「第三話」アリーシャの秘策

 私はその日、初めて「街」というものを見た。

 沢山の建物、そこを出入りする人々……色とりどりの壁や屋根、老いも若きも色んな人がいるそこは、幼い頃から膨らんでいた私の好奇心を大いに刺激していた。


「すごぉい……」

「アリーシャさん、ここに来るのは初めてですか?」

「うん、凄い沢山の人がいるね……あれ、なんだか沢山の食べ物が並べられてるけど。あれは何?」

「何って、あれは市場ですよ」

「イチバ?」


 イチバ、市場か。お金と食べ物を交換したりする場所……きちんとお金を払わないと、泥棒になってしまう場所でもある。ああそうだ、お金を持っていないと何も買えないじゃないか。


「さぁ、行きましょうか。アリーシャさんは何か、好物とかありますか?」

「待ってバン! あなた、その……きちんとお金は持ってるよね?」

「えっ」


 ああ、やっぱりそうだ。この焦った表情、青ざめた顔……きっとこの子はお金を持っていない。それどころか踏み倒す気満々だったのだ。そこから推理できるこの子の立場は、つまり……泥棒だ。こっそり食べ物を盗み、そのまま恩返しとして私に渡すつもりだったのだろう。


「やっぱりね……バン、それは人としてやっちゃ駄目なことだよ。ね?」

「で、でも……」


 気持ちはありがたいが、それだけは駄目だ。この子はまだ子供だ……今ならまだ、戻れる。


「大丈夫、私がなんとかしてあげるから」

「──」


 バンの表情が、なんとも言えなく揺れる。風に揺れる水面のように、呼吸を少し荒く……そして、顔を少しだけ赤くしていた。何か言おうとして、俯いて……そして、頷いた。


「……ごめんなさい」

「謝れるのならいいのです! それじゃあ、私と一緒について来てくれる?」

「はい……」


 バンは浮かない顔をしていた。そりゃあそうだ、自分のやり方で恩返しをしようとして……それを駄目なことだと言われて、怒られてしまったのだから。私だってゼファーにプレゼントしようと蛇やカエルを見せたら、泡を吹いて倒れてしまった経験がある。バンの気持ちは、痛いほど分かるのだ。


 だからこそ、私はこの子に示さねばならないだろう。

 真面目に生きていくということ、真っ当な方法でお金を稼ぐということの大切さを。


 私はバンを連れて、食べ物が沢山売っている人混みの中に入った。しっかりとバンはついてきているものの、なんだか後ろを気にしていた。そんなに食べたい物があったのだろうか?

 やれやれ、食べ盛りの子供は食いしん坊で困る。……まぁそういう私も、お腹めっちゃ減ってるのだが。


「よし、到着!」

「えっ、何も無いですけど」


 丁度いい空き地があった。人通りも多く、しかも中々に広い。ここでなら……私のやり方でお金を稼ぐことができるだろう。まぁバンはひどく不安そうな顔で辺りをせわしなく見張っているが……なんだろう、誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか? それにしては、なんだか焦ってそうだが。


 まぁいいか、と。私は黒いローブの懐に手を突っ込む。そこから取り出すのは小さな杖、簡単な魔法しか使えないような……ほとんどただの棒切れである。


「こんなところで杖なんか出して、何をするつもりですか?」

「ふっふっふっ、何をするかなんて……そんなの決まってるじゃん」


 私はローブを脱ぎ捨て、白いワンピースだけの姿になる。バンは慌てて私のローブをキャッチし、困惑した表情を浮かべた。──私はそんな彼に、ニヤリと笑ってみせた。


「虹の魔法使いの、スペシャル大道芸だよ」

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