第3話 普通じゃない
スキンヘッドは赤く紅潮した顔を一瞬のうちに青く染め上げ、体を震わせていた。
何が起きたのかわからず、取り巻きも酷く動揺している。
あまりにもさっきのゲームと似通った状況だけに、宇佐美は驚愕というよりも困惑している様子だった。
絵札が一枚もない手札を公開したのはスキンヘッドの方だった。つまり、この瞬間に勝負の賭けが精算される。久遠は奴隷になどならず、逆にスキンヘッドは二度と久遠にゲームを挑むことができなくなってしまった。
「やっぱ、運ゲーだと助かるな、こんな『札なし』の俺でも勝てるんだからよ」
久遠は端末の操作を終えると、スキンヘッドにそれ以上の言葉をかけることなく、その場から立ち去っていった。
帰り道、学生寮に向かう久遠の後を、宇佐美は追いかけてきた。
どうやら、さっきのゲームで気になることがあったらしい。
「ちょっと久遠、あのまま何の説明もなしに帰るなんて酷いんじゃないかな? これじゃボク生殺しだよ」
「運良く勝っただけだ」
「あー、そういうのいいから」
冗談は通じなかった。宇佐美は、久遠が何かしら仕掛けを施して勝利したのだと確信しているようだった。事実、その読みは半分当たっている。
通常であれば、この返しで大抵の人間はごまかせるかもしれない。あのゲームは久遠ではなく、相手のスキンヘッドが提示してきたルールだ、それなのに短時間で仕掛けを施すのは現実的に考えて不可能である。
だが、宇佐美はそれで納得しなかった。どうやら人並み以上の猜疑心は持っているらしい。最底辺の『札なし』であるにも関わらずスキンヘッドを瞬殺したことで、久遠に対して不信感のようなものが生まれていた。
「はぁ、わかったよ、ならちょっと来い」
久遠は宇佐美を路地裏へと誘った。特に邪な気持ちなどはなかったが、わざとらしく宇佐美は警戒した様子を見せた。
「久遠ってば、昼間からこんな場所に誘い込むなんて、色々期待させてくれちゃうんじゃないかな」
「聞いて来たのはお前だろ。こっちはあんまり手の内は明かしたくないんだよ、表じゃ誰がどこで何を聞いてるかわからん」
「いったい何の話をしてるのかな?」
「面倒くせぇなぁ、とりあえず簡潔に話すぞ」
路地の壁に背中を預け、腕を組みながら淡々と語り出す久遠。
「さっきのゲームに関してだが、あれはお前の言うように俺が仕組んだ結果だ。まあ、仕掛けが単純だったことは本当に運が良かったな」
相手に己の力を誇示し、強く見せつけたいという承認欲求などは感じられなかった。久遠の態度は、普段の宇佐美に対するものと変わらなかった。一秒でも早くどこかに行ってほしい、すぐにでも解決したい。まるで作業の一部かのようだった。
「ってことは、もしかしてイカサマ?」
「当然、あれは簡単なガンだ」
ガン、カードに傷や印をつける非常にオーソドックスなイカサマのことである。
傷が光に反射したりなどするため、自分の欲しいカードがどこにあるかすぐにわかるようになる。
「だから相手は毎回シャッフルの時に自分の目当てのカードが上にくるよう細工してたってわけだ。まあ、最初のゲーム開始前から気づいてはいたが、別に何も賭けてなきゃ勝負なんてどうでもいいからな」
久遠がガンカードを看破したこと自体は特に驚きには値しない、時間をかければ誰にでも可能なことだ。ただ、久遠はルールを聞いてからゲームを始めるまでの短い時間でその思考へとたどり着いていた。
宇佐美は感心するどころか、むしろ不気味に感じていた。
「でも待ってよ! それだけじゃ説明つかないんじゃないかな! 結果は久遠の圧勝だったんだよ? 相手は一枚目に絵札があるってわかってたんなら、自分が先に引こうとするんじゃないかな?」
「いや……絵札は二枚目に仕込まれてたぜ、相手もそれをわかってたから、俺から先に引くように言ったんだ」
「え? ちょっと久遠、説明が明らかに足りてないんじゃないかな! じゃあ、君はどうやって相手のイカサマを看破したのかな!」
「ターンオーバーだ」
「うぇ? な、何なのかな……それは?」
「てめぇよぉ……トランプ待ってるか?」
「まあ、一応、この学園の生徒だしね。てか、何度も言うけどてめぇじゃなくて宇佐美だから」
宇佐美は不満げに顔を歪めながら、久遠に持っていたトランプを手渡した。
久遠はケースからデックを取り出し、それを手の中で素早く持ち替えて見せた。
あまりにも手慣れた動きに、宇佐美は目を丸くした。
「こんな風に、デックを丸ごとひっくり返したんだよ。あらかじめ、下の十枚は向きを変えてハイカードの絵札を仕込んでおいたからな」
「仕込むって、いったいどうやって」
「シャッフルの時、目当てのカードは抜いて置いた。あとは相手がシャッフルし終えてトップにカードを仕込んだ後、下からその十枚をセットし、カードを引く直前でデックをひっくり返すだけだ。正直、あいつら隙だらけだったからな」
「隣で見てたけど、ボクなんて全然気づかなかったよ」
「あいつらもそうだが、馬鹿正直としか言えないな。そもそもどうして、俺が真面目に受けると思ってるんだ。警戒心が足りてないんだよ、圧倒的に」
「たしかに、イカサマしてる割には無警戒だったかな」
「まあ、それだけ俺が舐められてるってことなんだろうけどな」
久遠はため息混じりに肩をすくめた。
「ねぇ、君はいったい何者なのかな?」
宇佐美は深刻そうな顔を浮かべ、久遠に少しずつ詰め寄った。
「……んだよ、急に……」
まるで何か得体の知れないものでも見るような、危険と疑惑に満ちた視線を向ける宇佐美。
「だって……普通じゃないよ。相手のイカサマを看破する力といい、さっきの技術といい、うちの学園に通う生徒の中にも一握りしかいないんじゃないかな。そりゃ、対策を練ったならまだしも、突然仕掛けられた野良試合で……そこまで高度なプレイできるとは思えないかな。ボクと同じ、最底辺のクラスに所属している称号も持たない生徒なんかに……」
「さぁな……そんなこと俺が知るかよ」
少し間を空けてから、久遠は淡白に返した。興味というものは一切感じられず、本当に心の底からどうでもよさそうだった。
「俺……ただ買い出しに来ただけだから、もう帰るぞ。これ以上、付き纏うのもやめてくれ」
冷たい声と口調で、久遠は路地の奥へと姿を消した。一人残った宇佐美は、しばらくの間その場から動かなかった。
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