第2章 ハイリスクロシアンルーレット
第14話 スペードのクイーン
今や誰にも使われなくなり放置されたままの廃ビルは、王生学園に通う生徒たちから幽霊スポットなどと騒がれていた。剥き出しになった鉄骨が歪な影を作りだしている。
王生学園は表向き、少し変わった進学校を装っているが、その裏では密かに闇の世界へと送り込むギャンブラーを育成している。故に非合法な裏取引、誘拐、暗殺など、決して表の世界を生きる生徒や教師たちに知られてはならない危険な任務を請け負う特別な部隊が存在している。
その一つ、スペードの称号を持つ生徒によって作られた組織『黒衣の騎士団』の一部が、この廃ビルを拠点としていた。
薄暗い内部には外から持ち込んだ机や椅子、ランプなどが並べられ、中央には不釣り合いなソファも置かれている。
ソファの上には、フリルの多いモノクロのドレスを纏う白髪の少女が座っていた。まるで西洋人形かのような整いすぎる容姿は、誰もが思わず目を奪われる。首や手首には包帯を巻き、二つの意味でどこか痛々しい雰囲気を放っている。
「ねぇ……今何時?」
「午後一時前です。約束の時間まで、あと十分もありません」
「ああ、そう、じゃあ君、下の階から薬持って来てくれる? もう空になっちゃったの」
少女は空のビンを逆さにし、指で軽く摘んでふらふらと揺らす。
「し、しかし……これ以上服用するのはさすがに危険かと」
長身の男は怯えた様子で忠告した。
「あのねぇ……だから飲んでるんでしょ? 今さらそういうのやめてよね、いいから早く薬持ってきて」
苛立ちを帯びた口調と声色で、少女は再び命令した。もうこれ以上の口出しはするなと、間接的に念を押す。
「……は、はい! すいません!」
背筋に寒気を覚えた長身の男は、逃げるように薬を取りに向かった。
少女の名は
本日、午後一時から『血煙の女王』と勝負を予定している。
すると、下の階から数人の仲間たちが駆けてきた。つい先ほど向かわせた長身の男はその中にはいない。
「どうしたの?」
「ハートのクイーンとその仲間が、ビルの入り口に到着しました。こちらに通してもよろしいですか?」
「あはっ、やっと来た。さてさて、例の『血煙の女王』は、その名に偽りなく、私の首を刎ねてくれるか、楽しみで仕方がないな」
剣崎は頬を緩め、顔を僅かに赤らめた。
「きっと彼女なら……この私を殺してくれる。あはっ……あははははっ!」
天井を仰ぎ、高らかに声を上げる剣崎。
いつもの光景だが、周りの取り巻きたちは未だに慣れなかった。死を望む姿は、やはりどうしても自身の常識や価値観から逸脱して見えてしまう。剣崎は仲間の目からも、恐ろしい狂人として映し出されていた。
程なくして、二人の人物が階段を上がってきた。一人は金色の髪を腰まで伸ばした小柄でスレンダーな少女。そしてもう一人は、髪を奇抜な虹色に染めた歪な少年。
見た目の印象があまりにも強いその二人に、剣崎は若干興奮気味に声を漏らした。
「お、おお……これはまた、妙な角度に尖った生徒がいたものだね……」
「てめぇに言われたくはねぇな……」
虹色頭の少年が荒い言葉で返してきた。
「テンプレのように口の悪い少年だ。変わった付き人をお持ちのようね、ハートのクイーン」
剣崎はその隣にいる金髪の少女へと視線をずらす。
「私は皇茜、お前は?」
「自己紹介が遅れちゃったね。私は剣崎刹羅、今回あなたをここに呼んだスペードのクイーンでーす」
「たしか、二年のスペードだったか? 同学年で隣のクラスなのに、顔を合わせるのは今日が初めてになるな」
「私は主な活動が暗部だしね。でも、私はあなたのこと知ってるよ。なんたって、この学園に入学してから一度も敗北してない無敵のクイーンだもん。知らない方がおかしいでしょ」
「たまたま相手が弱かっただけだ。実際、敗北したことがないってだけで、成績はあまり伸びてない。称号だってお前の方が上だろう?」
「私は暗部での活動が成績にも反映されてるから、学園への貢献度の違いね。それに称号の差なんてほとんどないようなものだし、そこはあんまり関係ないんじゃないかな?」
気さくに返す剣崎。
学園の裏で活動している組織の幹部とは思えない印象だった。非常にフレンドリーで、口調も態度も柔らかい。死の象徴と言われしスペードのクイーンを冠にしている生徒とはイメージがまるで違っていた。
「しかし、暗部の活動というのには少し興味があるな。この私をお茶会に誘ったり、こうして勝負を申請したりと、表向きに序列競争を仕掛けている生徒たちと何一つ違わないように思えるが」
「あはっ、たしかにそう見えるかもね。でも、表の世界とは一緒にしない方がいいよ。あっちはあくまでもゲーム……だけどこっちはギャンブル。それも命だって失う……危険なね」
「命を失う……だと?」
「そうだよ。暗部によっては、学園内部に潜む危険因子の排除や裏切り者への粛清なんかを兼ねてたりするグループもあるんだから」
「それはまた恐ろしいな」
「時に、皇さんは命を賭けたことはある?」
剣崎は薄く微笑み、目をぎらつかせた。
まるで、何かを期待しているかのように。
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