第4話 少年の過去

 数ヶ月前。


 深夜零時。いつもは人気のない波止場だが、今日は何故か妙に賑やかだった。


 十代半ばから後半と思われる少年たちが、近隣への迷惑など全く考えずに、車やバイクのエンジン音を激しく鳴らしている。

 全員が、服やバンダナ、スカーフ、リストバンド、帽子など、身につけているものの一つに必ず赤色を含ませていた。


 彼らは都内では有名な愚連隊である。元々は抗争状態にあったカラーギャングと愚連隊だったが、二つのチームが互いに和解したため、今はカラーギャングと愚連隊を混ぜた、赤をパーソナルカラーとする一つのチーム。紅蓮隊として活動している。


 そのリーダー、緋村ひむらはタバコを吸いながら、腕時計に何度も目を落としていた。チームの象徴である赤色に髪を染めた、二十手前と思われる若い少年。今日のちょうど零時、緋村はある人物と待ち合わせをしていた。それはこの後に行われるギャンブルの相手である。

 程なくして、仲間の一人がこちらに向かって来る車の光に気づいた。

 すると、緋村は突然目を丸くして立ち上がった。その車に見覚えがあったからだ。


「……お、おい……あれって……」


 珍しく声を震わせている。普段は冷静で他人を食ったような態度が目立つ緋村からは想像に難く、仲間たちは顔を見合わせていた。

 車が波止場で停車すると、運転席から少年が一人降りてきた。その姿に、全員が驚きを隠せなかった。何故なら、少年の髪の毛は七色に染め上げられていたからだ。

 まさに、驚愕や動揺といった感情が少年の髪色によって塗り替えられた。


「どうやら、場所は間違えてねぇみてぇだな」


 少年は軽く体を伸ばし、首をポキポキと鳴らした。


「あ……まだ本人確認してなかったな。悪い、あんまり人に名前言ったことなくてよ……ついうっかりしてたぜ」


 飄々とした様子で、少年は後頭部に手を回した。紅蓮隊に囲まれているというのに、全く物怖じしていない。少し不気味だった。


「俺は八房久遠。今夜はよろしくな」

「てめぇ……正気かよ……」


 血の気が引き抜かれたような顔色を浮かべる緋村。


「……え、何が?」


 虹色頭の少年、久遠はきょとんとした顔で首をかしげる。


「その車だよ……てめぇよぉ、それどっから持って来た?」

「これは昼間、九龍会きゅうりゅうかいから俺がくすねてきたんだ」

「ちっ、とんだ野郎を引き当てちまったみてぇだな」


 緋村たち紅蓮隊は、ネットにあるサイトを作り、そこでギャンブルの相手を募集していたのだ。そして今回選ばれたのがこの少年、久遠徹だった。

 久遠の言う九龍会とは、都内に根を下ろす暴力団である。つまり、目の前にあるのはヤクザの車ということだ。


「おいクソガキ、てめぇなんでまた、ヤクザの車なんかパクってきたんだよ?」

「クソガキねぇ、たしかに俺はまだ十五だが、その言い方はちょっと嫌だな。もっと馴れ馴れしく名前で呼んでくれよ」


 どうでもいいことに不満を漏らす久遠。ヤクザから車を盗んでくるなど、正気の沙汰ではない。明らかに常軌を逸していた。


「あ、質問の答えだけど。車を盗んできたのは単純に……乗りたくなかったからだ。てめぇらの用意した車にな」

「な、なんだと?」

「だって、今夜やるのはタイムアタックって話じゃねぇか。車の細工次第で勝負が決まっちまう可能性だってあるのに、誰が見ず知らずの野郎が用意した車になんか乗るかよ。んなの危険すぎるだろ。乗るなら、正当な方法以外で手に入れた車、これしかねぇだろ?」


 久遠は軽く肩をすくめ、当たり前のことだろと言わんばかりの態度だった。

 たしかに、今夜行うギャンブルは車を使ったタイムアタック。本人のテクニックはもちろんだが、車のスペックが重要になる。

 発言の筋こそ通ってはいるものの、だからといって暴力団から車を盗んでくる理由にはならない。危険を避けるために車を盗んだと言っているのに、これでは矛盾してしまっていた。


「意味がわからねぇな。なら別に、どんな車でもよかったんじゃねぇのか?」

「たまたま、エンジンキーが差し込んだままになってたんだよ。それに、これは俺の決意表明だ。ヤクザの車だからって盗むのを躊躇うようじゃ、既に負けちまってるだろ?」

「このガキ……まさか……」


 緋村は何かを察し、顔を青くする。


「おいお前ら! すぐに車出せ! ここから逃げるぞ!」

「え!? ど、どういうことっすか?」

「このガキ、ヤクザにこの場所を教えやがったんだ! 最初から俺らと勝負する気なんてねぇんだよ!」


 一瞬にして、その場がざわめきだした。いくら不良集団とはいえ、ヤクザを相手するとなると話は別だ。武器や武術、どれを取っても自分たちより格上の存在である。


「逃げるのか? ってことは、俺の不戦勝ってことになるぜ?」

「黙れ! 命あっての自由なんだよ! この狂人野郎!」


 少年たちは各々用意していた車に乗り込み、足早に車を走らせる。久遠は特に止めたりはせず、無言でその光景を眺めていた。

 すると、一台の黒い車が現れ、久遠の隣で停車した。

 車に乗り切れなかった残りの少年たちはそれを九龍会の車と思い込み、悲鳴をあげて走り去って行く。

 立ち向かおうなどと考える愚か者がいるはずもない。

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