「第四話」魔法使いだよ

 杖先に小さな炎を灯すと、人混みの中から二、三人が立ち止まる。何が始まるのだろうかとキョトンしたその様子に、私は次の仕掛けを施した。


「さぁさぁお立会い! ここに居るのは誰もが知るであろう虹の魔法、それを操る大魔法使い! 私の名前はアリーシャ、これよりここにいる皆様に……虹の魔法をお店してご覧に入れましょう!」

「なっ……!?」


 バンの驚いた声をかき乱すように、更に人混みが立ち止まる。十人ほどが足を止めてくれるとは、これはこれは嬉しい誤算である。──と、青ざめたバンが、私に小さく怒鳴ってきた。


「ちょっと、アリーシャさん! 何馬鹿なこと言ってるんですか!?」

「馬鹿じゃないよ、本気だよ?」

「本気だよって……虹の魔法なんてお伽噺なんですよ!? ってかほんとに何するつもりですか!?」

「まぁ見ててって、私にドーンと任せなさいな」


 バンは口をぽかんと開けながら、頭を抱えている。そんなに私が信用ならないのだろうか? まぁ、先程のようにせわしなくあたりを見回すことはなくなったため、結果オーライとしておこう。


 気を取り直して、杖先の炎を観客に向かって揺らす。


「ここにあるのはただの炎! ただの魔法で出した、誰でも使える火の魔法でございます!」

「ああ? それが虹の魔法なのか?」

「もっと派手なものはないのか?」


 もういいか、と。今にも離れていきそうな客を呼び止めるべく、私は観客の一人に呼びかけた。


「そこの肝の座ってそうなお兄さん!」

「……俺か?」

「そうあなた! あなたに言っています!」


 よし、これで少なくともあの客は帰らない。──すかさず私は、男の前に立つ。


「な、なんだよ」

「あなたのご協力が必要なんです。銅貨を一枚、貸してくださらない?」

「は、はぁ!? なんでまともな芸を見せてないような奴に金を渡さなきゃいけないんだ!」

「私の魔法って色々と触媒が必要でして……お願いしますよぉ、一枚だけ!」


 男は嫌そうな顔をしたが、周りの観客が面白そうだと鼻で笑っているのを見て……それに興が乗ったのか、苦笑いのまま私に銅貨を一枚渡してきた。私は男に頭を下げ、再び数歩、自分がもといた位置に下がる。


「さぁさぁ皆様! これより私は、この銅貨を使って虹の魔法を使います! 瞬き禁止、よそ見厳禁の魔法……さぁ、ご覧あれ!」

「はぁっ!? お前なにして……え?」


 そう言って私は地面に置いた銅貨に対し、杖の炎を容赦なく近づけた。これには銅貨をくれた男も声を上げ、私の方を見て……しかし、再び銅貨を見て、その怒りは驚きに変わっていた。


 青い炎。

 緑色の炎。

 黄色の炎。

 赤色の炎。

 白色の炎。


 銅貨を炙るその炎は、赤や黄色だけではなく……静かに揺れる七色の炎と化していた。


「……」

「……」

「……」


 黙ったまま、声も出せずに食い入るようにそれを見る客。やがて形状や見た目が変化した銅を、男が布で包んで握り締めた。その代わりに男は、持っていた銀貨を一枚……私に差し出してきたのである。


「……すげぇもん見た。こいつは礼だ、取っといてくれ!」


 そう言って、男は去った。そのしばらくの静寂の後に……一人の客が、何枚か銅貨を差し出してきた。


「半分はお前にやる。もう半分は……さっきの炎をまた作るのに使ってくれ!」

「……おっ、俺のも使ってくれ!」

「俺のも!」


 次々に差し出される銅貨に火を灯し、そのうちの何枚かをほいほいとバンに渡していく。バンはきょとんとしながら、そのお金を受け取っては私と炎を交互に見て……最後には、私の方を見た。


「あなたは、一体……」


 さて、ここで私はどう答えるべきだろう? 

 夢物語だと思ってきた伝説、その片鱗が目の前にいて……大勢の人がそれに触れたがっている。そんな状況で、「これは師匠が教えてくれたちょっとした面白芸です」なんて、言えるだろうか? ──否、私はそんな夢を壊すような真似はしない。


「私? 私はねぇ」


 しかし嘘はいけない。嘘をついてしまえば泥棒になる、そうなれば本末転倒だ。

 だから、私はちょっとだけ意地悪な回答をした。


「魔法使いだよ」


 ぺろりと舌を出した私の顔を、バンはまるで星を見るかのような目で見ていた。

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