第2話 ゲームスタート

 通称『札なし』それが久遠が周りから忌み嫌われる理由だ。弱者であるが故に、同級生から標的にされてしまっている。


「てか、ここでやんのかよ」

「問題ねぇよ、ゲームはいつどこで始めても構わないんだ。ほら、携帯出しな」


 久遠は仕方なく、嫌々ながらも携帯電話を取り出した。長い時間絡まれ続けるよりも、さっと済ましてしまった方が早いと判断したためである。


 端末を指で操作し、あるアプリを起動せる。それはこの学園に入学した際、強制的に学園側からインストールさせられる生徒専用のアプリだ。王生諸島内にある独自のネットワークでしか入手できない特殊なアプリで、開くと自動的に近くで同じアプリを使用している携帯を割り出し、端末が検出される。対戦の処理が終わると、自動的に端末から学園に結果が報告される仕組みだ。

 互いにマッチングしたことが確認されたところで準備完了となる。


「それで……ルールは?」

「一つのトランプを使い、互いにシャッフルした後、上から交互に五枚引き、その手札の合計数を競うゲームだ」

「……え? 何それ、それじゃあ単なる運ゲーじゃないかな。ていうかさ……久遠はいいのかな? 勝手にルールとか決めさせてさ」


 宇佐美は当事者ではないものの、少し不満そうだった。


「俺は構わない。さっさと終わってくれた方が楽だからな。でも、俺は生憎トランプなんて持ち合わせちゃいない。あんたが用意してくれるのか?」

「もちろん、持ってるぜ」


 スキンヘッドはドヤ顔で懐からトランプを取り出した。

 王生学園の生徒は、いつでもどこでもすぐに勝負ができるように、トランプやサイコロなどといった定番のアイテムは常備している者が多い。


「ちょっと久遠、道具まで相手に用意させるって正気なのかな?」

「別に問題ないだろ、こんなのただの運ゲーなんだしよ。つうか俺みたいな最底辺の『札なし』に運ゲーで挑むとか、そっちのが正気じゃねぇだろ」

「ふん、わざわざお情けで運ゲーにしてやってんだよ。感謝してほしいくらいだぜ」


 スキンヘッドは久遠を見下すように顎を突き出した。

 宇佐美は納得した様子ではなかったが、それ以上は口出ししなかった。第三者がゲームでの決闘にあまり介入することを学園は認めていない。度が過ぎるとペナルティを受ける恐れがあった。


「で、どっちから先に引くんだ?」

「てめぇから引きな、ここはデュースらしく格下に譲ってやるぜ」


 札なしの久遠に挑んでおいて、今さらトランプの序列を持ち出してくるのにはツッコミどころがあった。だが、久遠も宇佐美も、面倒なので特に触れはしなかった。

 先攻後攻に有利不利が生まれるようなゲームでもなかったため、先攻権から特に大きなメリットは感じられない。この先手は、単に久遠が先にカードを引くというだけのものだ。

 互いにシャッフルし、カードがよく混ざったところで、上から交互に五枚ずつ引いた。


「これ、このまま見せ合えばいいのか?」

「ああ、降りるなんて選択肢はねぇし、チェンジもできねぇ」

「へぇ、そう」


 このゲームからは戦略性というものがまるで感じられなかった。

 基本的に、ゲームの内容はプレイヤーである生徒が自分で決めるため、オリジナルルールだと中には穴があったりするものも多い。

 だが、ここまでシンプルだと特に気になる点などは見られなかった。

 いちいち手札を確認したりする必要がないということあり、テンポ自体は非常に良い。

 お互い同時に手札を開くと、スキンヘッドは全て絵札、逆に久遠には一枚も絵札は来ておらず、計算するまでもなく完敗だった。


「っしゃあっ!」

「あーあ、負けちゃった」


 驚くほどにあっさりと、勝敗は決した。

 端末にゲームの勝敗が記録される。時間にしても見せ合いそのものは数秒で終わったため、全てやり終えるに一分とかからなかった。


「いやぁ、やっぱ『札なし』は雑魚だな。運にすら見放されちまってやがる」


 スキンヘッドを含めた、彼の周りにいる取り巻きたちも下卑た笑い声をあげている。


「最近は負けが込んでたからよ、てめぇみたいな雑魚でストレス発散しねぇとやってらんねぇんだ。まあ、次も頼むぜ」


 上機嫌な様子で、スキンヘッドは久遠の肩を軽く叩いた。相手が自分より格上だろうと格下だろうと、勝利さえすればそれは成績としてしっかりと反映される。ただ、この学園におけるゲームのルールとは、単純に誰かと勝敗だけを決めるものではない。その本質は、また別に存在していた。

 負けたというのに、久遠は特に表情を歪めることなく、逆に酷く冷え切った顔を浮かべていた。


「……なぁ、もう一戦やってかね?」

「あぁ?」

「えっ!」


 その発言にスキンヘッドは眉根を寄せ、宇佐美は目を剥いた。


「だってさ、こんなんじゃお互い物足りねぇだろ? この学園で起きた揉め事は、ゲームの勝敗によって解決される。なら、一つ賭けてみようじゃねぇか」

「あぁ? 賭けるだぁ?」

「そうだ。もしてめぇらが負けたら……今後一切、俺にゲームを挑むのはやめてもらいたい」

「へぇ、面白いじゃねぇか……なら、てめぇが負けたら卒業するまで俺たちの奴隷だ。その条件なら受けてやってもいいぜ?」

「……構わない」


 久遠は迷うことなく言い切った。

 あまりに強気な反応から、スキンヘッドもさすがに動揺を見せる。普通なら、こんな取り返しのつかない条件など呑むはずがない。

 スキンヘッドの中の猜疑心が、彼の表情を怪訝なものへと変えた。


「ルールはさっきと同じ。どうした? まさか逃げねぇよな?」

「てめぇ、頭おかしいんじゃねぇか? これは単なる運ゲーだ、この一回の勝負で後の学園での人生が決まっちまうんだぞ」


 重たい条件である。むしろ、ここまで酷いものであれば、仮に負けたとしても反故にされてしまうのがオチだ。しかし、王生学園ではそれが許されないシステムとなっている。

 端末に勝敗と賭けを入力することによって、その条件を守らない場合は退学処置が下されることになっているからだ。

 故に、学園での全ての揉め事はゲームによる決闘で解決することができる。

 結果として、この制度が学園内の治安を維持していた。


 だが、今回のように酷い条件を突きつけられることもあるため、決して悪用されないわけでもない。というより、それらを己の私欲のために利用する者の方が遥かに多いのが現状だ。ただ、それさえもゲームによる決闘で覆すことができるため、一概に恐ろしい制度とは言えないものとなっている。

 この制度があるがために、生徒たちは己の実力を鍛え、常に成績を高く維持していなければならないのだ。


「ほら、早くシャッフルしろよ」


 自分よりも背の高いスキンヘッドをまるで見下すように、久遠は顎を突き出した。


「くっ、ふん、わかってらぁ! てめぇ、後から泣いたって無駄だぞ?」

「それはこっちのセリフだよ」


 スキンヘッドは顔を紅潮させ、広大な額に血管を浮き上がらせた。

 隣で静観していた宇佐美は、今の状況が理解できなかった。ついさっきまで勝負を気怠そうにしていたはずの久遠が、今はまるで別人のように正反対になっている。


 久遠は勝負に楽しさを覚えたかのように、その瞳には強い活力が宿っていた。

 シャッフルはすぐに終了し、先ほどと同様に久遠が先にカードを引いた。

 お互い、裏向きのままカードを五枚引き、準備完了となる。


「てめぇ、今どんな気分だ?」

「あ? 何が?」

「はっ! 何がじゃねぇよ、ここで負けたら俺の奴隷だぜ? 学園の制度じゃ、この契約を反故にできねぇんだ。澄ましてるつもりだが、本当はクソびびってんだろ? ひゃはははっ!」

「うるせぇ野郎だな、んなことにいちいちびびってられるかよ」


 久遠は呆れたように小さく息を吐いた。


「この『札なし』が、調子に乗ってんじゃねぇぞ? まさか運ゲーなら自分でも勝てるから、一回負けても次はいけるとか考えてんじゃねぇだろうなぁ?」


 声を荒らげ、スキンヘッドは激しく唾を飛ばした。


「ならその勘違いしたおつむにきっちりと教えてやるよ! てめぇは運にすら見放された最低の落ちこぼれ野郎だってことをなぁ!」


 スキンヘッドの罵声とともに、お互いの手札がオープンされる。絵札オンリーの手札と絵札が一枚も無い手札、その光景は一つ前のゲームとほとんど同じだった。

 違うところは、カードが全く同一のものではないという点とゲームの勝敗だった。


「なっ、なんだこりゃぁっ!?」

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