君の瞳に乾杯

 相手をじっと見つめるという行為にはいくつかの大きく異なった意味がある。

 私はここで主に犬の話をするつもりだが、犬に限ったことでもない。


 飼い主と犬が見つめ合う。

 アイコンタクト、あれは犬本犬の社会性、相手との信頼関係があって成立するものである。

 犬同士の見つめ合いは、実はヤンキー文化に似ているところがある。

 いわゆる「メンチきる」というやつだ。


 太郎丸(仮名)は、幼い頃から「かわいいかわいい」と声をかけられ、見つめ続けられた。そのおかげか、人に見つめられるのを気にしない。犬に関してはちょっと厳しめである。

 一方、次郎丸(仮名)は、犬に見つめられるのは気にならず、人に見つめられるのが得意ではないらしい。嫌というわけではない(むしろ、嬉しいときもある)ようなのだが、興奮して吠えてしまう。

 ここには先述のように嬉しさ的なものが多分に含まれているが、吠えられた人にそれは伝わらないことがほとんどだ。

 大変、申し訳ない気になる。


 犬慣れした人は、そこらへんがわかるので、かまわず近づいてくる人もいる。

 先日、散歩の際に小学校低学年くらいの子が近づいてきた。

 メンチを切られたと感じたのか、はたまた挨拶をしているつもりなのか、次郎丸(仮名)が吠え始めた。

 女の子は「かわいい。触っていい?」とこちらに問う。

 良いよと言ったはいいものの、これだけやかましいと触る気も失せるのではないか。

 

 そう思ったが、それは杞憂だった。

 「おばあちゃんちに同じ犬種の子がいるの」

 女の子はずいずいと次郎丸(仮名)のほうに近づくと、自分のにおいをかがせてから、触り始めた。

 「うぉんうぉんうぉーうにゃんうにゃんぐぅぐぐぅわぉん」

 次郎丸(仮名)は吠えながら甘えるという器用なことをはじめ、最終的にはぐぅぐぅと喉を鳴らしながら転がる。ちなみに太郎丸(仮名)は、自分は関係ないとばかりに芝の上でのシバ犬へのクラスチェンジに余念がない。


 太郎丸(仮名)は、褒められ続けてきたせいでツンデレになってしまった。

 かわいいと言われてもよほど機嫌が良くなければ見向きもしないだ。

 「かわいい? そんな当たり前の言葉でボクの背中を撫でられるとでも思ってるのですか?」

 彼は撫でようとする人々をわざわざ背中をかがめてまですり抜けていく。

 そんなツンデレ野郎も幼い頃はそうでもなかった。


 デビューの頃は、子犬で当然可愛いといわれつづけるのだが、それでも「かわいい」の蓄積的にもまだそれが当たり前になっていない時期である。

 この頃、公園で散歩していた時に、小さな子にかわいがってもらったことがある。

 沢山の人に触ってほしかった時期でもあったので、触ってもらったし、おやつもあげてもらった。リードをもってみたいというので、太郎丸(仮名)のハーネスを押さえたうえでリードを手渡す。

 きらきらした瞳で子どもを見つめる太郎丸(仮名)、こいつはこの目でカジンを殺して家に乗り込んできたナチュラルボーンキラーである。

 

 「やだやだつれてかえるー」

 案の定、リードを持ったままダダをこねる子。

 一緒に歩いていたお父さんがなだめるのを待つ。

 少し申し訳ないことをしてしまった。

 でも、君も将来、犬飼いになるんだよ。

 待ってるぜ。

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