第1章 賭博嫌いのギャンブラー
第1話 札なしの悪党
五月半ば、放課後。温かく過ごしやすい春の陽気を感じる中、少年は自室からコンビニまでの道のりを歩んでいた。
特に目立った動きなどはしていなかったが、周囲にいる人々の視線は少年へと向けられていた。それは、少年の持つ特徴的な髪色のせいである。
まるでゲームなどに登場する多種属性キャラクターのように、少年の髪は虹色に染め上げられていた。
そんな視線にはとっくに慣れており、少年は全く気にせず、気怠げに欠伸をしている。
少年の名は、
当然、そんなわけはない。その奇抜でどこか方向性の間違っている髪色は、注目を浴びても無理のないものだった。
だが、彼を見ている周囲の人々は、そのほとんどが学生服を着た少年少女だった。一般的に社会人とされる大人の姿はあまり見られない。
何故なら、久遠が今いる場所は普通の都市ではないからだ。
現在、諸島の総人口は約五十万人前後、その約半数が学生や学園関係者によって構成されている。
諸島の全てが学園の敷地内とされ、ありとあらゆる施設が備わっているのが大きな特徴だ。
だが、この学園の異質な点はこれだけではない。他の学園とは根本的に異なる、特殊なカリキュラムが用いられていた。
久遠は少なくなってきた生活用品を買い揃えるために、とりあえず一番近いコンビニへと足を運んでいた。
本来ならもっと節約してコンビニでの買い物は控えるべきなのだが、品揃えもよくさほど広くもないため、すぐに欲しいものを見つけたい時には非常に便利だ。加えて、久遠は料理などが全くできない。故に食事はおにぎりやパン、カップ麺やお弁当など、コスパの悪いものばかりになってしまっている。栄養バランスも考えるとあまりよろしくない。食費も馬鹿にならないため、しばらくのうちは我慢が必要だ。時間をかけて料理などを覚えていかなくてはならない。
買い物を終えてコンビニを出ると、何者かから背中を軽く叩かれた。久遠が振り返ると、そこには見知った女子生徒の姿があった。
「お、奇遇だね。もしかして、タバコでも買ってたのかな?」
「ちっ……なんだてめぇか、人を見た目で判断するな」
女子生徒は、虹色頭でいかにも人が寄りつかなそうな久遠に対し、臆することなく気さくに話しかける。
「ちょっと、なんだとはなんなのかな。もっと劇的なリアクションをしてほしいものだよ。せっかくこんな美少女のボクが君みたいな友達ゼロ人のぼっちに声をかけてあげたっていうのにさ、その態度は少し酷いんじゃないかな? あと、ボクには
自らを美少女と称するのは、久遠のクラスメイトにして変人、宇佐美白。
独特の口調で、一人称はボク。小柄でスレンダー、髪は肩あたりまで伸びる黒のセミロングで、一見すると、髪が少し長い程度の美少年なのではと勘違いしてしまうほどに中性的だ。
誰にでも構わず話しかけるため、クラスで彼女のことを知らない者などいない。
「てめぇこそ、俺の髪色見て不良みたいな位置付けするのやめろ」
「じゃあお互い様ってことで、それとてめぇじゃなくて宇佐美だから。あ、別に下の名前で呼んでくれても構わないかな」
「ふざけんな、誰が呼ぶか」
「あれ、もしかして女の子のこと下の名前で呼んだことない? あちゃー、久遠の初めてはボクがいただいちゃうのかー」
「呼ばねぇって言ってんだろ、いい加減うざいぞ」
あからさまに邪険な態度を取る久遠。彼はあまり人と話すのが得意ではない、特に同年代の女子相手は。
「にしても、いつ見ても本当に道化師のような髪色なんじゃないかな。遠目からでもすぐに君のことが認知できたよ」
「てめぇよぉ、なんで俺なんかに話しかけたりするわけ? この学園じゃ嫌われものなのに」
「なーにを言ってるのかな、自分よりも下の存在がいるってだけで、ボクは君のこと大好きだよ」
「それ、マジで嬉しくねぇんだけど」
下の存在、それは単純に勉学や運動においての話ではない。この学園には、生徒の間に決定的な序列が存在しているためだ。
「おいおい、放課後に女とデートとは贅沢じゃねぇかよぉ!」
刹那、背後から怒鳴り声が響くと、瞬く間に久遠の進行方向は数人の男子生徒によって塞がれた。
「虹色頭、どこ行くんだ? 俺たちも付き合うぜ」
下卑た笑みを浮かべるのは、無駄に体の大きいスキンヘッドの少年だった。制服を着ていることから、辛うじて学生だとわかる。
「別に……どこだっていいだろ、つうかお前らに関係ないし」
久遠はため息をつきながら、面倒くさそうに答えた。実はあまり他人の顔を覚えるのは得意ではなく、相手が大男でスキンヘッドだったとしても、正直記憶にはない。だが、ネクタイの色が緑色であったため、同級生であることはすぐにわかった。なので、いちいち敬語で話す必要もなかった。
「そもそも誰だよ、てめぇら」
「ふん、てめぇが知らなくても、俺らはてめぇのことをよーく知ってるぜ。なんたってこの学園唯一の『札なし』だからなぁ」
その瞬間、久遠の表情が心なしか冷たく凍りついた。怒り、というよりかは呆れ、失念に近い感情だった。
「わかってるなら、いちいち絡むなよ。弱い者いじめして楽しいわけ?」
「ああ、もちろん楽しいぜ、雑魚を屈服させるのは最高だ」
「いい趣味とは言えねぇな」
「だが、付き合ってもらうぜ、もうてめぇは逃げられねぇ。ちょうど朝からむしゃくしゃしてたところでよ、楽に勝てる相手が欲しかったんだ」
スキンヘッドの少年は、懐から携帯電話を取り出した。画面を数秒操作すると、久遠の携帯電話がぶるぶると震えた。どこからか着信が届いたのだ。
「この学園で揉め事が起きた時、生徒はある制度でそれを解決することができる。札なしのてめぇにもわかるよな?」
「……ゲームってことか?」
その言葉は、学園に通う者なら誰もが知っていることだった。
ゲームとは、この学園で頻繁に行われている生徒同士による決闘のことだ。
王生学園は完全実力主義で、生徒たちの間にゲームという対決の場を設けている。それは単なるお遊戯などではなく、生徒たちの知恵と能力を競い合う知能戦だ。魔王やモンスターを倒したり、主人公のレベルを上げたりすようなタイプのゲームではない。どちらかと言えばギャンブルに似ている。そしてその勝敗の結果は、個人の成績に直接影響してくる。
「君、いじめられてるんだ……うっ、かわいそうだねぇ……」
わざとらしく哀れむような目を向け、口元を押さえる宇佐美。その手の下は絶対に笑っている。
「俺に勝ったって、序列が動くわけでもないだろ。向上心ってもんがねぇのか?」
「ふん、でも立派な勝利だ。成績には反映される」
「ねぇ、お坊さんは数字いくつなの?」
軽々しい態度で、宇佐美が訊ねた。正直、殴られてもおかしくない発言である。
「おいアマ、喧嘩売ってんのか? 俺は一年ダイヤ、クラブのデュースだ」
スキンヘッドは誇らしげに携帯の画面に表示されている自身のプロフィールを見せてきた。生徒の情報は、全て端末で検索することが可能なっている。
「デュースか、ボクより上だね。まだハートのエースだし」
「ってことは、クラスは最底辺の一年クラブだな。なるほど、雑魚同士で仲良くしてたってわけだ」
普段の日常生活で耳にしない言葉ばかりが飛び交う。だが、それは王生学園では特に珍しいものではない。非常によく耳にする。
王生学園は、クラスの表記がアルファベットでも数字でもなく、トランプのスートで表されている。
つまり全部でスペード、ハート、ダイヤ、クラブの四クラスだ。加えて、このクラス分けは成績によって決められている。
最もクラスカーストが高いのがスペード、次にハート、ダイヤ、クラブの順だ。要するに久遠と宇佐美のいるクラスは、学園において最底辺のクラスということになる。
だが成績が伸びれば、上のクラスに移動することもできる。成績の良い生徒と悪い生徒を一緒にはせず、クラス全体のレベルそのものを合わせて授業を行う。この手のルールは、一般的な進学校でもよく採用されている。
それも求められている生徒の能力は学業などではなく、今まさに挑まれている『ゲーム』での実力、強さだ。
そして生徒にはクラス以外にも、個人成績によるトランプの称号が与えられている。スキンヘッドの男が言った『クラブのデュース』や宇佐美の『ハートのエース』とは、生徒個人の序列である。当然エースが下で、デュースが上にあたる。一年生のほとんどがエースかデュースであるため、スートはスペード、数字はトレス以上であることが好成績の証になる。つまりスートと数字による差別で、生徒に競争や階級による意識を持たせ、より向上心を高めさせているのだ。
トランプの数字が大きければ、それだけ学園から受けられる恩恵も様々で、一種の権力として確立されていた。トランプの称号は何よりも生徒の能力を明確に示している。故に、己の地位を高めようとする生徒は多い。
結果、王生学園からは多数の優秀な卒業生を輩出している。
だが、そんなカースト制度にもイレギュラーは存在していた。それが久遠である。どんなに成績が低くても『クラブのエース』であれば与えられるはずだが、何故か久遠はトランプの称号を持ち合わせていなかった。故に、生徒たちからはこう呼ばれている『札なし』と。
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