第13話 ゴースト


 一見、大したことではないように思える。しかし、あくまでもこれは基礎技術に過ぎない。加えて、マスターしたとしても相手に見抜かれる可能性は高く、安易に手を出していいものではない。二週間で限りなく高い迷彩と技量を手にするのは簡単ではないだろう。


「手先の器用さや、元々の暗記能力なんてのも左右するが、不可能な技術じゃねぇよ。事実、俺はてめぇよりももっと幼い頃にマスターしてるしな」

「呆れるな、そんな頃からギャンブルなどに手を出しているとは」

「くはっ、てめぇに言われたかねぇな」


 久遠は顎を突き出し、煽るように返した。

 すると、皇は突然しおらしくなり、暗い顔で視線を落とした。


「仕方が……なかったのよ……」


 口調がまた変化していた。どうやら、今のでギャンブル状態の彼女からスイッチが切り替わってしまったらしい。


「皇家と王生家は、昔から深い繋がりがあったのよ。だから私は、幼い頃からこの学園に入学して『絵札』の称号を得るようにギャンブルを強いられてきたの」

「へぇ、そういうことか。てめぇが執拗に自分の立場にこだわってたから、妙だとは思ってたけどな」

「けど、私は今まで何の力も得られなかった。どのギャンブルでも、基本的に運良く勝ってばかりで、私は何一つ成長しなかったの」

「そりゃ、勝ててるやつにわざわざ教えてやることなんざねぇからな、ある意味で運が悪かったってわけだ」

「でも、本当はギャンブルなんてしたくなかった。もっと、普通に生きていたかった。けど、私の体にはもうギャンブルの生活が染みついてて、結局やめられなかった。私はただ、当たり前の生活がしたかった。学校で友達と笑い合ったり、どこか遊びに出かけたり、ずっとギャンブル生活で全然楽しくなかったから」


 その時、思わず久遠は声が出そうになってしまった。高望みでもなんでもない、そんな誰もが持っていて当然の小さな願いを、久遠は過去に一度聞いたことがあったのだ。それも、自分自身の言葉で。


「はっ、なるほどな……それでギャンブル嫌いになって、体が拒否反応を示すようになったってことか」


 久遠は呆れながらも、表情や声は酷く穏やかで、彼らしくなかった。


「クソアマ……てめぇが俺をこの学園に呼んだ理由、ちょっとわかった気がしたぜ」

「ほぉ……そうか。なら、もうあとは坊やに任せて大丈夫そうだな」

「ああ、任せろ……あと二週間でこいつをガチの女王様にしてやるぜ」


 活力に満ちた目をぎらつかせ、久遠は白い歯を見せた。


「申し訳ありません、クソ野郎、いえ久遠様、お嬢様が空気に耐えきれず気を失ってしまいました」


 仁科に言われて皇に視線を向けると、ソファの上で顔を真っ青に変色させ、嫌な汗を流しながら横になっていた。


「こいつのギャンブルアレルギーは重症だな」

「これでもよく頑張ったほうですよ。どうやらお嬢様も、口では酷くクソ野郎を毛嫌いしつつも、ある程度は信頼を置いているようですね。恐らく、クソ野郎同様に、相手の人格形成に興味が生まれていたのかもしれません。そこの女から、クソ野郎の経歴に関して前もって聞いていたので」


 クソ野郎、そこの女、などと使用人が客人に向かっめ言ってはならない酷い罵声が飛ばされるも、久遠も都築も既に慣れてしまってツッコミを入れるのを忘れていた。


「とりあえず、二週間以内にこいつもどうにかしておかねぇとだな。その仮面舞踏会とやらの最中に倒れられたりしたら意味ねぇしよ」

「そうですね。そのためにも、お嬢様には少しずつ慣れてもらわないといけないかもしれません」


 仁科は口こそ悪いものの、久遠に対してはまだ協力的だった。

 彼女なりにも、今の状態があまりよくないと感じているからだろう。


「んじゃ、そろそろ一服させてもらうか。どうせもう帰るんだろ?」

「私か? まあ、私が帰った後でなら好きなだけ吸ってもいいが、最後に一つ大事なことを言っておかなければならない」

「あ? ったく、まだなんかあんのかよ」

「坊やには悪いが、あくまで二週間の猶予があるのは仮面舞踏会までだ」

「はぁ? どういう意味だよ……それ」


 嫌な予感がしつつも、久遠は聞き返さずにはいられなかった。一瞬だけ脳裏をよぎった最悪なイメージを認めたくなかったのだ。


「実は『黒衣の騎士団』の幹部、スペードのクイーンから、舞踏会の前に手合わせをしたいと連絡を受けている。ちなみに明日だ」


 まるで時が止まったかのように、その場の空気が凍りついた。


「また……悪い冗談か?」


 久遠は目頭を押さえ、現実から目を背けようとする。


「いや、残念ながら冗談ではない。既に場所と時間も指定されている。まあ、ここで無様に負けたらそれこそ話にならないな」

「本当の実力を隠したまま穏便に終わらせようとか、難易度が高いんだよ、クソが」

「口が悪いぞ、坊や。仕方がないだろう、これは急遽決まったことなんだ」

「言葉も荒れるだろ、普通」


 舌を鳴らしながら、久遠は片足で激しく貧乏ゆすりをし始めた。

 その苛立ちは、ほとんど都築のせいである。


「しかしですよ、実際問題、明日までにお嬢様を『黒衣の騎士団』の幹部と戦えるレベルにまで引き上げるというのはいささか無理があるのではないですか? 実力もそうですが、この体質で保つかどうかも不安ですし」


 仁科がもっともな指摘をする。

 皇のスペック次第ではあるが、実力ならば最悪誤魔化しが効くかもしれない。しかし、それと体質は別である。今みたいに気を失ってはそもそも問題外だ。


「安心しろ、私に考えがある」

「あ? てめぇに?」

「そうさ、要は本当の実力を悟らせなければいいわけだ。なら、裏でサポートしてやればいいじゃないか」

「……サポートだと?」

「ああ、ギャンブルとは、そもそも客とディーラーだけで行われるものじゃない。つまりだ、坊やがあの子のゴーストになればいい」


 その答えをある程度察していたのか、久遠は特に驚いた様子は見せなかった。


「私は何も、そんな難しい話はしていない。坊やの実力を持ってすれば、ゴーストだとバレずにゲームをサポートしてやることくらい可能だろう?」

「んなのわかんねぇよ、クソッ……相変わらず無茶な要求しやがって」

「ふふ、それじゃあ健闘を祈るよ……坊や」


 久遠は返事をせずに、無言で都築に向かって中指を立てた。

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