第52話


今のところ関係が変わらないのはマクソンスくらいだろうか。


そしてキャンディスを操り人形にしようとするラジヴィー公爵は「母親に会うことを諦めた」ということで、彼の作戦を潰すことに成功。

思い出すだけでも腹立たしい姑息なやり方である。

あれからラジヴィー公爵から連絡はなく、今のところ不気味なくらい静かだ。


それは皇帝であるヴァロンタンの名前を使ったからだろうが、その効果が切れるのも時間の問題だ。

彼の野望はこんなことで絶対に折れたりしない。

そして皇帝にマナー講師を頼むと言ったことと、母に手紙を届けてもらうと言ったことを思い出してキャンディスは頭を抱えた。


(お父様にマナー講師や手紙を渡してもらうことを頼むのを忘れてしまったわ!)


そう思いつつもこの状況で言えるわけないかと思い直す。

失態ばかり繰り返していたため、頼み事をする雰囲気ではなかったと自分を納得させていた。


(……わがままを言ってはダメだわ。自分でどうにかしないと)


だが何もしなければラジヴィー公爵はまたホワイト宮殿にやってくる。

そうすれば逃げられないではないか。

キャンディスになってから問題が立て続けに起こっているため、すっかり忘れていた。


(次から次に問題が……!もうわたくしにどうすればいいというのよ!)


とりあえず母への手紙はすぐに書いておいて「出そうと思っていた」と言うことをアピールするのがいいだろう。

問題は手紙をラジヴィー公爵を介さずに母に渡すためにはヴァロンタンに頼まなければいけないといことだ。


またあのよくわからない時間を過ごさなければならないと思うと憂鬱だし正直、どんなコミュニケーションを取ればさっぱりだ。

次は不機嫌だとしたら粗相をして殺されてしまうのではないかと思うと不安である。

頼み事をして素直にわかったと聞いてくれるほど、ヴァロンタンが寛容とは思えないからだ。


(ああ……どうしましょう)


講師の件はジャンヌやエヴァかローズに相談してみるとして、母への手紙はユーゴに頼んでみるかという答えに行き着いた。


キャンディスは窓を閉めてから、ゴロリと大きなベッドに寝転んだ。

不安はないといえば嘘になるが小さな積み重ねから頑張ろうと、小さな手で頬をペチペチと叩きながら気合いを入れていた。


(明日もいい日になりますように)


そんな願いを込めて眠りについた。



──次の日に朝食を食べ終わった頃に三人に声をかける。



「ジャンヌ、エヴァ、ローズ……お願いがあるのだけれど」


「なんでしょうか?」


「ラジヴィー公爵と関わりがない講師を知らないかしら?」


「ラジヴィー公爵が関わっていないとなると、かなり少なそうですが……」



腐っていても帝国貴族の一番上の地位にいる公爵家だ。

実際、こんな捻くれているキャンディスが完璧なマナーを身につけられるほどに腕のいい講師たちが揃っていた。

しかし幸いなことに今はもう記憶があるため、そこまで講師たちの手を借りなくてもいいだろう。

エヴァとローズは「私たちはあまり……」と首を捻る中、ジャンヌは頷いてくれた。



「わかりました。声をかけて知り合いにいないか探してみますね」


「ありがとう。ジャンヌ、お願いね」



そして数日後、キャンディスはジャンヌに頼んでラジヴィー公爵の息がかかっていないマナー講師を頼むことに成功した。

ジャンヌの直接の知り合いというわけではないが、ホワイト宮殿に新しく入った侍女の知り合いで、とても教え方が上手いそうで「皇女様に是非」とのことで呼んでもらうことになった。

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