第4話 翠威斗陽猪/スイートピー

 そこには甲冑を纏った屈強な兵士が20人ほど。


 その1番先頭に立っている男は分かりやすい程の豪華な鎧を身に纏い皆、俺様顔で堂々と立っている。


 そんな彼らの前に1人の少女が現れる。


「貴様がこの城の代表か?」

「……ああ。そうだよ。でも、城じゃないでしょ。ここ学校だしさ」


「何を戯けたことを。中々念話に応じないと思っていれば、ようやく出てきたのは1人の小娘。もう一度聞くぞ。貴様がこの森に住むこの城の主なのか?」

「だから、そうだって。後、ここは学校だから。ま、私たち学生らしい事は何ひとつやってないんだけど」


「……ガハハッ!そうか。なるほどなぁ。この得体の知れない城といいお前、もしかして転移者だな。それなら、全ての事象に説明がつく。念話に応じなかったのはしなかったんじゃなくて出来なかったからだろ」

「……」


「図星みたいだな。たまーにこの国に現れる転移者や転生者。転生者に会った事はあるが転移者に会ったのはこれが初めてだ。でも、どうやら噂通りらしいな。神によって生まれ変わった転生者と違って、転移者は何処からともなく現れる。そして転移者は魔法や能力が全く使えないって話は本当だったらしいな」

「だったらなに?」


「いや、こんなに大勢で警戒してくる必要はなかったと思ってな。お前らは知らないだろうから1つ教えてやるよ。この森はな、ゲンマノモリと言ってここ周辺では最も危険とされている場所なんだよ。高レベルなモンスターがウヨウヨしていて許可証を持った奴らしか立ち入る事が出来ない危険区域だってことだ」

「説明ありがとう。それなら大勢で来てよかったんじゃない?ここ、危険なんでしょ」


「確かにここは危険だが我らにとっては違うのさ。ここにいる者全員は個人で森の立ち入り許可証を手に入れている猛者達だけだ。そんな我らからすればこの森は都合の良い稼ぎ場所でしかないんだよ。だが、何故かここ最近この森でのモンスターの活動が見られなくなった。現にここに来るまで我らは一度もモンスターと接触していない。こんな事は普通あり得ないんだよ」

「それと私たちは関係ないでしょ」


「かもな。いや、きっと関係ない。我らは最初、この森に突如現れたこの城が今回の異変に関わってると睨んでいた。例えば、魔族や魔物が仕掛けた大かがりな作戦の一部とかな。が、お前のような小娘にそんな大それた事が出来るわけがない。しかもお前達は魔法が使えない転移者。それなら余計に尚更だ。でも一応聞いておくが、どうやってここに来た?」

「さぁね?そんなの知るわけないじゃん。私に聞かないでよ」


「だよな。魔法すら使えない奴がそんな事を知ってるわけがないんだもんな」

「そ。なら終わりでいい?じゃ、用が済んだなら帰ってくれる?私はまだ、寝たりないの」


「だからといってそういうわけにも行かないんだよ。ここまで来て何も分かりませんでした。じゃ済まないんだよ!悪いが一緒に来てもらうぞ」


 カイゼルの気迫が圧倒するが女は動じない。


「イヤだ。それにナンパするならもっと上手いことやりなよ。そんな強引じゃ誰も付いてこないって。ま、どっちにしろ結果は変わらないけど…」

「ナンパ?…よく分からんがさっさとついて来い!後、この城にはお前の他にも女がいるんだろう?いるならそいつらも全員連れて来い。俺達が可愛がってやるから安心しな。抵抗しなければ命は奪わないしこれからの生活に欠かせない仕事も紹介してやるからよ」


 後ろにいる兵士たちから笑い声が聞こえる。


「やっぱりナンパなんじゃん。そんな下心丸見えじゃダメだって。そんなんじゃウチの女達は誰も靡かないよ」

「…御託はいいんだよ。いいから全員連れて来いって!あ、男はいらないからな。後でこの城を制圧する時に一緒に皆殺しすればいいだけからな。それまでに逃げたなら逃げたで一向に構わないが。ほっといても転移者なんて直ぐに死ぬに決まってるからな」


「安心しなよ。ここにそもそも男はいないから」

「…マジか。なら、全員歓迎だ!よし、気が変わった。特別に我らの方から迎えに行ってやるよ。場合によってはそのまま城の中で…」


 機嫌が良くなったカイゼルが学園の敷地を跨ごうとしたが、あと一歩のところで足が届かない。


 目の前に女が道を塞いでいるからだ。


「退け。邪魔だ」

「横を通ればいいでしょ……」


「手間をかけさせるなよ。男より弱い女のお前が抵抗したところで無駄なんだ。さっさと言うことを聞いた方が自分の為だぞ」

「だから、イ・ヤ・ダ!」


「……もういい。お前には飽きた。だったら消えろ」


 カイゼルが女を手にかけ、強引に敷地を跨ごうとした瞬間。


 女の鞭のように撓った鋭いハイキックがカイゼルの頭を直撃する。


 予想だにしない一撃がカイゼルを見事によろけさせて膝をつかせる。


「なっ……にっ…!」

「…もしかして痛かった?これでも結構手加減したつもりなんだけど。でも、アンタ達は頑丈そうな鎧を着ているんだし、制服の私は少しぐらい本気出したって問題ないよね?…」


 そう。さっきまでカイゼルは頭にもしっかりと兜を被り素顔は見えていなかった。


 だが今は、その兜は衝撃で割れてカイゼルの素顔が丸見えだ。


「キサマ……何をした?何故我は膝をついている?そして何故我の兜が割れているのだ!?」

「そんなの、私がアンタを蹴ったからでしょ?」


「そうじゃない……どうやってただの蹴りで我の黒鉄の兜を壊したかと聞いておるのだ!まさか、魔法を使ったのか?それとも固有スキルか何かか。いや、どちらも転移者なら使用出来ないはず……ならどうやって?」

「そんなの私がどっちも使えるわけないじゃん。バッカじゃないの?仮に使えたとしても使い方なんて知らないし、私にはムリ。さっきも言ったけど私はただアンタを蹴っただけ。そこにタネも仕掛けも存在しないのよ」


「……デタラメを並べおって。ただの蹴りでこの我の鎧が傷つく筈がなかろうが!!それどころか我の膝を地面につけるなどなんて屈辱…。キサマ、転移者でなければ魔族、いや、魔人の類か。そうなんだろ?そうだと言え!そうじゃなきゃ我がこんな目に遭うはずがないのだぁッ!!」


 立ち上がったカイゼルは自らの剣を抜き、懲りずに女のもとへと突っ込む。


「チッ…。さっきから勝手に話進めないでよね!!」


 女がカイゼルの剣捌きを冷静にいなしたあともう一発、さっきより強めの一発を顔面に喰らわせる。


 女の蹴りが見事に直撃したカイゼルは衝撃で部下の側まで軽く吹っ飛んだ。


「「副団長ォッ!!」」


「ねぇ、アンタが言ってたこんな目に遭うってこういう事であってる?」

「……キサマっ。小娘の分際で2度も我を傷つけた事を後悔させてやる。お前達ッ、やってしまえ!!」


「「ウオオッーーー!!」」


 カイゼルの部下、約20名が一斉に女を倒すべく前に駆けていく。部下は各々の武器を手に殺る気満々なのが簡単に伺える。


「話を勝手に進める上に自分じゃ無理なら結局他人任せ…。つまらない。しかもこの中で1番格上っぽいアンタがコテンパンにやられかけてるってのにその部下が私を倒せるって思われてるってのが1番つまらないわ。……でも、来いよ。売られた喧嘩は私が全部買ってあげる」


 腕に自信のある男達は女には負けるものかと、息を合わせ一斉に女を襲った。


 が、さまざまな武器を持っている男達に恐れる様子など見せる事なく側に来た男からボコボコにしていく。


 彼らが全滅するのに時間はかからなかった。


 傷ひとつ、ついていない女の足元には傷だらけのボロボロになった甲冑を着た男達が延びている。辛うじて全員息はあるようだが彼らにとってこれがトラウマになる事は間違いないだろう。


「なっ……我らの部隊が全滅だと…。そんな事があり得る訳がない!!相手はただの小娘なんだぞ…それなのに、どうしてなんだ。おい、お前達立て!立つんだ!!この化け物をなんとかしろぉ!!」

「あのさ……」


 さっきの威勢が嘘のように空回りしているカイゼルの側にゆっくりと近づいてくる女。


「ち、近づくな!来るんじゃない!!この化け物!!ど、どっか行け!!」

「さっきからさ、人の事を魔族とか魔人とか。挙げ句の果てには化け物って…。いい加減にしてよね。……私は、ただの人間よぉっ!!」


 女は楽にカイゼルの片足を抱え込むとそのまま勢いよく見事にカイゼルを地面に叩き落とす。


 それはまるでプロレスの技、バックドロップホールドのようだった。


「……ば、けも、のっ…グハッ」

「あとさ、女の子に化け物は酷いんじゃなくって?しかもJKにその言いぐさはないわよ。そんなデリカシーもないから負けるのよ。これに懲りたらちょっとは勉強した方がいいんじゃない?モテたいなら努力しなきゃね」


 女はこれで気が済んだのかそれだけ言い残すと女は校内に戻ろうとする。


「……こ、殺さないのか?」


 辛うじて意識が残っていたカイゼルの一言が女の歩みを止める。


「……死にたいの?それともアンタは私に殺して欲しいわけ?」

「戦って負けたものは死んでいく。それがこの世界の道理だ。…しかも我はそんな勝負に挑んで相手の真の実力すら分からずあっけなく敗北したんだ。そんな我には惨めに死ぬのが相応しい」


「なに?さっきとは雰囲気全然違うじゃん。…もしかして、これがアンタなりの騎士道?とかってやつ?」

「……そんな大したものじゃない。だが、どうせ死ぬなら最後くらいカッコをつけたかったのだよ。……あんな無様な戦いをして負けた奴が言えたセリフじゃないがな」


「それもカッコつけ?」

「かもな……さぁ、さっさと殺せ。我も騎士として覚悟は出来ている」


「…ないよ」

「?」


「私は殺さないよ」

「…何故だ!」


「そんなに死にたいなら1人で死になよ。あ、でも、どうせ死ぬならここ以外でね。色々と面倒そうだから」

「キサマは我の騎士道すら侮辱するのか?!この外道めが!!ひとでなしっ!」


「煩いわね!そんな大したものじゃないんでしょ?それ。さっき自分で言ってたじゃん。だったらそんなの捨てちゃえばいいのに。命の方がよっぽど大事でしょう」

「そんなワガママ許されるわけないだろうが!」


「だとしても、アンタの勝手なプライドで私を巻き込まないでよ。何を言われても私はアンタを殺す気はないから。そこに転がってるアンタの部下達もね。ちゃんとアンタが責任持ってつれて帰りなさいよ!」

「我らを生かすのか?それも全員!?そんな事したらお前達はいつかきっと後悔するぞ!それでもいいのか?」


「しないよ。後悔なんて。そんな事じゃ全くね」

「キサマは強いんだな…それに甘い…」


「ようやく気づいたの?気づくのが遅過ぎ。……負けて生きる事がアンタ達にとって最大の屈辱だっていうのならそれがアンタ達の罰よ。その方が死ぬよりも辛いんでしょ。だったらちょうどいいじゃん。私に負けた事、後悔しながら苦しみな」

「…………くっ」


「でも、死ぬよりも辛くて後悔する事なんてほんとは無いって知るきっかけにはなるかもね」

「……キサマ、名は?」


 女は一度、園芸部の部室を外から眺めたあと、カイゼルの背中を踏み潰しながら質問に答える。


「ぐっ……」


「ハレルヤ女学園 3年 

 園芸部 威薔薇ノ棘 桐生 遥。別に覚えなくていいから」


 そして女は校内に帰って行く。


「ハレルヤ、エンゲイブ……聞いた事のない言葉ばかりだ。よく分からんが、キリュウハルカ。その名だけは覚えたくなくても忘れる事はなさそうだなぁ…」

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