第15話 湯けむり極楽のひととき
「いい気分だな、殺風景なのが残念ではあるが」
「……そうだな」
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「……いや、大丈夫だ」
気分が悪かったり、健康面に関してまったく悪いことはない。
ただ1つだけ言いうとするなら——
——どうして俺はプリメーラと一緒に湯に浸かっているかだ!
それは遡ること数時間前。
「では、そろそろお開きにしましょうか」
ドワーフたちの宴が行われ、用意してくれた食べ物をたらふく食べていた。
まあ、ドワーフたちが作ったお酒を飲んで顔真っ赤にして寝てるのがいるが。
「ゼストさんとプリメーラさんの部屋はこれから案内しますので、今夜はそちらをお使いください!」
目覚めようとしないプリメーラを背負いながら、ジネッタが案内した家へと向かう。
にしても、さっきまで「人間」って言ってたのに気がつけば名前で呼んでくれるようになったな。
いいことだけど、なんか慣れないな……。
「こちらですよ!」
中に入ると、テーブルやベッドが2つといった最低限しかない家のようだ。
「ここはお客さんが来た時に使っているんですよ」
「なるほど……」
中に入り、背中で心地良さそうな寝息を立てているプリメーラをベッドに寝かせる。
布団が気持ちいいのか、犬や猫のように体を丸めていた。
「プリメーラさん、相変わらずお酒ダメなんですね……」
「……ってことは前に来た時もこんな感じだったのか?」
「前に来た時は私の布団に入り込んで、気がつけばずっと抱きつかれてました」
容易に想像がついてしまうのが恐ろしいな……。
だが、ジネッタの顔はそこまで嫌ではない感じにとれてしまうのは気のせいだろうか。
「それでは、また明日の朝お迎えにいきますので、ごゆっくりお寛ぎください」
ジネッタは丁寧に挨拶をすると、扉を開けて部屋を出ようとしていたが、ピタリと足を止める。
「そうだ、忘れてました! 地下にマグマによる地熱を使った温泉がありますので、よかったら是非どうぞ!」
それだけ告げるとジネッタは部屋から出ていった。
「温泉か……」
最後に入ったのはロナートの宿だから3日近く入ってないことに気づく。
アビスワームの口の中にも入ったことだし、ここはさっぱりとさせてもらうとしよう。
「ここが温泉か……すごいな」
集落の隅っこにある小さな小屋に地下へ繋がる階段を下った先に温泉があった。
ゴツゴツとした岩で囲まれた中に湯が張られている。
真っ白な湯気が立っていて、見てるだけで気持ちよさそうな感じがしてきた。
「それじゃ早速……」
ゆっくりと足から浸かっていくと見た目によらず、ちょうどいい温度になっていた。
そのまま体全体を湯の中に入っていくと気持ち良さから声がでてしまうほどだ。
「極楽ってこういうことを言うのかもな……」
岩にズッシリと背中を預けながら顔を見上げる。
ロナートの宿では空をみることはできたが、ここは分厚い岩でできた壁しかなかった。
気持ちいい湯に浸かれるだけ満足だ。
何も考えずにぼーっと岩の壁を見ているうちに、体が熱くなっていた。
そろそろ出ようかと思っていると、入り口の扉が開く音が聞こえてきた。
ドワーフだろうと思っていたが、湯煙に隠された影はどう見てもドワーフには見えなかった。
「お、誰か先客がいるのか、師匠か?」
聞こえてきた声には聞き覚えが……。
っていうか、俺の予想があってたら色々とマズイ気がするんだが……。
「ゼスト……?」
湯けむりの中を通り抜けてきたのは予想通り、プリメーラだった。
タオルで体全体を隠しているが、スタイルが浮き彫りになってしまっていた。
そしてプリメーラはそのまま湯船の中に入り、俺の隣へと腰を下ろした。
「そ、それじゃ俺はそろそろ出るから」
湯船の中をゆっくりと進んでいくが、プリメーラに腕をガッチリと掴まれてしまう。
「どうした? 別に慌てて出る必要もないだろう?」
「……それはそうだけど」
プリメーラはふふっといつものように笑うと先ほどの俺とおなじように天井を見上げていた。
——と、まあ……こんな感じでプリメーラと一緒の湯に浸かっているのだが、どうしたものか。
「どこかの大陸では温泉に入りながらお酒が飲める場所があるらしいな」
「……プリメーラは絶対にやめたほうがいい」
「なんか最近、お酒のことになると厳しいな……」
「ここ数日でお酒の失態をみれば誰もがいうと思うぞ」
最後にため息を付け加えると、プリメーラは笑っていた。
「それにしてもだ……」
プリメーラの笑顔から一変して不満そうな表情を浮かべていた。
「ゼストよりずっと長く生きているとはいえ、私も女性なんだが?」
「……それは充分なぐらい理解している」
そのスタイルを見て、女じゃないと言えるほど度胸もなければそう言った経験もない。
「少しぐらいはアクションがあってもいいかと思うんだ」
なんかものすごく嫌な方向へと話が進んでいる気がする。
「……例えばどんなアクションだ?」
「そうだな、私の体を突然抱きしめるとか?」
「できるか!!!」
突拍子も無い話に思わず大声が出てしまう。
「……何でそんな発想になるんだよ」
「たまたま立ち寄った街で古い書物を扱う店へ入った時にそういう本を見たからだな」
自信たっぷりに応えるプリメーラの顔を見て俺は盛大にため息をついていた。
「……これ以上一緒に入ってると頭がおかしくなりそうだから先に出る」
湯船に浸かって疲れが取れたと思ったのに、一瞬で疲れてきたような感じがした。
「別にゼストなら構わないとおもっているんだがな、人間のあの年頃は難しいな」
プリメーラが何か言ったような気がしたが、色々と疲れ切っていた俺の耳に届くことはなかった。
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【あとがき】
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