大事な言葉の意味を知った日、気持ちを伝えられる幸せ。エルとずっと一緒に。

 九月八日。

 朝。


 教会の尖塔にある一室。

 朝の光を一身に受ける特別な部屋。朝の光はエルー神の祝福であり愛である。

 代々カナリア帝国に嫁する人間は婚姻の儀の前にここで身を日に晒す事で身を清めた後に身支度をする習わしである。メイベルもその慣例にならい。窓を開け放ち、一糸纏わぬ姿で、光と風を浴びている。

 はじめは光の中に浮かぶ影十字のようであった。

 しかし段々とその影は薄れる。光と風という形で神の祝福を受け、メイベルの体自体が光放つようになる。

 これは常ならざる事態であった。

 過去に類を見ない。あくまで儀式的に光の祝福を浴びるだけである。

 しかし神の子メイベルは違った。

 神の祝福がメイベルの前途を照らすようにメイベル自身を光り輝かせた。


 一人きりの部屋の中。

 己が放つ光が落ち着くまで待ってからマイラを呼ぶ。


 入室したマイラは一糸まとわぬメイベルがほんのり発光して見える事に驚きながらも、己の職務を全うすべく動き始める。普段であればメイベルの美しい肢体はマイラを興奮させるが、今は不思議と全くそのような気持ちが起こらない。メイベルの神気宿る光を浴びてマイラの煩悩は昇天していた。煩悩を無くしたマイラがマイラたるかは置いておいてマイラの技術は抜群である。

 その持てる全てを捧げて職務を全うし。


 純白のドレスに身をつつみ、完成したメイベルの姿はまさに女神の誕生であった。


 そこで扉が叩かれる。

 カイエルである。

 マイラが厳かにどうぞと入室を許可すると扉自体が慌てふためいたような音をたてて開いた。


 開き、一歩入った途端。

 カイエルの動きは止まる。


「ベル」


 名前を呼ぶために口を開いただけでその足は動かない。


 窓からは朝日が差し込む。その前に据えてある椅子に座っているメイベル。

 光の中にメイベルが浮かんでいるようで、もはや宗教画のようですらある。


 カイエルはその姿に思わず息を吐いた。


 デコルテの大きく開いたドレスは豊かな胸の上部分あたりから体のラインに沿って膨らみ腰元へ向かって綺麗にラインを作り出している。女性特有の魅力を余す事なく発揮している。

 だが。

 それより何より特筆すべきはやはり脚のラインであろう。太もも辺りはピッタリと脚に沿ってラインを美しく出しながらも、後ろ側は大きく長く広がって裾を引きずる形になっている。両サイドには深めのスリットが入っており前側は前掛けのように垂れ、スリットからチラチラと見えるふくらはぎが刀のように光を放つ。


「エル。きて」


 動かないカイエルをメイベルが呼び込む。


「ああ」


 メイベルの誘いにもどこか上の空で光に浮かぶメイベルを見つめながらも、室内に足を踏み入れて一歩ずつ進む。その一歩毎にメイベルの美しさはいや増し、その一歩毎に美をカイエルは褒めたたえる。


「眉が普段よりキリッとしてるね」


「そう」


「ああ、まつ毛が上向いている」


「うん」


「そのせいか、普段よりも瞳が大きく感じるよ。吸い込まれそうだ」


「危ない?」


「ああ、危ないな。このまま吸い込まれたら、その桜色でぷっくりとして普段よりもツヤツヤのくちびるに囚われてしまうよ」


「だめ」


「だめって言うそのくちびるは、だめって言ってないと思うよ」


 などとわけのわからない事を言いながら。ここでメイベルの返事を待つ事をやめた。


「潤んだ目も」「色づいた頬も」「金色に光る髪も」

「全部が俺を呼んでいる」


 畳み掛けるように言葉を放ちながら同時に歩を進めたカイエルはメイベルの前に立つ。

 椅子に腰掛けているメイベルはそんなカイエルを上目遣いで見つめている。美しく飾ったメイベルを見るのは顔合わせの時以来で心臓が早鐘のように鳴っているのがわかる。


 すでにカイエルは美しいくちびるに囚われていた。


 すうっと。

 我慢できずにメイベルの顎を軽く持ち上げ、口づけを落とそうと腰をおる。

 が。メイベルの両手の人差し指がバツを作ってカイエルのくちびるに当てられた。


「だめ。後で」


「ベル。どうしてもダメかい? こんなに美しくて可愛い妻への口づけを俺が我慢できると思う?」


「エルは強い。できる」


 確信に満ちた瞳が返ってくる。己の婚約者。もうすぐ夫となる男を信じて疑わない純真な瞳。


「ぐ。ベルにそう言われてしまうと我慢せざるを得ない……」


「えらい。エル。えらい」


 そう言いながら腰をまげたままのカイエルの頭を撫でる。整えてある茶色い髪からは少し硬めな感触が返ってきて、メイベルとしては少し不服であるが、しかしカイエルは大満足である。毎夜のなでなでタイムからわかるようにメイベルに撫でられるのはカイエルにとって特別な行為なのである。暴走気味の心と体が自然と落ち着くのを感じる。


「ありがとう、ベル。おかげで落ち着いたよ。さ、そろそろ時間だ。行こうじゃないか」


 カイエルは姿勢を正して、メイベルの前に直立姿勢で立ち、白い手袋に包まれた手を差し出す。


 その姿は皇帝である。

 メイベルも美しく飾られているが、今日はカイエルもである。

 カナリア帝国を象徴する。

 南にある水の海と北にある稲穂の海。

 青色と黄金色。それを基調にした式典用の服を身に纏っており、ビビットな色みがカイエルの潮風にやかれた肌を美しく際立たせ、軍服に似た形はカイエルの逞しい身体をとてもよく映えさせていた。

 つまりはそれはとても美しく。

 メイベルの大好物である。


 カイエルの手を取り、立ち上がったまま、見惚れた表情で呟く。


「エル。いつもより。うつくし」


 惚けたその表情は隙だらけであり、メイベルを美しいから可愛いへと変化させる。

 つまりそれは純粋に可愛らしく。

 カイエルの大好物である。


「くぅ、折角口づけを我慢できたのに! そんな可愛い顔を見せられたら! もう!」


 こりずに立ったまま口づけようと顔を傾けるカイエル。


「ダメ。エル。後で。行こう」


 そんなカイエルをすっとかわす様に傍によけ、メイベルは一人扉へと進んでいった。

 そんな後ろ姿をカイエルは見つめて呟く。


「おれの。が、がまん……が……」


 ため息をひとつこぼした後、美しい後ろ姿に視線を奪われながらも、カイエルはゆっくりとメイベルの後を追うのだった。



——————————————————————————————



 神殿は人と喜びと祝福に満ちあふれていた。


 神の子であるメイベルが半年以上ぶりにこの国を訪れ、さらに婚姻の儀を結ぶというのである。エルー教の信徒において、これ以上の祭りがあろうはずもない。またエルー神聖国では教皇とカイエルの親交が深い事は周知されており、近隣諸国の中で唯一暴虐皇帝としての誤認が払拭されている側面もあってかカイエルの人気は殊の外高い。

 そんな二人の婚姻の儀は教皇の言葉によって幕を開ける。


「みなさん」


 静かな。だけど広い神殿全体に響く呼びかけにざわめいていた神殿はすうと鎮まる。


「この佳き日に。かねてより親交のあるカイエル皇帝陛下と。私と同じくエルー神からの加護を受けし神の子メイベル・シュート令嬢の。婚姻の儀を執り行える幸福を。私は朝からずっと考えていました」


 会場からああ。と賛同の息が満ちる。


「ご両名の人生は決して平坦ではありませんでした。カイエル陛下は人生の全てを帝国の改革に捧げてきました。その道には強敵が多く皇帝陛下の行いを嫌い蔑む人間も多かった。いまだ陛下は道の途中ですが。現在の帝国の繁栄はカイエル陛下の歩いた道の上にあります。他国の話ではありますが、このエルー神聖国でもその恩恵を賜っています。カイエル陛下に感謝を」


 教皇の呼びかけに会場が感謝の唱和が満ちる。


「神の子であり、我らが同胞であるメイベル嬢の人生もまた平坦ではありませんでした。クリード王国により神の加護を私欲に使われ。それだけでは飽き足らず国家をあげて神の子を蔑み。人以下の存在として喧伝しました。それは国民にまで浸透し、守護されている身でありながら神の子を穢れと呼称して避けてきたのです」


 会場はざわめく。

 半年前に自分達の前に姿を現した神の子メイベルはとても美しく。全身から神気を放ち、穢れない存在としか見えなかった。それをどう見てどう感じてどう考えたら穢れとなるのだろうか。その場の全員が憤った。


「そう。みなさんの思いは正しい!」


 穏やかな教皇にしては珍しい強い言葉。


「ですから。その分。今日の婚姻の儀を幸せに満ちたものにするべく。みなさんの祝福と祈りをお願いいたします」


 教皇が頭を下げると会場にいるすべての人間が祈りを捧げるべく手を組み合わせた。

 それを確認した教皇が大きく腕を広げて言う。


「カイエル皇帝陛下、メイベル・シュート令嬢。御入室」


 その言葉に合わせ扉が開く。


 先には二人の男女。


 剛としたカイエル。

 凛としたメイベル。


 カイエルの腕にメイベルの手がかかっている。


 二人はゆっくりと。だが確実に神の道を歩き、教皇の元へと向かう。


 教会の窓からは燦然と光が降り注ぎ。

 信徒からは祝福の声と祝いの花びらが舞う。


 それら全ては重力を失ったかのように神殿の中空を舞い踊る。

 幻想的で神聖的な風景はこれから二人が進んでいく道を象徴するかのように美しく暖かい。


 そんな道を二人は歩む。

 しばらく進み。教皇の姿をはっきり視認できる辺りまで進んだ頃。


 真っ直ぐに前をむき、歩いていたカイエルが、ふと思い出したように口を開く。

 威厳は保ちながら目線は逸らさず小声である。


「……ベル」


「なに?」


「言い忘れた事がある」


「なあに?」


「俺の中で当たり前になってしまっていたから言い忘れていたんだけど……」


「うん」


「……あ、なんか不安になってきた」


「早く」


「うん……あのさ……俺と……その……結婚してくれますか?」


「なに?」


「えっと……プロポーズ、だけど?」


「そう」


「え? そう。ってなに? 返事もらえない?」


「後で。教皇。いる」


「は!? もう?」


 日本語的な間も。英語的なタイミングも。全てにおいて抜けたプロポーズ。

 ここまで完璧に婚姻の儀を準備万端に整えていたのに。

 肝心のメイベルに関してだけは締まらない皇帝である。


「皇帝陛下、こちらへ」


 祭壇に向かって右側へと案内される。


「メイベル嬢、こちらへ」


 祭壇に向かって左側へと案内される。


 そこから婚姻の儀は厳かに始まった。


 教皇の進行に従って、代々帝国に伝わる海の青色の宝石がはまった指輪と、稲穂の黄金色の宝石がはまった指輪をお互いの指にはめあい、メイベルを皇后と証明するティアラをカイエル自ら戴冠させ、教皇からの言祝ぎを受け、エルー神に誓いを立てる所までつつがなく進んだ。


 後はお互いへの誓いとして、口づけを交わせば、婚姻の儀は終了となる。

 ここまで進んでおきながらカイエルは気が気ではなかった。


 普通であればプロポーズを忘れて婚姻の儀に臨む事などない。

 しかもよりによって婚姻の儀の最中にプロポーズをするなどという不始末。

 野暮の極みのような行為だったのはわかっている。ここまで来たら君の気持ちはわかっているよ。黙って俺に着いてこい! と、プロポーズなどするべきではなかったのだろうか。いやでもそれはあまりに不誠実だろう。女性にとってプロポーズとは一生に一度の甘い思い出になるべきものだ。それを俺はああなんて事をしてしまったんだ。準備にばかり気が急いてプロポーズを忘れるとは。幻滅されただろうか。だから返事をくれないのだろうか。ああベル!


 婚姻の儀の最中。


 つつがなく式の進行に従いながら、並列思考でずっとこんな事を考えていた。

 お前はその並列思考でプロポーズの言葉を考えておくべきだったな。


「では誓いの口づけを」


 教皇の声が厳かに響く。


 カイエルとメイベルが中央で向き合う。


 メイベルは相変わらず無表情で。

 それでもなお美しく。凛として立ち。全身から神気が薫る。

 前室でおあずけをくらったくちびるは祝福の祈りを浴びて更に美しく魅力的にカイエルを誘っている。


 おずおずとメイベルの両肩に手を乗せる。

 一瞬メイベルがピクリとそれに反応する。しかしそれだけで、メイベルの表情は変わらず。肩に乗った手が嫌なのかどうかの判断はカイエルにはつかない。


「ん」


 肩に手を置いたまま動かないカイエルにメイベルはふんと上向き口づけを促してくる。


「ああ」


 あんなに焦がれていた口づけが今は怖い。


 ゆっくりと顔を傾け近づきながら段々と瞼を下ろし、二人のくちびるが触れ合う直前。


 完全に瞼を閉じる。


 そして。お互いのくちびる同士が惹かれ合うように触れあった瞬間。


 急に。一切の音が消えた。


 仕事中にゾーンに入った時のようだが、それとは感覚的に少し違うとカイエルは感じた。

 戸惑いながらも。

 メイベルのくちびるをより深く求める。


 と。


「……聞こえる?」


 声が聞こえた。


 メイベルの声。


 でも口はお互いに塞いでいるのだから。これが物理的な声ではないのはわかる。


「不思議? これね。心の声。エルー神のサービスなんだって。普段のわたしはあまり上手に喋れないから心の中で気持ちを伝えなさいって言われたの。エルも心の中で思えばわたしに伝わるよ」


「な、なるほど? どうしよう。えっと……えーああ。ベル! 大好きだー! こ、こうか? 伝わってるか?」


「ふふ。なに言ってるのエル。エルがわたしを大好きなのは知ってるよ。伝わってる」


「ベルが笑ってる。こんな風に笑うんだな」


「わたしだって楽しい時は笑うよ。エルだって見た事あるでしょう? わたしの笑顔」


「ああ、最近わかるようになってきた。俺と狸同志が馬鹿話をしてる時とかたまに笑ってるよな」


「うん。二人の仲が良くて嬉しい。二人ともわたしの大事だから」


「ベルが俺の事を大事に思ってくれてる。うれしいな。でも……それなのに……俺は、肝心のプロポーズを忘れてしまったんだ。本当にごめん……」


「エル。大丈夫。わたしプロポーズってよく知らなかった。最近、勉強のために本を読んでるの。その中に一般常識を知るための恋愛小説もあるんだけど。そこで初めて知ったくらい。それを読んでもなんでプロポーズが必要なのかは理解してなかったんだ。心でわかり合ってればいいじゃないって。けど……実際されるとうれしいね。プロポーズされて初めて必要な理由がわかったよ」


「え? あ、あれってうれしかったのかい?」


「うん。わかんなかった? うれしいのがみんなにばれたくなくて隠しちゃったからなー」


「お、おれ、怒ってるのかと思ってた……」


「怒ってないよ。わたしがエルに怒る事なんてないよ?」


「ほんと? 俺が意地悪した時とか怒ってない?」


「あ! ……怒る事もあるね」


「ほら!」


「ふふ。嘘。あれは怒ってるけど怒ってない。わたしはずっとエルに感謝してる」


「……ほんとに? だとしたらうれしい」


「ほんと。なにも知らないわたしを愛してくれる。魔獣を狩る事しか出来ないわたしを愛してくれる。みんなに穢れって言われて嫌われてたわたしを愛してくれる。泳げなくたって上手く喋れなくたってなにも知らなくたって。そのままのわたしで良いって言ってくれて。いっぱいいっぱいエルの愛を感じさせてくれる。エルが大好き」


 その言葉に。思わずカイエルから嗚咽が漏れる。


 どこかでカイエルはずっと不安だった。

 自分は心の底からメイベルを愛しているが、メイベルはどうだろうかと。


 態度からは嫌われていないだろう事はわかる。少ない言葉からも愛されているだろう事はわかる。


 でも確証が持てない。


 いつだってメイベルは神の子だ。どこか人間離れをしている。

 ふと。気づいたら何処かへ飛んで消えてしまっているかもしれないと思わない日はなかった。なにせ水の上だって歩けるのだ。その気になったら空を飛んで消える事だってできるだろう。


 プロポーズが遅れた事だって本心では断られる事が怖かったから。無意識で思考の外へと追いやった結果だという事は自分でも気づいている。でなければカイエルの思考からそんな大事が抜ける事なんてないからだ。

 本当ならずっと忘れていたかった。

 でも。土壇場でカイエルの高潔な思考が恐怖を上回ってあのプロポーズになった。


 あんな野暮なプロポーズを。


 メイベルはうれしいと言った。


 それがどれだけ嬉しい事か。


「エル? エル? ……反応ない。あれ時間切れかな? もしもし神様? もう終わり?」


 感動に打ち震え。嗚咽を漏らしたきり黙ったままのカイエルを心配してメイベルが神に問い合わせている。

 それが面白くてカイエルはつい笑ってしまった。


「ぷふ。まだ繋がってるよ、ベル。もしもしって、神様に気安すぎるよ」


「あ、よかった。まだ繋がってた。気安いかな? でも神様ちゃんと答えてくれたよ。まだ切れてないけどそろそろ終わりだって」


「そうか。名残惜しいが、ベルの気持ちが聞けてよかったよ」


「わたしも。エルにちゃんと話せてよかった。戻った先のおしゃべりが苦手なわたしもちゃんと愛してね?」


「ああ、もちろん。俺はそのままのベルが。ベルそのものを愛してるんだ」


「ありがと。プロポーズの返事は現実に戻ってから。ちゃんと自分の口でするね」


「ああ、楽しみにして……」


 プツリと。


 お互いの声が消え。代わりにエルー教の信徒のため息まじりの歓声が聞こえてくる。

 長い口づけにあてられたため息。動かない事を心配する声。仲睦まじい二人を祝福する声。


 それらに耳を傾けながらカイエルはゆっくりとくちびるを離す。


 瞼は閉じたまま。


 余韻を楽しむように。


 ゆっくりと瞼を開ける。


 光に目が眩む。


 まるで目の前のメイベルが光を放っているかと思うくらいに眩しい。


 それでも目を細めているうちに段々と目がなれる。


 そこにいるのはメイベル。


 愛しい人。


 大輪の花が咲いたような笑顔を浮かべている。


 愛しい人。


 その笑顔は。美しいでもなく。可愛いでもなく。そんな物を超越した。

 愛の根源のような笑顔。


「ベルが笑顔だ」


「神様。サービス」


「ふふ。言葉はいつも通りだね」


「うん。聞いて」


「ああ」


 メイベルは笑顔のまま。

 少し恥ずかしそうに顔を赤らめて。

 自分のそのままを愛してくれる人へと。

 心を込めた言葉を向ける。


「エル。わたしと。結婚して」


 カイエルは真剣な顔で。

 愛の根源をそのまま向けられた幸せを真摯に受け止めて。

 初めて見た時からこの人間を愛し続けるだろうと感じた人へと。

 全てを捧げた言葉を向ける。


「喜んで! 俺と一緒に一生を生きよう!」


 二人は同時にうなずいて。

 照れ臭そうな笑顔を浮かべる。


「うん」


 もう一度深くうなずいてから、戻ったメイベルの表情はいつもの表情になっていたが、カイエルにはそれが笑顔だとわかる。愛の根源のような笑顔と同様、心の底から笑っている幸せな笑顔だ。

 わかる今となってはどうしてこれがわからなかったのだろうかと歯痒く感じる。


 こんなに愛に満ちた笑顔がずっとそばにあったのだ。


 そう思うと。急に更なる愛おしさが胸の底から湧いてくる。


 それに突き動かされるようにカイエルはメイベルを抱きしめる。


 強く。

 強く。


 二人が一つになるように。


 抱きしめられたメイベルもそれに応えて強い抱擁を返す。


 深く。

 深く。


 どこまでもお互いがお互いになるように。


 抱きしめあった二人へと降り注ぐ光と祝福はずっと止む事はなかった。


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