「第二話」奴隷の少年
「助けてくれて、ありがとうございます!」
助けた獣人の子が、律儀にお礼を言ってくれた。深く下げられた頭には、なんだか良いことをしたという実感を感じる。しかし私は大人な魔法使い……ここは冷静に対応するのが筋というものだろう。
「私はアリーシャ! 君の名前は?」
「僕はバンって言います。アリーシャさん、改めて危ないところを……本当にありがとうございました」
「いいのいいの! 私はただの通りかかりの魔法使い、お礼なんていらないんだから! ……いらないからね?」
「あ、あはは……よければ近くの街でご馳走しましょうか?」
「ええ!? いいのぉ!?」
やはり謙虚でいるというのはいいことである。私は遠慮なく、この小さな男の子の大きな感謝の意を受け取ることにした。いや決してお礼が欲しいとかじゃなくて、この子の純粋な感謝を無下にしないために……そう、これはオトナな対応なのだ。
「よぅし! それじゃあバン、早速街に行きましょ!」
「あっ、待ってくださいアリーシャさん! 街はそっちではありませんよ!?」
「……じょ、ジョークだよジョーク! あはは」
言えるわけがないだろう、つい先程まで道が分からなかっただなんて。しかもこの子の反応を見る限り、街までの距離はそんなに遠くはない……下手をすれば、近所を出歩いたこともないような田舎者として扱われてしまう。私自身の名誉のためにも、それだけは避けなければならない。
取り敢えず、話題をすり替えよう。そう思った私は、少し前を歩いていたバンの隣に立った。
「ねぇバン、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「いいですよ、アリーシャさんの頼みなら……なんでも答えます!」
「虹の魔法って知ってる?」
何気なく尋ねたつもりだった。しかしバンは歩き続け、それに関してすぐに答えることはなかった。
「……やっぱり、そうなんですね」
「え、なぁに? よく聞こえないんだけど」
「いえ、なんでも。とにかく僕は、虹の魔法については何も知りません。そもそもあんなものが存在するとは、僕にはとても思えないですし」
やけに含みのある言葉選びと声色だった。私は何か触れてはいけないところに触れてしまったのだろうか? それにしたって態度が急に変わり過ぎだが……まぁ、これ以上は踏み込まないほうが良いだろう。
「ふーん……私は虹の魔法があったほうが、ロマンがあっていいと思うけどなぁ」
そんな台詞を区切りに、私は再度話を切り替えた。
「じゃあバン、お話しようよ。君はどこから来たの?」
「どこからなんでしょうね、正直僕もわからないんです」
「……? どういうこと?」
私が小首を傾げると、バンは少し俯いてから右腕の裾をめくってみせた。そこには、何やら黒い……入れ墨が彫られていた。黒い竜が描かれており、なんだか嫌な感じだ。
「僕、人攫いに遭ったんです。故郷から連れ去られて、気がついたら檻の中にいました」
「奴隷、ってこと? じゃあさっきの人たちは……」
「奴隷商人か、運び屋の類でしょう。隙を見て逃げ出したんですけど、まぁ簡単に逃げられる訳もなく……そこを、アリーシャさんに助けてもらったんです」
なるほど、そういうことだったのか。
私は静かに納得しながら、バンの隣を歩く。外に出たことがないため私も噂程度でしか知らないが、どうやら奴隷という概念やその被害者は予想よりも多くいるらしい。人攫いと呼ばれる職業の人間を経て、商人が奴隷を売り捌く……なるほど、反吐が出る。
「安心して、バン。今度またあんな奴らが来ても、私が魔法でぶっ飛ばしてあげるから!」
「アリーシャさん……」
緊張していた顔が綻び、バンは笑った。
「ところで気になっていたんですけど、アリーシャさんは魔法使い……なんですよね?」
「そうだけど、見て分からない?」
「いやその、アリーシャさんは杖を持っていなかったし、なんなら拳で戦っていたので……」
バンの一言で、私の脳内に疑問が蔓延る。そういえば、あの杖は……ゼファーが私にくれた杖は、結局なんだったのだろうか? 結局聞かないまま別れてしまったが、果たしてどういう理由で……どういう意図があって、あの杖を渡してきたのだろうか?
「……別に、杖がなくても魔法は使えるでしょ?」
いいや、今はそんな事を考えている場合ではない。
疑うか信じるかなら、私は信じる方を選ぶ。
「そんなことより、早く街に行こうよ! 私、お腹ペッコペコ!」
とにかくまずは腹を満たそう。
鳴り続ける腹の虫に耳を傾けながら、私とバンは先を急いだ。
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