第9話 慈弐愛/ジニア

ハレルヤ女学園 園芸部 部室にて


「たっだいまーー!」


 女が部室に勢いよく入って来る。


「おかえり。とでも歓迎されたいのかしら?」

「え?なに、もしかしてアシュラ怒ってる?なんで〜?私まだ何もしてないよ。あ、イライラしてるって事はカルシウムが足りてないんじゃない?だめだよ〜。カルシウムはちゃんと取らないと大きくなれないよ。…色々と」


「一言多いのよ!って、なに懐かしい話してんのよー!カルシウムいま関係ないでしょ!…この数日間、連絡もせずどこで何してたのかを聞いてんのよー!アンタ私に話さなきゃいけないことがあるわよね〜。アイツ、正直に答えなさいよ。怒らないから」


「もう、怒ってるじゃん!!てことは正直に言ったらもっと怒られるって事でしょ〜?そんなのヤダよーー」

 園芸部 威薔薇ノ棘 四天王 笠鷺 未唯奈 通称 アイツ。


「だから怒ってないって。私のどこが怒ってるって言うのよ?」

「そういうところ。怒ってなきゃそんなセリフ言わないもん!」

「あのね〜……」


「ちょっ、ストップ。2人ともそこら辺にしとき。これ以上やっても話が進まへんからさ」


「さすが!エプロンさん!私達の事分かってますねー」

「すみません…私もちょっと感情的になりました……」

「それはええねんけどさ、ちょっと私もアイツに聞きたいことがあるねん」


「なんです?あ、もしかして私のスリーサイズですか?もう〜、エプロンさんったら!でも…秘密です。いくら女子同士でもちょっと恥ずかしいじゃないですかー」


 その返答に対して呆れた表情を見せるアシュラ。


「それもええねんけどそっちやなくて、その子誰や?」

「え?あー、そっち…」

「そうよ。私もその話が聞きたかったの。誰なのよこの子?」


 アイツの隣には気まずそうに周りを見ている1人の女子が。


 年は遥やエプロンと比べて少し若いかもしれないが殆ど同じにも見える。


「実はね〜〜この子のことお持ち帰りしちゃった!テヘッ」


「はぁあー!?アンタ、こんな時に何してんのよ!!今がどういう状況か分かってる?アンタの性癖をこんな時に持ち込むんじゃないわよ!」


 アイツに思いっきり掴みかかるアシュラ。


「アシュラ。待ちいって。これ冗談やから。いくらなんでもそんなわけないやろ?な?」

「うん。そうだよ。冗談に決まってるじゃん。少しでも場を和まそうとした私なりの気遣いだよ。こんな時だからこそ笑わなきゃ!ね?」

「…冗談を言っていいタイミングと悪いタイミングがあるでしょうが……」


 やはり呆れた表情は変わらないまままま手を放す。


「じゃあ、そろそろ本当の事話してくれへん?この子が誰なのか?そしてなんでここに連れてきたのかを」

「それは…なんでだろ?私もよく分からないや」


「は?……」


「ん〜。なんで連れてきたかって言われても連れてきたかったから連れてきただけだし。だから別にこれといった理由があるわけでもないからな〜」

「そんな理由でこっちが納得するわけないでしょ!」


「でも、この子めっちゃ優しいし、それにきっとこの世界で生きていく上で絶対私達にとって必要な存在になる。そう私の勘がいってるんだもん。だから大丈夫だよ!」

「あのさ…」


「それならならしゃあないな。ウチも歓迎するわ」

「ちょっ、エプロンさん。いいんですか?そんな理由で決めちゃっても」


「仕方ないやろ。もう連れて来ちゃってるんやから、こっちの都合でいきなり返すのも失礼やろ?それにアシュラも知ってるでしょ。アイツの勘はめちゃくちゃ当たるって」

「それはそうですけど……」


「大丈夫やって。何かあったら私がなんとかするさかい。遥も聞いてたやろ?それでええよな?」


「……私はなんでもいいよ。任せる」


「部長…」


「ほら、遥もそう言ってるやん。それに、私から見てもこの子は悪い子やない。それは私も断言してええで」

「それも自慢の勘ってやつですか…」


「ちゃうよ。私の見る目や。私、人を見る目だけはめちゃくちゃ自信あるねん。だから大丈夫やって」

「……そこまで言うなら私みなさんをを信じますよ。それでいいんでしょう?」

「そういうこと。それなら早速自己紹介してもらおうか?お嬢さん、名前は?」


 部室内の空気に慣れず緊張した様子を見せている。


「あ、ハイ!私、ヤヨイって言います。よ、よろしくお願いします!!」


「アイツとはどこで知り合ったん?」

「アイツ?…ですか?」


「私のことだよ。私のあだ名。エプロンさんもいきなりあだ名で言っても分かるわけないでしょ?」


「そうやな。つい、癖で。ごめんな、紛らわしくて」

「いえ。…皆さんはそうやってあだ名で常に呼んでいらっしゃってるんですか?」


「そうやな。別に意味がある訳でもなんとなくな」

「そう。私達みたいなヤンキーはね、仲間の事を変わったあだ名で呼ぶのが普通なの。理由はなんでか分からないんだけどね」

「そうなんですか。皆さん面白いですね。私その手の類の方達に会ったの初めてで色々と新鮮です」


「……気に入ってくれたのは嬉しいねんけど、質問の答えは?」

「ああ。すみません。えっと、あ、アイツさんとは私が働いている酒場で助けて貰ったのがきっかけで」


「はぁ!?酒場ぁっ!アイツ、それは本当なのかしら?」


 落ち着きを見せていたアシュラが再び声を上げる。


「えぇ…そこ怒るとこ?いいじゃん別に。私はアシュラと違って成人してるんだからさ。それに、この世界ではそういう理屈は存在しないらしいわよ。だから、今度はエプロンさんや、部長も一緒に行きましょうよ!きっと楽しいですよー」

「そういう問題じゃないのよ!!ってかそもそもお金どうしたのよ?私達お金持ってないのにどうやって払うつもりだったたのよ?」


「それはさ……こんな世界だから、ツケとかも当たり前に出来るかな〜って、後はノリで」

「アンタね……」

「でも大丈夫!今は代わりにヤヨイに払ってもらったから」


 笑顔満開でアシュラに頷く。


「あーーーーー……。ごめんなさい。会ってばっかだけど本当にごめんなさい。ウチのバカが本当に申し訳ない」

「バカって誰のこと?」

「そのセリフが出るってことは無自覚ってことね。いいわ。気にしないで…こっちが慣れるように頑張るから」


 そんな様子を見てなぜかエプロンはゲラゲラ笑っている。


「いやいや、そんなの気にしないでください。助けてもらったお礼ですから。このくらい当然です」

「助けて貰ったって…コイツが何をしたっていうのよ?」

「コイツじゃないよっ!!アイツだよ!間違えないでよーー」


「ほら!こんな奴よ!こんなのがどうやって助けるって言うのよ!?」

「……でも、あの時は本当にカッコよかったんですよ。正直、私も今日までこんな人だとは思わなかったくらいには」


「あはは。あーーー、面白い。話を聞けば聞くほど何があったか気になるわー。一体どんな出会いがあったか詳しく聞かせてや?」


「出会いのきっかけはシンプルです。私が強面な常連客に必要以上にウザ絡みされているところを助けてくれたんです」

「うわ。随分ありがちな設定ね。いつぞやのトレンディドラマじゃないんだから」


「でも、本当なんですよ?周りは当たり前のように見て見ぬフリのなかアイツさんだけが声をかけてくださったんです。私それが本当に嬉しくて」

「ちょっとアイツ。それ本当?それ本当にアナタなの?」

「本当だよー!私が嘘つくならともかく私がヤヨイちゃんに嘘つかせるわけないじゃん!」


「それはそうだけど。なんか、信じられないのよねー」

「でも、アイツならあり得ない話でもないやろ。だってアイツなんやから」


「まぁ、そう言われてみれば確かに……」

「アイツは自分が気に食わないことに対しては躊躇がにないからな」


「躊躇も何も、アイツにはブレーキがありませんから。ほら、見てくださいよ。自分の話をされてるっていうのに、こっちには耳も貸さずにずーっとあの子の事を夢中で見つめてるんですから」

「しゃあないやろ。これがアイツなんやから。まだ遥みたいに無茶苦茶やってないだけマシや」


「でも私、アイツさんには本当に感謝してるんです。あの男たちには職場のみんなも困ってましたから。うちで働いてる女性陣はみんなアイツさんに感謝してるんですよ!!」


「アイツが、誰かの役にたった……これって凄いですよ!今までは人に迷惑しかかけてこなかったのに。やっぱり凄い事ですよ、コレ」

「ちょっと驚きすぎやって。流石に言い過ぎ…」


「いやいや。そんな事ないですって」

「そうだよー。エプロンさんがいう通り流石に私に失礼だよ!」


「ゲッ…今のは聞いてたの?」

「当たり前じゃん!!私の事なんだと思ってるのよ!」


「……めちゃくちゃ強い天然バカオバさん」

「ちょっ、オバさんってなによ。いくらみんなより歳上で大人だって言ってもね部長やエプロンさん、アシュラとだってそんな歳は変わらないんだからね。それにバカって誰のことよーー!」


 アシュラとアイツが2人で騒ぎ出す。


「ごめんな……ヤヨイちゃん。こんなに騒がしいとは思ってへんかったやろ?」

「いえいえ。楽しいのは大歓迎です!」


「……大歓迎か」

「え?」


「アンタ、ただの酒場で働く女の子やないやろ?」

「いきなりですね……なんでそう思うんですか?」


 ヤヨイの雰囲気が先程と変わる。


「だってそうやろ。いくら助けられたからって転移者と呼ばれる私たちの本拠地に来るホイホイつい来るって変やろ。だって何を考えてるか分からん奴と呼ばれたからって興味本位で一緒に来るなんて異常やろ。私達の世界でも知らない人にはついて行かない。そんなの子供でも知っている常識や。世界が違ってもそんなんは変わらへんやろ。それに昨日な、この世界の騎士団って名乗る奴が攻め込んで来たんやけど、ソイツらの言ってた事を全部信じるならこの学校がある森はどうやら危険で有名な場所らしいんや。そんな森に連れて来られて来たってのにアンタは戸惑いこそあってもも逃げようとはしなかった。どうしても私はそれが引っかかって気になるねん。それともうひとつは」

「なんなんです?これだけ喋ってまだ、気になる事が?」


「ウチの喋り方に疑問を抱かなかったことや」

「……」


「自分で言うのもアレやけどウチの喋り方はぎこちないしちょっと変やろ。関西出身でもないのに自分のキャラ付けをしたいがために無理矢理こんな喋り方をしてるだけなんやから。それにこの世界にこんな喋りかたをする奴が他におるとはとても思えへん。それなのにや、ただでさえぎこちないこの喋り方にアンタは疑問のひとつも発さなかった。あだ名にはあんなに興味を示したのにね。これはただの私の気にしすぎか?」

「……ご自身がおっしゃった通りただの気にし過ぎなのでは?。皆さんが他の世界からやって来た転移者だという話は聞きました。私が喋り方に疑問を抱かなかったのもその事を知っていたからです。世界が違えば話し方も違って当たり前ですからね。それに私は興味本位で動く事が第一な俗にいう変わった女なんですよ。そんな性格のおかげで友達はいなければ仕事は安定しないし借金で肩は回らないわで大変なんですよー。ですからそれは、ただの気にしすぎです」


「……そこまで言うなら、そういう事にしておこうか」

「はい。そういう事にしてください。それに私は絶対に皆さんのお役に立ちますから」


「ホンマかぁ〜?」

「本当ですよ。職場がら色々な人達と話したり出会ったりしますからね。現地の情報や内政にちなんだ際どい情報まで色々ござれです。この世界を生きていくなら大なり小なり情報は必要でしょ?それにさっきも言った通り私は楽しい事が大好きなんです。そのためなら私はなんでもやりますよ」


 これまたヤヨイの顔つきが変わる。


「ふふっ。オモロイなぁ、アンタ。ええよ。気に入った。好きにしなよ。ウチらも楽しい事は大歓迎や。アンタと一緒ならもっと面白くなりそうやからな」

「何が気に入ったんです?」


 アイツが2人の会話の間に入ってくる。


「ん?私もヤヨイの事を気に入ったって話や」

「でしょ?ですよねー。ヤヨイちゃんめっちゃいい子ですから。エプロンさんなら絶対気に入ってくれると思ってましたから、私の作戦通りですね」

「そうかもなぁ」


 話はまとまり騒ぎも落ち着いた頃。


 部室内で横になりひとり寝そべっていた遥がパッと目を覚まして突然起き上がる。


「!遥どうしたん?急に立ち上がって?」


「部長?」


 仲間の声には耳を貸さず黙って部室内を駆け足で出ていく。


「遥!?…おい、一体どうしたん?」

「部長っ!?」


 部室内にいた者たちも慌てて遥の後を追う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る