第28話 ヴァロンタンside
「…………ユーゴ、あれはなんだ」
「皇帝陛下、あちらにあらせられるのはキャンディス皇女殿下とアルチュール殿下です」
「そんなのはわかっている。何故、一緒にいるのかと聞いている」
「もしかして皇帝陛下ってば興味津々ですか?二人がこうして一緒にいる理由を教えてあげてもいいですけどぉ」
「……………」
「じょ、冗談ですってば!剣を下ろしてください!首に剣が刺さりますってば!」
「必要なことだけ話せ。ユーゴ」
「はいはい、わかってます。皇帝陛下は冗談が通じないなぁ……すぐ怒るんだから」
再び銀の剣先が向けられるがユーゴは気にすることなく、資料を手に取って戻ってくる。
ユーゴはヴァロンタンが幼い頃から護衛として側にいる腹心だった。
軽口を叩けるのも、ヴァロンタンに意見できるのもユーゴだけだ。
その実力はかなりのもので、ヴァロンタンが皇帝の座に着く前に大活躍を見せた。
暗殺術に長けており、宮殿を陰で守っている。特殊な訓練を受けた『影』を引きいている長でもあるユーゴの部下たちは、宮殿で侍女や侍従に扮して働きながら、情報を集めたり裏切り者をいち早く炙り出して処分している。
幼い頃にヴァロンタンに救われたユーゴは、絶対的な忠誠心を持っている。
だからこそこうしてそばに置いているのだ。
「知りたいのはキャンディス皇女殿下の方でしょうか?それともアルチュール殿下?」
「……」
「はいはい。両方でしょう。わかってますよ」
「早く言え」
「キャンディス皇女殿下の変化は一カ月前からです。噂によると頭をぶつけたことをキッカケに今までとは真逆の性格になりました」
「真逆、だと?」
「はい。報告には今まで二週間持ったことがない侍女が一カ月以上勤めています。今まで邪険にしていたアルチュール殿下と食事を一緒にとりはじめたのもその頃から。食事を共にして今はマナーを教えているそうですよ」
「は……?」
「空腹から丸まっていたアルチュール殿下に躓いて顔面から転んだそうです」
その言葉にヴァロンタンは手のひらで口元を押さえた後に、咳払いをしてユーゴに問いかける。
「アレはアルチュールを嫌っていたのではないのか?」
「そうですねぇ。一緒にお茶をするなんてもってのほか。視界に入ることも嫌がっていました。ですが、そんな態度が一転して周囲の者に優しくなり、食事の好き嫌いもしなくなり、贅沢もしなくなりました。ドレスもクローゼットの中にあるものだけを着ています。最近はアルチュール殿下に服をプレゼントするために商人に掛け合った……と書かれています」
「そんな報告は受けていないぞ?」
「聞かれませんでしたから。皇帝陛下はキャンディス皇女殿下に興味を持ったことはないでしょう?」
「…………」
評判が悪く傲慢で手がつけられない我儘皇女。
ホワイト宮殿の中ではキャンディスは好き放題していたが、それを知りながらもヴァロンタンは今まで黙認してきた。
そろそろラジヴィー公爵に報告するべきかと思っていたが、その必要はなくなってしまったようだ。
アルチュールの生まれを知らないからか『汚れた血』と馬鹿にして煙たがっていたキャンディスだったが、今はアルチュールを可愛がっているように見える。
後継である子どもたちのために宮殿を作ることは後ろ盾があることを示すことと権力の象徴。
故にアルチュールだけに肩入れすることはできなかった。
「今、皇女はいくつだ」
「今は五歳ですよ」
「ユーゴ、どう見る?」
「どうって……急に性格が変わるとは考えづらいですけど、あの姿を目の当たりにすると何も言えませんねぇ」
「そうか」
ユーゴは幼い二人の姿を見ながら楽しそうに笑っている。
キャンディスは帝国貴族の娘、リナとの間に生まれた子供だった。
大切で病弱な一人娘のリナをマクソンスの母が支配する後宮に置くことはせずに、治療という名目で離れた場所で暮らすように仕向けてリナを守っている。
しかしラジヴィー公爵は娘のキャンディスに会いたがっているリナの意見は聞くことなく、キャンディスを自分の操り人形のにするつもりのようだ。
ヴァロンタンは公爵の魂胆を見透かした上で泳がしていた。
確かにリナのあの性格ならば、キャンディスがそばにいて欲しいと言えば無理をしてでもここに留まろうとするだろう。
そしてあっという間に潰されて終わりだ。
クッキーを食べて美味しさに頬を押さえて微笑んでいるキャンディスと、それを嬉しそうに見つめているアルチュールを見ていた。
ユーゴはというと、いつのまにかやってきた影の一人に報告を受けている。
「先ほどキャンディス皇女殿下はリュカ殿下とも接触したそうですよ」
「…………」
久しぶりにキャンディスの姿を認識したヴァロンタンは二人の様子を見ることをやめて部屋の中に入る。
「あれ?キャンディス皇女殿下についての報告は、もうよろしいのですか?」
「今日も退屈な会合が朝から詰まっている。準備するから出て行け」
「はいはい」
「ユーゴ、また何か変化があったら報告しろ」
「まったく、皇帝陛下は人使いが荒いんですから」
「…………何か言ったか?」
「いえ、私は先に失礼いたします」
そう言ってユーゴは一瞬で姿を消した。
ヴァロンタンはもう一度、後ろを振り返ってからソファに腰掛けて、テーブルの上にあったグラスを手に取り口元へと運んだのだった。
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