「第十一話」ごめんなさい

「そんなところにぶら下がっていては、頭に血がのぼるだろう?」


 そう言うと、私を吊るしていた縄が断ち切られる。私はそのまま地面へ落ちていき、慌てて身を捻って着地する。声色からも、行動からも、私に対しての気遣いは一切含まれていない。──理解する。この女が、私をたっぷりと時間を使って殺そうとしているということを。


「さて、どこまで話したか」


 バンの近くに行くことも、そもそも一歩も動くことすら敵わない。逃げても先手を打っても、今の自分の実力ではどうにもならない……それがわざわざ魔力の流れを読まずとも、分かってしまっていた。


「そう、私はお前の師匠であるゼファーに殺された。力を奪われ、その大部分を封印された……おかげで私はあまり自由に動けない。今までできていたことができなくなるというのは、なんとも歯痒いものだ」

「……それで? 可愛い愛弟子の私相手に復讐ってわけ?」

「ああ、そうだ。先走った眷属が既にゼファーを殺してしまっていてな……悪いが、矛先は既にお前に向いている」


 ああ、怖い。

 本当に怖い。

 今すぐにでも逃げ出したい。──だが、これだけは言わなければならない。


「あんた、弱いよ」

「……ほう」


 嗜むように、けれども静かに怒りを揺らめかせながら……マーリンは私を鋭く睨んだ。それでも私は黙らない。言いたいことを、言わなければならないことを突きつける。


「完全じゃない? 力が封印されたから? そんな理由で、自分の仕返しは他人任せ? ──違うでしょ。お前はただ、自分より強いゼファーが怖かっただけだ!」

「──」


 表情を一切変えず、マーリンは激怒していた。言いたいことは言った、あとは……どうにかしてここから逃げ去る。私は初手の攻撃に構えながら、柔軟に魔力を練っていた。──だが。


「……ああ、そうそう。もう帰ってもいいぞ」

「は?」


 突然の回答に困惑する。どういう意味で言ったんだ? 油断を誘うためなのか? ──いや、違う。私ではない誰かに向けられるマーリンの目線は、あろうことか……今も震えているバンに向けられていた。


「……ほんとう、ですか? やった……これで自由に」

「貴様に掛けた呪いは、今の私には解けん。どこで何をしようと、お前は自由の身だ。──礼を言うぞ小僧。私の復讐の手伝いをしてくれて」

「……え?」


 そう言われて、バンはゆっくりと立ち上がる。私の頭の中は混沌としていた、一体何がどうなっているんだ。──バンの顔が、青ざめていく。


「……僕は、どうなるんですか」

「もうじき死ぬ」

「約束は? この人を連れてくれば、自由にしてくれるって!」

「そんなもの、私が全盛期だったらの話だ。今の状態では呪うことは出来ても、解呪は無理だ」


 倒れ込むバン。その表情には、絶望のみが映り込んでいた。


「アリーシャさん」


 大粒の涙、何度も何度も私に述べられる謝罪の意味が、ようやく分かった。


「ごめんなさい」


 溢れる涙、それを見て楽しそうに笑うマーリン。

 私は激しい感情を敢えて抑えながら、拳を構えた。

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