サージとピーチの英雄譚。偽書

 春の終わり。

 季節は夏に移りかわろうかという頃。


 大陸北方のクリード王国といえど既に寒さはなく、軽く汗ばむような陽気になることもしばしばある日々。魔境手前の草原にも緑が生い茂り、多数の草食獣が新鮮な若芽を味わうように食んでいた。


 タン。

 タタン。


 軽い音が響く。


 同時に先ほどまで幸せそうに草を食んでいた獣は頭に空いた穴から鮮血の花を咲かせて地に倒れ込む。


「爽快だあ!」


 叫ぶように喝采を上げる一人の男。

 金色の髪を振り乱し、子供のように飛び跳ねる。

 その瞳を暴力の酔いに任せて潤ませたまま、己が命を奪った獣のそばまで駆け寄り、血溜まりで足が汚れるのも厭わず、その獲物に足をのせ勝鬨をあげている。


 勇猛果敢を体現したような男。

 自称である。

 クリード王国王太子。サージである。

 残念ながらこちらは事実。


「素敵です! さすがわたしのサージです!」


 その腕に甘ったるい声でまとわりつく桃色。

 あまりに全てが桃色すぎて、色そのものが人間にまとわりついているような錯覚にも陥る。

 桃色の権化。

 良い意味でも悪い意味でも自他ともに認める。

 クリード王国王太子婚約者。ピーチ・ピッチ男爵令嬢である。


 二人がこんなのどかな草原で何をやっているかといえば。

 もちろん魔獣の掃討である。

 メイベルとの婚約破棄を契機にシュート公爵家の魔境守護の任務は解かれ、その役目はピッチ男爵家の役目となった。任務とともに与えられた領地が魔境に面したこの草原というわけである。

 

 メイベルが担っていた魔境守護はピッチ男爵令嬢のピーチが代わる事となったが、ピーチに良い所を見せたい王太子は当然ピーチにそんな事をさせられないと言い出した。

 俺がやると。言い出すわけで。

 もちろん王太子がそんな危険な任務に就く事は推奨されない。と言った所でサージ王太子が癇癪を起こすだけだ。公爵家との婚約破棄を止めなかったような王家が、この程度の王太子のわがままを止めるわけがない。

 その結果、重装備の兵器に身を包んでの草原での狩りである。

 王家も本人たちもここが魔境だと信じきっているから大層満足である。


「魔境とはこの程度か! 魔獣とはこの程度か! 弱い! 弱いぞう! ハハハハハハハハ!」


 金色はもう大喝采である。


「ええ、サージ。これなら魔境の深層だって容易に攻略できますよ」


 桃色ももううっとりである。


「ピーチもそう思うか?」


「もちろんです」


「俺もそう思う。あそこに見えているのが魔境の深層であろう?」


 そう言って指差すのは魔境の玄関口である。

 イラッシャイ。


「そうです」


「ピーチは既に入ったのだろう? どうであった?」


「少し苦労しましたけど何匹か魔獣を掃討して帰ってきました。わたしでその程度なのだから、きっとサージが行ったなら魔獣は裸足で逃げ出しますよ!」


「カハハ! そうか! 魔獣が逃げ出すか! ならばよし! 今からいくぞ!」


「はい。サージについていきます!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ウッソ森林。

 背が高く葉を横に大きく広げるタイプの木々が多く屹立している。そのため森の中に届く光はごく僅かでとても視界が悪い。正しく鬱蒼とした森で人を寄せ付けず魔境の呼び名にふさわしい。

 普段はコモンクラスの魔獣がそこここで縄張り争いを繰り広げており、魔獣の悲鳴と勝鬨で実に騒がしい森である。


 しかし。

 今は音が消えている。


 教皇はメイベルへと告げた通りに信徒がメイベルへと向けた信仰の力を用いて魔獣よけの結界の範囲をウッソ森林の先の方まで広げてくれていたのである。ウッソ森林に魔獣がおらず、静かである理由はそれなのだが。

 しかしそんな事を知らないこの二人はすっかりサージの影響であると思いこんでいる。


「ピーチの予想通りだな」


「ええ。魔獣が全くいませんね。さすがサージです」


 そう言いながら見るその静けさの上に過去訪れた時の映像が幻視される。


 正直恐ろしかった。

 昏さと瘴気と魔獣の叫び声を思い出すと今でも身がすくむ。

 あの時はピッチ男爵家で雇った高ランク冒険者で周りを守らせ、今サージが持っている高ランク魔獣素材をふんだんに使用したマシンガンを構えながらジリジリと先に進んでいった。

 サージにも告げた通り数匹の魔獣を掃討する事ができた。

 その段で銃弾が底をつき、冒険者たちの怪我と疲労もピークに達していたため引き返す判断となった。

 ピーチ自身に怪我はなかったが、冒険者たちは深く傷ついていた。


 本当はウッソ森林には入りたくなかった。


 でも今はサージがいる。


 ピーチはサージが勇猛果敢な人間だと心の底から信じていた。

 普通であれば信じない。王太子が勇を武を誇る時代は遠く昔の話だ。現在の王ですら戦争を知らない。魔境の守護は古来からシュート公爵家が担っている。王家はそこに口は出すが手も金も出さない。

 そんな人間が勇猛果敢であるわけがなかろう。


 それを信じているのであるから、見た目でなく、脳の中身まで桃色に染まっているのである。


「フハハ。私たち二人の愛の熱量がなせる奇跡であろう!」


「サージぃ」


「ピーチぃ」


 抱擁。

 口づけ。


 あほうではなかろうか。

 魔獣の気配がないとはいえ、ここを魔境の深層だと思いこんでいる人間のやる行為ではない。魔獣ですら生殖行為はたっぷりの安全マージンをもって行うのだ。

 魔獣よりも理性がすっ飛んでいるのは呆れを通りこして感心すらおぼえる。


 たっぷりと二分くらいかけた熱い口づけの後。


 糸引く口を開くサージ。


「しかしこれでは魔獣掃討にならんな」


 それを受けて桃色の頬を紅色に染めたピーチが応える。


「サージの力で魔境深層から魔獣を排除しているのだから掃討しているで正しいんですわ」


「そうか。そうだな! 私の力か! これが! 私の力だ!」


 タン。

 タタン。


 力を示威するよう。上空に向けて銃弾を放った。

 軽く、乾いた音が森に吸い込まれる。


「サージ! かっこいいです!」


「そうであろう?」


 ピーチの熱のこもった応援に気をよくし、残弾を撃ち尽くすまで引き金を引いてやろうと。


 タタタタタタタタ。


 四方へ。


 タタタタタタタタタタタタ。


 八方へ。


 タタタタタタタタタタタタタタタタ。


 撃ち尽くす。


 タタタタン。


「ギャア」


 撃ちおわり間際に樹上から悲鳴が聞こえ、ガサガサと音をたてて何かが落ちてきた。


 ドン。


 地が揺れた。


 予想外の状況に二人は顔を見合わせる。


 そのままどちらからともなく音のした方へ無言でちかよる二人。

 遠巻きから見るに魔獣である。


 サージがその生死を確認するために石を投げるが反応はない。再び顔を見合わせる。サージが無言でピーチの背中を押す。一瞬意味がわからなかったピーチだが、その手が先に近づく事を促す物だとすぐに理解した。サージの冷たい手を握り先頭を切って近づく。

 それは大きく醜いドラゴンのような魔獣であった。

 翼を広げた状態で地に臥しており、その大きさは四メートル以上であろうか。体の長さもほぼそれと同等である。


 見れば頭に数発。片羽根は穴だらけであった。


 死んでいる。


「サージ。これ死んでいます」


「ほ、本当か」


「本当です。サージが討伐したのです」


「俺が、討伐」


 よく確認してみればそれはドラゴンの幼体であった。


「これはドラゴンです。父の商会で素材を何度も見ています!」


「俺が、ドラゴンを討伐?」


「ええ、サージはドラゴンスレイヤーです!」


「ドラゴンスレイヤー」


「はい」


「は……ははは。おれが。そうか……そうか」


 無言で両手を握り締める。

 手にしていたマシンガンが地面に落ちる。


 プロセスがどうであれ。

 ドラゴンスレイヤーである。


 たとえ。


 メイベルへの信仰の力を使用した教皇の力でウッソ森林から魔獣が残らず退けられていた状況であろうと。


 興味本位でウッソ森林にきたが何の魔獣もおらず帰ろうかと樹上で休んでいたところを運悪くサージの銃弾に倒れたドラゴンであろうと。


 そのドラゴンが幼体であったためランクがSRと低く、サージの使用していた銃弾はUR魔獣の針だったため運良く致命傷を与える事ができただけであろうと。


 リザルトとしては。

 ドラゴンスレイヤーである。


 その吉報はサージについている護衛により一瞬で王都に届き、すぐに王都からドラゴンを運ぶための運搬隊がウッソ森林まで派遣された。始めは魔獣におそれをなしていた運搬隊であるが、ウッソ森林の静かな様に驚き、それが王太子の力である事にさらに驚いた。王都にドラゴン素材と共に帰還した運搬隊は大いにそれを酒場で語り、それは吟遊詩人によって王太子のドラゴン討伐物語としてサージとピーチの純愛物語と共に歌われた。


 王家の情報操作によって。


 王太子の凱旋は成ったわけである。


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