第66話
キャンディスもリュカに近づいてマクソンスを排除するために毒を利用したが、その時の要望は「殺さない程度に弱らせたい」である。
その効果はバッチリで、毒だと気づかれないほどだ。
(リュカお兄様はもしかしてマリア様を……自分の母親を殺すために毒の研究を?)
考えすぎかとも思ったが、バチンという重たい音と共に椅子とテーブルが崩れる音が聞こえた。
「──いい加減に無駄なことをするのはやめなさいっ!」
リュカの声が聞こえるとキャンディスが引き止める間もなく、アルチュールが立ち上がり走り出してしまう。
「アルチュール……!」
精一杯の小声で名前を呼ぶものの、あっという間にアルチュールの背中が見えなくなってしまった。
慌てて追いかけるが、アルチュールはリュカの前で手を広げて立っている。
「や、やめてくださいっ、リュカお兄様はできそこないなんかじゃない!とてもやさしい人ですっ」
「アルチュールッ!?出てきたらダメだと言ったじゃないか!」
「アルチュール、ですって!?」
リュカの母親の顔がアルチュールを見て大きく歪んだ。
怒りで震えているかと思いきや、フッと息を吐き出してからニッコリと笑った。
「ああ、そう。納得したわ!あなたが最近、おかしなことを言うようになったのはこの子のせいだったのね」
「いいえ、母上!アルチュールは関係ありませんっ!」
今度はリュカがアルチュールを守るように背に隠す。
マリアはアルチュールの前でも本性を隠すことはない。
やはりアルチュールの立場を見ているからだろう。
キャンディスの前で優しいのは、キャンディスのバックにいるラジヴィー公爵を意識してのことだろう。
(マリア様はわたくしじゃなくて、お祖父様の影をみていたのね……)
皇女として、こういうことは日常茶飯事だったが、こうして目の当たりにすると複雑な気持ちになる。
「前はネズミのように汚らしい格好をしていたけど、最近はキャンディス皇女殿下に可愛がられているとかいないとか……」
「……っ」
「今度はリュカをたぶらかすつもりなのかしら?随分と傲慢なのね」
「母上、僕の話を聞いてくださいっ!」
「許せないわ。神への冒涜よ……!」
リュカの母親の耳にリュカの声は届いていないようだ。
アルチュールはマリアへの恐怖からリュカの後ろにしがみつくように服を握っている。
「いつも一緒にいる侍女はどこにいるのかしら!?話をさせてちょうだい。うちの子に二度と近づかないように言わなくちゃ」
「母上……っ」
「後ろ盾もなく生まれもわからない……汚ったないったらないわ!」
それは時が戻る前の自分がずっとアルチュールやユーゴを馬鹿にする時に使っていた言葉だ。
アルチュールのことを悪く言われたキャンディスは静かに怒りを感じていた。
今ならユーゴを馬鹿にして父が苛立った理由も、ジャンヌがあんな風にキャンディスを睨みつけていた理由もよくわかるような気がする。
どれだけ自分が人を傷つけていたかを改めて理解したキャンディスの心はヒリヒリと痛んだ。
キャンディスは隠れていた場所から静かに歩いていく。
リュカとアルチュールを守るように前に出るとマリアの目が大きく見開かれている。
「ごきげんよう、マリア様」
「……キャンディス皇女様!?どうしてここに」
「随分とリュカお兄様を罵っていたようですが……まさかマリア様のお口がそんなに汚いなんて、わたくし衝撃すぎてお祖父様に教えてあげたいくらいですわ!」
「なっ……!?」
「だって、いつものお姿とは全然違うんですもの」
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