異世界転移ものの思い出

 実は幼き頃、当然、なろうやカクヨムが存在しない頃、異世界転移ものを読んだことがある。

 古典ではなく、軽めのSFないしはファンタジーの翻訳だったが、今となっては題名もおぼえていない。

 大学でダンジョンズ&ドラゴンズ(注)らしきゲームのセッション中、気がついたら、ファンタジー世界に飛ばされていて、自分が使っていたキャラクターになっていたというものである。

 転移に適応して、そこでの生活を謳歌するものもいれば、適応できずに苦しむものもいるという話がとても印象的であった。

 とりわけ印象的だったのは魔法を使う職業二名の顛末である。

 どちらも魔法を使えずに苦しむのだが、その原因はゲーム世界のルールで、対処の仕方も異なるのだ。

 魔法使いの魔法は自身の呪文書から記憶するもので、使うと記憶から消えるという仕組みである。

 毎晩呪文書を紐解いて頭の中に入れ直さないといけないのだが、その呪文書が転移のゴタゴタで消失してしまう。

 今記憶している魔法を使ってしまえば、ただの非力な男でしかなくなってしまう魔法使いは、必死に大都市にたどり着き、図書館で新たな呪文書作成のために必死に書写をするのである。

 こちらは適応できた例で、適応できなくて苦しむのは僧侶役の女性である。

 僧侶の呪文は信仰で神から与えられる恩寵なのだが、そもそもゲーム世界の神様にプレイヤーが信仰心など持つはずもない。

 信仰をなくした僧侶に恩寵は与えられず、ロールプレイング的に中年の女性僧侶を演じていた彼女(大学生)は突然老いた体に閉じ込められ、苦しむわけである。

 最終的には恩寵を取り戻す、すなわち、適応するわけだが、どういう経緯でそうなったのかは、もはやおぼえていない。

 異世界転移の黒幕は、ダンジョンマスター(ゲームのシナリオ作成や管理をおこなう進行役)の大学教授で……みたいなところで終わって、次はどうなるかとわくわくしていたが、次巻は少なくとも私が気になっている間に翻訳されることはなかった。ただ、今でもたまに思い出す。どなたか書誌情報をご存じの方がいらっしゃれば、教えていただきたい。


 長じて小説投稿サイトを知ったが、そこに入る前にもやはり異世界転移ものの小説を読んだ。

 こちらは著者も題名もおぼえている。

 恒川光太郎の『スタープレイヤー』シリーズである。

 一〇の願いとともに異世界に転移する人々の話で、欲望にまつわる寓話めいたエピソードが多数あって、常にどこか切ないものであった。

 印象的なのはアイドルたちが共同生活する家で、そこの主人はおそらく欲望の対象を呼び出したあげくに殺されてしまっただろうみたいなのである。

 

 で、その後、自分も投稿小説サイトにたどり着いて、皆もすなる異世界転移小説といふものを、吾もしてみんとてするなりと書き始めるわけである。

 とはいえ、原体験が上の通り、適応できないとか力に振り回されるとか、その手の話ばかりであり(なおかつ、私が地獄めぐり的な話が大好きということもあり)、適応できなくて苦しむ話になってしまっているわけである。


注:ダンジョンズ&ドラゴンズ、テーブルトークRPGの元祖みたいなやつである。それぞれが冒険者をつくり、その役を演じながら遊ぶ。六面だけではなく四面、八面、二十面といったたくさんのサイコロが飛び交う。

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