第7話 絵札
都築の運転する車に揺られるこの数十分、久遠は島の外れにある森の中を進み、奥にそびえる巨大な西洋館の前へと連れて来られていた。
まるでそれは、漫画やアニメの中に登場しそうな建物だった。言ってしまえば、酷く現実離れしている。
外観からは非常に上品で高貴な雰囲気を漂わせ、まさに大富豪が身を寄せるに相応しい。
「おいおい、いったい俺を誰と会わせるつもりなんだよ」
「だから学校の先輩だよ」
「いや、聞きてぇのそこじゃねぇから」
どうやら、久遠が思っていた以上のお嬢様らしい。たしかに、これだけ立派な西洋館に住んでいる令嬢なら有名人なのも納得だ。
「とりあえず、入るぞ。もう事前にアポは取ってある」
高そうなライオンの装飾が備えられた木製の扉を抜けた先には、一流ホテルのエントランスを彷彿とさせる空間が広がっていた。
壁には絵画が敷き詰められ、天井からは巨大なシャンデリアが吊られている。
インテリアの一部なのか、洋館の雰囲気に合う石膏像や西洋甲冑なども飾られている。しかし、置かれている意味や用途はあまりよくわからない。
最初に久遠と都築を出迎えたのは、メイド服に身を包んだ可愛らしい少女だった。
二重のまぶたにアーモンド型の瞳、白く透き通った肌、恐らく万人が口を揃えて彼女の容姿を称賛することだろう。
フリルのついたメイド服を纏い、艶のある銀色の髪を肩よりも少し上の辺りまで伸ばしている。背は平均よりも高く、久遠は自分よりも少しばかり歳が上な印象を受けた。
その風貌は非常に大人びており、どこかミステリアスな雰囲気も醸し出している。
さすがにこの館の使用人だろうと考えた、仮にもし家主だとしたら、自宅でメイド服を着て過ごすというなんとも共感しにくい趣味の持ち主ということになってしまう。
「お待ちしておりました、都築様、そして久遠様。私は
「あれ? 約束の五分前に来たんだけど待たせちゃった?」
都築は腕時計に目を向けながら意地の悪い返しをする。
「そういう無駄な会話にコストかけんなら帰るぞ、クソアマ」
「怖い坊やだねぇ」
やれやれと言った様子で、都築は両肩を上げて身を縮こませた。
「いつもの無駄で意味不明なやり取りが終わったようなので、お部屋まで案内いたします」
「仁科、君も言葉がきついね。はぁ、この程度の冗談も通じないとは」
「無視します。久遠様、それともう一人の方、こちらです」
ついに名前すら呼ばれなくなくなった。どうやら仁科も都築の扱いは心得ているらしい。
久遠たちは仁科に連れられ、玄関ホールから廊下とラウンジを抜けた先にある広々とした書斎へと案内された。
四方の壁は前面に書物が敷き詰められ、もはや圧倒されてしまうほどの量だった。
「お前か、この王生学園初のイレギュラー『札なし』というのは」
突如、耳を刺激する澄んだ声が響いた。
書斎のソファには、声の主と思われる少女が腰を下ろしていた。
黄金色に輝く派手なストレートヘアを腰のあたりまで伸ばし、この館のイメージにぴったりな高貴なオーラを全身から放っている。
だが逆に、その瞳はまるで不良少女のように鋭く、強い意志を感じさせた。
久遠よりも少しばかり背は低く、体型はどちらかと言えばスレンダー。服装は上品とはお世辞にも言い難く、王生学園の制服に上からパーカーを着崩して羽織っている。
お嬢様というよりは、お嬢の方がしっくりと来る印象だった。
「おいクソアマ、俺に会わせたいって女はこいつか?」
「ああ、坊やをこの学園に入学させた理由の一つでもある」
「意味がわからねぇな」
久遠は目を細めた。
目の前にいる金髪の少女が何者なのか、その正体がまるで見えてこない。
「彼女は
「あぁ? んだよ、その意味のわかんねぇネーミングは」
言葉の意味がわからないというわけではなかったが、その異名が何を意味するのかがイメージできなかった。
「有名なイギリスの小説に出てくる登場人物が由来さ、不快の種を見つけては斬首するように命じる傲慢な女王がね」
「え? おい、じゃあまさか……この女が?」
「ああ、今まさに坊やが想像している通りさ。彼女はこの王生学園にたった十二人しかいない最上位の称号『絵札』の一つを与えられた選ばれし生徒、ハートのクイーンだ」
刹那、久遠の心臓が音を立てて跳ねた。同時に、眉間に皺を寄せる。
「へぇ……こりゃ驚いた。まさか、学園最強の十二人の一人とご対面できるとはね」
学園最強の十二人とは、トランプに置ける十一から十三、要するに『絵札』の称号を与えられた生徒のことを指す。通常、生徒の持つトランプには被りが存在し、同じ称号を与えられている生徒は何人もいる。
しかし、それにもいくつか例外がある。キング、クイーン、ジャック、これら『絵札』と呼ばれる称号は重複せず、唯一無二の称号として与えられている。そのため、例えばハートのクイーンが既に存在している場合、他の生徒がその称号を与えられるようなことはない。実力で上回り、称号を剥奪することができればそれも可能ではあるが、当然ながらそれは簡単なことではない。もちろん、クイーンがキングに挑んで立場が逆転することもある。
彼らは学園から特別な権限などが与えられており、その力は教師をも上回る。十二人全員がギャンブル、ゲームにおいて圧倒的な実力を誇っており、それらの成績が高い生徒がその座に抜擢されている。学園の裏に通じているのも、本来の目的である優秀なギャンブラーの育成において、最も近い存在だからだ。
そしてスートの序列は『絵札』以下同様に存在しているため、目の前にいる皇はクイーンの中では二番目に実力が高く、全体で見れば学園で六番目の生徒ということになる。
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