第12話 教師と生徒
皇は聞き間違えたかと思い、驚いて目を白黒させる。
だが、久遠の発言にミスはなく、皇の耳に入ってきた言葉も正確だった。
「これを全部覚えるくらい、時間をかければ小学生にもできることだ。まずは、そのスピードを上げる」
「いやいや、無理だって、数枚記憶するのとはわけが違うんだよ?」
「だけど、不可能じゃない。現に、俺はさっきのゲームでやって見せただろ?」
「えっ! じゃ……じゃあ、さっきはデックの中身を完全に把握してたって言うの? う、嘘でしょ? あの……たったの一瞬で?」
「まあ、そういうことになるな」
「……信じられない……うっ、吐き気が……」
改めて恐怖を覚えたのか、皇は顔を青くして口元を押さえた。
「お嬢様、切り替えましょう。今は勝負の時間ですよ」
「あっ……しょ、勝負……」
目を見開き、数秒の間、皇の周囲の空気が変わった。
「あの一瞬で、しかもこの私を前にしてミスなく全てのカードを記憶するとは、中々やるじゃないか」
再び、初め久遠と会った時のような淡々とした口調や態度に変化した。
「切り替わる瞬間を目の当たりにすると、どうも気持ち悪く見えるな」
まさにスイッチをオンオフしたかのように、仁科が囁いた『勝負』という単語だけで一瞬にして博徒へと変貌していた。
「クソ野郎……お嬢様に対して失礼ですよ」
「てめぇの俺に対する態度も十分失礼だろ」
「仁科、お前は下がっていろ」
「申し訳ありません、お嬢様」
「本当に女王様みたいになっちまったな、これなら首をはねろとか言い出しても驚かないぜ」
久遠はもはやついていけず、苦笑いをしながら肩をすくめた。
「それで、記憶したからといって、その後はどうするんだ? シャッフルすれば、並びなど変わってしまうだろうに」
「規則的に変化させれば、変化後の並びを記憶することは可能だ。あとはセカンド・ディールを使って、好きなカードを選べばいい」
「セカンド・ディール?」
久遠はデックをシャッフルし終えると、トップカードを表向きにして皇に見せた。表になったカードはハートのジャックだった。
「今の、よく覚えとけよ」
「……ん? ああ、わかった」
皇が頭の上に疑問符を浮かべると、久遠が先ほどのゲーム同様にお互い二枚ずつカードを配った。
まだ二枚とも裏向きのままだが、そのうち一枚は何のカードが既に判明している。デックのトップにあったハートのジャックは、先に配られた皇の方に来ているからだ。
「カードを見てみろ」
久遠に促され、皇は自身のカードをチェックする。するとどうしたことか、先ほどデックのトップにあったはずのカード、ハートのジャックがなかった。皇のカードはダイヤの六とクラブのエース。本来なら、ハートのジャックとクラブのエースでブラックジャックが完成していたはずだった。
「何故だ? さっき見た時、トップカードは間違いなくハートのジャックだった。なのに何故変わっている?」
「デックのトップ、もう一度確認してみろよ」
久遠に急かされ、皇は渋々デックの一枚目をめくってみせた。
刹那、皇は目を剥き、顔を強張らせる。
トップカードは、なんとハートのジャックだったからだ。
「これは……いったいどういうことだ?」
「セカンド・ディールってのは、一枚目を配ると見せかけて、実は二枚目を配るって技術のことを言うんだよ。だから俺は、トップのカードを配っているように演出しながら、ずっと二枚目以降を配ってたってわけだ。こうすれば好きなカードを自由に配ることができる。デックの中身も把握してるから、運が悪くなきゃまず負けない」
改めて、久遠は目の前でカードを配って見せた。今度は一枚目も普通に配りながら、セカンド・ディールを時折混ぜ、手元の情報だけではどちらを配っているのか目視では判別できなかった。
「坊やは手先が器用だねぇ、それでいて手癖も悪そうだ。二人とも、下着を盗まれないよう気をつけろよ」
皇と仁科は同時に、無言のまま胸元を腕で覆った。二人に対して久遠は特別意識していたわけではないが、やはり一人の男としては、目の前で異性に警戒されるというのはあまり良い気分ではない。
「ったく、もはやどこをどうツッコんでいいかわからん」
久遠は疲労感のあるため息をつきながら、額に手のひらを押しつけた。
「坊や、それは下ネタかい?」
「いや、違うだろが、普通に考えて」
「美女三人に囲まれていれば、変な気を起こしてしまっても仕方ないと思ってな」
「安心しろ、てめぇは数に入らねぇ」
「坊や、また私に蹴られたいのか?」
「笑顔で淡々と言うな、この体罰教師が」
瞬間、今朝の一撃を思い出し、久遠の腹部が僅かに悲鳴を上げた。
「はぁ、話を戻すぞ。とりあえず、その舞踏会でどんなゲームが行われるかは知らねぇが、トランプを使ったゲームなら今言った知識と技術が役に立つはずだ。もちろん、相手が使用してくる可能性も十分に高い」
「私に、今の技術をマスターしろと? それも二週間で」
「まあ、そうなるな」
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