「第十二話」楽しい復讐の時間

 それは対峙と呼んで良いようなものではなかった。実力、精神力、何より行動の動機……全てにおいて彼女と私の間には、対等と呼べるものが何一つ無かった。


「楽しい復讐の時間といこうじゃないか」


 魔法により虚空から杖を取り出し、マーリンは構える。その立ち姿にはどこか余裕が見える……いいや、敢えて見せているのだろうか? 実力差による絶望を見せるために、私に真正面から殴りかかってくるよう仕向けるために。


 そう、これは決して対等な戦いなどではない。

 一方的な蹂躙であり、実力差による暴力であり。

 何より、怒りと憎しみを存分に煮えたぎらせた者の、復讐である。


 だが。

 それは、私にとっても同じであった。


「ねぇ、バン」


 呼びかけられて、その方が震えるのが見えた。今もなお上下する肩は恐怖に震え、呼吸を荒くしていた。おまけに私を死地におびき寄せたことへの罪悪感が、子供とは思えないほどの表情を形作っていた。


「私、今すっごい君に怒ってる」


 生半可な赦しは本人を余計に傷つける。それに、今すぐぶん殴ってやりたいぐらいには私は怒っている。本気で心配して、本気で助けようって決意して……その結果、真面目だった私が馬鹿みたいじゃないか。


 でも、私でもそうしただろう。


 例え犠牲にしなければいけない相手がゼファーであっても、私はきっと彼と同じことをした。自分が助かるためだけに、自分を助けてくれた人を貶め入れる……最低で、人として有り得ないような凶行。──それでも私はやる。だって、死にたくないから。


「だから、私はあなたを助ける。──だから」


 そうだ、きっとゼファーならそうした。

 馬鹿なことをした私をめいいっぱい叱りつけるために、何事もなかったかのように全てを丸く収めてくれる。まるで食事の前の掃除のように、気にも留めないだろう。──当たり前のように助けて、ちゃんと叱って、それからいつも通りに食事をする。


 目の前の女は、私のそんな……ちょっとした幸せも、それを分かち合える人をも奪った。

 だから、これはもののついで。落ちていたゴミを拾って片付けるような、なんてことのない当たり前。


「……お前を、ぶん殴る」

「やってみろ、ゼファーに守られていただけの世間知らずめが」


 若干の憎しみを込め、私は踏み出す。

 初めての友達と、たった一人の家族を傷つけたクソ野郎の顔面に、力いっぱい拳をぶち込んでやるために。



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黎明のアリーシャ キリン @nyu_kirin

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