど。どうしてもっていうなら力を貸してもいいにゃ)


 体から黒いオーラが湧き上がる。視界が急に冴えてきた。

 これだ、この力で魔法が使える!

 でもどうやって?……そうだ、朝やった恐怖の魔法。あれをやろう!

 頭を押さえつけられたまま私は怒りを爆発させた。


「私に触るなぁ!」


 黒い波動が周囲に迸る。悲鳴が上がった。

 取り巻き達が慌てふためいて逃げていく。

 美道は正面で波動の直撃を受けたのか、泡を吹いて気絶していた。


 成功した!やっぱり私は魔法が使えるんだ。

 これでもうこんな理不尽な目に合わずに済む。


 私は喜んで立ち上がろうとした。しかし膝から崩れ落ちて床に手をついた。

 目眩がする。あれ……?なんで私こんなに疲れてるの?


(当たり前にゃ。あんな馬鹿みたいに魔力を放出したら疲れるに決まってるにゃ)


 魔力?そうか、私はパワー全開で魔法を使ったんだ。もう魔力があまり残っていないのかもしれない。

 この疲れは魔法を使った反動ということだ。


(次はもっと控えめに使うんにゃ~。そんなことでは一人前の狩人にはなれんにゃ)


 狩人?何のことか分からないけど、助言してくれてありがとう。

 座り込んで休んでいると、辺りに少し影が差した。顔を上げると美道が立ち上がっていた。

 もう目が覚めたの?私は慌てて起き上がって警戒した。


(気をつけろ。なんかおかしいにゃ!)


 美道はよだれを垂らして白目を向いている。

 体は横に傾いており、まるで操り人形のような不自然な立ち方をしていた。

 私は異様な光景を見て、思わず後ずさった。


「うひひひひっ!」


 突然美道が狂ったように笑い始めた。

 そして同じように突然黙ると、今度は獣のような低い声でうなり始めた。

 美道の体から緑色のモヤモヤが立ち上る。

 まさかこれは魔力?


 緑のオーラはどんどん濃くなり美道を包み込んだ。

 もはや全身緑色で美道のシルエットしか分からない。


 人型は悶えるように体を蠢かす。メキメキと骨が軋むような音が聞こえる。

 腕が伸び急速に巨大化していく、翼のような形だ。

 足も大きくなり変形している。まるで鉤爪のようだ。


 美道は体を抱くように羽を巻き付け、甲高い叫び声を上げた。

 緑のオーラが薄れていく、両翼を勢いよく広げると完全にオーラが霧散した。


 そこにはすっかり様変わりした美道がいた。

 鳥人間だ。ファンタジーに出てくるハーピー。

 腕は鳥の翼のようになっている。足の鉤爪は黒光りしており、金属のフックのように鋭そうだ。

 顔だけは美道だけど、完全に別の生き物。人間じゃない。


 鳥人間の目がギラリと金色に光った。獲物を見つけたように私を凝視している。

 私は無意識に後退りしていたのか、背後にあった机にぶつかって体勢を崩した。ガタンと大きな音が鳴る。

 それと同時に美道は一瞬屈むと、羽を大きく振り下ろして羽ばたいた。

 一回しか羽ばたいていないのに凄い跳躍だ。鳥人間は一気に私の身長以上に飛び上がり、そして教室の天井に頭をぶつけて落下した。

 どうやら頭はあまり良くないらしい。


 流石に痛かったのか、美道は床でもがいている。

 ……そうだ、今の内に逃げないと。こんなの私が勝てる相手じゃない。


(今がチャンスにゃ。やっちまうにゃ)


 しかし精霊はやる気のようだ。

 でもどうやって?もう魔力もないんじゃないの?


(直接攻撃で倒すんにゃ。何か強そうな武器をイメージしろ)


 強そうな武器?う~ん、なんだろ。銃は流石に魔法っぽくないか。剣?いやむしろ……

 集中すると黒いオーラが手の平に集まり、先端に棘付き鉄球のついた棒、モーニングスターが出来上がった。

 不思議と重さはそんなに感じない。


(へえ、なかなか良い武器にゃ。それなら魔力をほとんど消費しないから好きなだけぶん殴るにゃ)


 美道は翼で頭を抑えながら蹲っている。

 私はおそるおそる近づくと、モーニングスターを両手で振り上げた


(頭を狙うんにゃ。ぶっ殺せ!)


 ぶっ殺せって……ええい、もう知らない!

 私は目を瞑って凶悪な鉄球を叩きつけた。

 硬質な何かが砕ける音がした。目を開けると鉄球が床を砕いていた。


(何してんにゃ!ちゃんと狙って振り下ろせ!)


 そんなこといったって……私が逡巡していると、いつの間にか美道がこちらを見ていた。

 美道は甲高い叫び声を上げながら、蹴りを放ってきた。鋭い鉤爪が私の肩を襲う。

 肩が切り裂かれ黒い何かが飛び散った。私は強い衝撃を受けて吹き飛んだ。


「きゃあ!」


 空き教室に置いてある机に背中からぶつかり私は悲鳴を上げた。

 ううっ、鉤爪で切り裂かれた。きっと重症だ。私は痛みを覚悟して肩の傷を調べた。

 あれっ?どこも怪我していないし、痛くない?


(戦闘は魔力の削り合いにゃ。魔力がある限り怪我することはないにゃ)


 黒猫はそれより前を見ろと警告してきた。

 鳥人間がぴょんぴょん跳ねながらこっちに向かってきた。

 ひっ、どうすればいいの?


(どうするもなにも戦うんにゃ!殴って殴って殴るんにゃ!)


 美道が荒ぶる鷹のようなポーズで鋭い鉤爪を持ち上げ、こちらを狙っている。

 このままではまた蹴られる!


「うわあああああああ!!」


 私は叫びながら闇雲にモーニングスターを振り回した。

 1打、2打、間合いを全然考えていなかったのでブンブン空振りする。

 しかし3打目でちょうどこちらに前蹴りしてきた美道の鉤爪にぶつかった。

 驚いたことに殆ど手応えなく鳥人間の鉤爪が砕け散り、緑のモヤモヤが霧散した。

 やった!私ってもしかして強い?


 しかし私が喜んで動きを止めている間に、美道の鉤爪は逆再生するかのように生えてきた。

 私は再生した鉤爪でみぞおちを蹴られ、壁まで吹き飛んだ。

 どうして?さっき鉤爪を壊したのに。


(だから戦闘は魔力の削り合いにゃんにゃ。魔力がある限り再生するし、こっちの魔力がなくなる前に殺らないと殺られるにゃ)


 私は蹴られたお腹を見た、一瞬黒いモヤモヤが煙のように立ち上がって消えていくのが見えた。

 怪我はしていないが魔力を削られたようだ。そして魔力がなくなると私は死ぬ?

 ブルリと悪寒が走る。手が震えて武器が手から落ちた。


 うう……怖い。もし負けたら?逃げる?また下を向いて暮らすの?魔法を覚えて変われると思ったのに。

 美道は私が怯えているのが分かったのか、いつものように嗜虐的な笑みを浮かべた。


(何してんにゃ。武器を拾って戦え!このっこのっ)


 頭の上から黒猫がペシペシ私の頭を叩いた。

 痛い痛い、普通に痛い。地味に爪が伸びていて痛い。


(お前はわたしにゃ!わたしが戦えるんだからお前も戦えるんにゃ!早く立て!このっこのっ)


 痛い痛い、美道に蹴られるより痛いんですけど!

 額を抑えて顔を上げる。

 美道は相変わらずニヤニヤ笑っていた。

 その笑みを見ていると、フツフツとどす黒い怒りが湧いてくる。

 なんで私はばかりこんな目に合うんだ。ふざけるにゃ!


「笑うな!いつもいつもムカつくんだよ!」


 私は黒く光る武器を拾って再び鳥人間に突撃した。

 蹴られても大して痛くない。だったらやるだけやってやる。

 叫び声を上げながら滅茶苦茶にモーニングスターを振り回す。

 棘鉄球は全然当たらない。それどころかカウンターで蹴られるが、私は愚直に何度も突進した。


 しかし魔力切れだろうか、蹴られるたびに酷い頭痛がしてきた。体もかなりダルい。もう少しで限界な気がする。

 なんで私の攻撃は当たらないのだろう?自分の荒い呼吸音が聞こえる。


(なにしてんにゃ!もっと相手の動きを見ろ!)


 ペシペシと額に当たる猫パンチが鬱陶しい。

 何度も蹴られたせいか、私は冷静に考えられるようになってきた。

 美道の動きを見る。美道は私の攻撃を軽く後ろに下がってかわすと、素早く前に跳躍して飛び蹴りをしてきた。

 私は蹴りを受けて吹き飛ぶ。


 ……そうか、もっと近づかないといけないんだ。

 私は無意識の内に美道にビビってギリギリの距離から攻撃していた。だからちょっと後ろに下がるだけで簡単にかわされるんだ。

 もう一歩踏み込んで攻撃するんだ。蹴られるのを恐れるな。捨て身で攻撃しろ。


 私は美道に突き進む。再び鋭い鉤爪で蹴られたが、私は踏ん張ってその場で耐えた。

 脇腹が抉れるが気にしない。どうせ痛くない。

 私は一歩踏み出して、お返しの棘鉄球を美道の胸部に叩きつけた。

 やった!当たった!


 美道は叫び声を上げて、私を蹴り飛ばした。

 また吹き飛ばされたけど、なぜだろう?さっきより全然体が軽い。まだまだ戦えそうだ。

 ふと手元を見るとモーニングスターの先端が緑色に光っている。


(闇の特性は吸収にゃ。相手の魔力を奪い取るんにゃ)


 そうか、魔力が回復したんだ。だから気分が良くなった。私の攻撃で美道の魔力を奪ったんだ。

 だったらやることは一つ。

 蹴られて魔力を削られるけど、その後殴って魔力を奪う。蹴られて殴る。蹴られて殴る!


 何度も同じことを繰り返すと、いつのまにか美道のニヤニヤ顔が困惑顔に変わっていた。


(いいぞ、魔力が回復してきた。お前は狩人にゃ。鳥なんて切り裂いてバラバラにしちまうにゃ!)


 そうだ。私は冷酷な狩人だ。爪もあるし牙もある、断じて獲物なんかじゃない。


「たかが鳥のくせに、いい気になるな。お前こそ私の獲物だ!」


 私は雄叫びを上げながら突進した。さあ蹴ってこい、お前の頭を砕いてやる!

 しかし美道は蹴ってこなかった。鳥人間は後ろを振り向いてヨタヨタ歩き出した。

 なんだ?もしかして逃げようとしているのか?ふざけるにゃ!


 私は美道に飛びかかった。本能的に左手を伸ばすと指先が黒い爪に変化した。

 美道の喉を鷲掴みにして爪を食い込ませる。そのまま美道に飛び乗って羽交い締めにした。

 もんどりうって地面に倒れると、私は美道に馬乗りになった。

 モーニングスターを逆手に持って先端から突き落とす。

 美道の頭が砕け散った。しかしまた直ぐに顔が再生する。美道が怯えた目で私を見ている。


「うわああああああ」


 私は絶叫を上げ、夢中になって頭を砕いた。

 これは私をいじめてきた分!これはポムポムの分!これは何度も蹴られた分!

 何度目かで美道の体が発光した。

 美道の頭から小さな緑色の鳥が飛び出し、黒猫が空中でキャッチして捕食した。


 なんだ?良くわからないけど今がチャンスだ!

 私がもう一度鉄球を振り下ろそうとすると、誰かが私の腕を止めた。

 凄い力だ。腕が全く動かない。振り向くとそこには昨日出会った男がいた。ユウキだ。


「もう勝負はついた。君の勝ちだ」


 そうか、私、勝ったんだ。

 気づけば美道は既に人間の姿に戻っている。

 急に疲労感が襲ってくた。呼吸がかなり乱れている。モーニングスターが床に落ち消滅した。


 窓から涼しい風が吹いている。

 外を見ると、美しい夕日が差すところだった。もうすぐ夜がやってくる。

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