パラフィン紙、翻訳、いつか来る日
多くの専門書は箱入りだった。
箱から恐る恐る引き抜くと、丁寧にパラフィン紙がかけられている。
値段は一冊一万円超えているのもざらで学生が気軽に買えるものではなかった。
別の分野の専門書にはもう少し安いものも多かった。
それでも数千円は普通にした。
若い頃、日雇いで肉体労働のバイトをやっていた。
真っ黒すぎて今となっては存在が許されていないだろう日雇いバイトは交通費も出なかったし、給料も事務所に取りに行かないといけなかった。
事務所の近くに大きな書店があった。
中に入る。ほしい本を見つけてしまう。
帰りに美味いものを食べようと思っていたのに、本一冊買っただけで懐はすっからかんになった。
コーヒー牛乳くらいしか買えねーわ、私は心の中でつぶやく。そして、コーヒー牛乳を美味そうに飲んでいる人を横目に何も買わずに帰る。
最近の専門書は昔ほど豪華な装丁ではないものも多い。
それでも高い。
本が高くなるのは需要と供給という市場原理の結果だ。
千部出るかわからないような学術書は割に合わない。自費出版に近い持ち出しもあったりする。出版助成金などというものすらあったりする。
昔、一度だけだが翻訳仕事の打診がきたことがある。
印税五パーセント、定価がおそらく八〇〇〇円前後で千部いかないだろう。著者とのやりとりをする必要がある専門書を四〇万円。
ある分野の専門知識がある者が望ましいということで、翻訳を生業とするわけではない私たちのところに話がきた。
誰も手をあげなかった。若手がそんなものに手を出しても、評価もされないし、儲かりもしない。まぁ、企画はポシャったようで、その本はいまだに出ていない。
さらに昔の話だ。外国語習得に関する本を読んだことがある。
書名は忘れてしまったが、外国語の達人クラスの人たちが自分の語学習得体験記を語るというものだった。
その中にあったピーター・フランクルの話を最近思い出した。
数学の入門書を読むために外国語を習得したみたいな話であった。
◯◯語のほうが安く読むことができる、☓☓語版はあっても母語には翻訳されていないとか、そういう話だったはずだ。
日本だとそこまではいかないだろうが、それでも専門書は翻訳されないことのほうが多い。
そうなると結局自分で外国語を習得して、原著かさもなければ英訳で読むしかなくなってくる。
まぁ、これはしょうがない。そのような分野を専攻することにした自分の責任である。
ただ、先日、日本語化されていないゲームを買ってしまった。
剣と魔法と銃の世界、謎の島、もう雰囲気だけでめろめろになってしまったのは、随分前のことだ。
もう少し詳しく調べようとしたら、翻訳は質の悪い機械翻訳にかけただけですませたらしく、ゲームの進行にも支障が出るレベルだったらしい。
後にそれはゲームの進行ができるレベルにまでは改善されたというが、私がもっているゲーム機で発売されているのは、そもそも翻訳版が出ていないらしい。
ロマンス諸語話者っぽいなまりのある英語の聞き取りはまぁ無理(そもそも、なまりがなくともいんぐりっしゅとかききとれねぇ)だが、文字ならばなんとか追えるかしらんとか悩み抜いて、買った(けど、まだ積んである)。
これから、そういうものがどんどん増えていくのだろう。
翻訳ソフトがAIでがんがん進化してくれるのがはやいか、私の英語苦手意識がなくなるのがはやいか。
斜陽の国で私は今日も英語にびくびくしながらコントローラを握りしめるのである。
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